第18話 ソレヴィアの依頼
「お、ジークさん。もう来てたんですね!」
朝からやたらとテンションの高いソレヴィアがにかりと笑う。
「はい!それでは早速行きましょう!」
それに負けじとテンションの高いジークはにかりと笑い返した。
(レイラさんにお金を払わせるにはいかないからな。何としてもお金を稼がないと!)
2人はギルドを出て直ぐの目抜き通りをがしがしと歩いていく。
「そういえば、ジークさん。すごく高級な服を着てらっしゃるんですね。もしかしてマジックシルク製ですか?」
ソレヴィアがジークな服を見遣って言う。
「まあ、そんなとこです」
実際は違うのだが、言っても説明が長くなるだけなのでジークはそう軽く流し、別の話題へと話を変えた。
「そういえば今更なんですけど、ソレヴィアさんのお父さんってどんな病気なんですか?」
「それが、分からないんですよ。自分は冒険者をしていて家を空けていたので。ある日急に父が倒れたと連絡が来て、それについて家の使用人に訪ねても『倒れるまではずっと元気そうだった』としか答えませんし……」
ソレヴィアは重く沈んだ雰囲気でそう答えた。
(原因不明か……。それだと治しても再発するかもしれないよな……)
——まあ、とりあえずはやるしかないんじゃない?
(確かに……って、そういえばソフィアが疑問を抱いてない時に話しかけてくるなんて珍しいね)
——ジークが構ってくれないから、ね。暇なのよ。
(そんなに暇なの?)
——ジークは色々なことをしてるのに、私はそれを見てるだけなのよ?そりゃ暇に決まってるじゃない。
(……そっか)
——それなのにジークは構ってくれないし……。ずっとレイラのこと考えてるし……。もう暇すぎて、淋しくて、大変なのよ!
(そうだよな、ごめんねソフィア。……って、レイラさんは今関係ないじゃん)
「——さん、ジークさん?」
「あ、あぁ、すみません」
ソフィアとの会話に集中しすぎたのか、ジークの頭にはソレヴィアの話が全く入っていなかったのだった。
(ごめん、ソフィア。また後で)
(——【並列思考】を使いなさいよ……全くもう。バカジーク……)
「原因不明なんですね……。まあ、とりあえず頑張ってみます」
「ありがとうございます!」
そんなこんなで話しながらしばらく歩いていると、目の前にソレヴィアの実家が見えてくる。
(……でかい家だなぁ)
ソレヴィアの実家は大豪邸であった。
巨大な門を抜けると、そこには立派な噴水があり、刈り揃えられた庭木に包まれた豪壮な建物がその先に建っている。
(こんな家に住めるとは、ひょっとして貴族なのか?そういえば周りも豪邸が多い気がするけど……あれれ、もしかして、ここって貴族街?)
確かに一度何らかの門を潜っていたな、と記憶を振り返って今更ながらに気づいたジーク。
(アルマは初めてだから、分からなかったのも仕方ないよね)
そう自己完結させた彼は重大なことに思い至る。
ソレヴィアは貴族なのではないか、と。
(いや、でも貴族だったら治癒士のコネくらい有るよね……?)
「ケミー、ソレヴィアだ。門を開けてくれ」
ジークが考えごとをしている内に、門番をしていた執事へとソレヴィアが開門を要求していた。
「おお、お坊ちゃまでは有りませんか。……して、そちらのお方は?」
「この歳にもなったんだしお坊ちゃまはやめてくれよ」
ソレヴィアは苦笑して言う。
「こちらはジークさんと言って、回復系の魔法を使える冒険者の方だ。父さんの病気を治すために連れてきたんだ」
「お坊ちゃま……」
執事のケミーは、ソレヴィアへ喜ぶというよりは寧ろ悲しむといった顔つきを向けていた。
「ケミー?どうしたんだい?」
そんなケミーの反応が気になったのかソレヴィアが尋ねると、ケミーは辛そうに言葉を零した。
「……実は、誠に言い難いのですが、私共も既に凄腕の回復系魔法使いを呼んでご主人様の治療を試みたのです。ですが……」
「……結果が芳しくなかったのか」
話を聞いて、ソレヴィアの顔がだんだんと暗くなっていく。
(あれ?これってもしかして依頼キャンセルされる感じ?それはお金を貰えないから絶対に困るぞ)
「……ジーク君、すまないが——」
「いえ、自信があります。ぜひやらせてください」
「——依頼料を払えないかも……って、えっ!?」
ケミーとソレヴィアは揃って信じられないような顔をしていた。
「凄腕を超える実力を持っていると……?」
ケミーはいち早く落ち着きを取り戻してこちらの実力を疑う一言を言った。
(普段ならそんな尊大なことは言いたくないけど、背に腹は変えられない)
背に腹は変えられない、などとカッコつけているが、この男、ただレイラに見栄を張りたいだけである。
「その通りです」
「……ならば、分かりました。お通ししましょう。こちらも藁にもすがりたい状態ですから」
ケミーは苦い顔でそう言って、門を開けた。
(僕は藁かよ)
ジークは思わず苦笑した。
「私に付いてきてください」
歩き出したケミーの後を追って歩いていくとソレヴィアが小声で言う。
「(さっきはあんなことを言っていたけど、本当に大丈夫なのかい?こう言ってはなんだけど、お金は出せないかもしれないよ)」
外聞が良くないからだろう。貴族街に入ってからソレヴィアは敬語を使うのをやめていた。
「(大丈夫です。任せてください)」
ジークが自信ありげに応えると、ソレヴィアはそれ以降ずっと黙りこくっていたのだった。
「着きました。こちらになります」
ケミーに案内されたのは大きな寝室であった。
部屋を少し奥へ進めば、そこには横向きにジークが寝転がってもはみ出ないであろう程に大きなベッドが設置されている。
その上で、顔色の悪い男、恐らくソレヴィアの父親であろう人が寝込んでいた。
「凄腕の回復系魔法使いが治癒力を高める魔法、毒の除去など行ったんですが全く効かず、治りませんでした。それでも治せますか?」
「やってみましょう」
ジークは寝込んでいる男のもとへと歩き、その体に触れようとする。だが、その行為は即座にケミーに遮られた。
「なっ!離れて治療を行いなさい!ご主人様に手を触れるとは、不敬でありますぞ!」
「……とはいっても、私の魔法は特別なものなので触れなければならないのです」
そう返答するも、納得する気配がないケミー。
(困ったな……。一応触れなくても〖エンジェルオーラ〗を発動出来るけど、魔力が空気中に拡散するから効果も薄いし燃費も悪いんだよな)
困窮するジークへと、ソレヴィアが助け舟を出してくれた。
「ケミー、大丈夫。本当のことなんだ。実際に僕も彼の魔法を体験したんだよ」
「なっ、では、本当に……。そうでありましたか、大変申し訳ございません……」
「大丈夫ですよ。誤解されるのは慣れてますから」
ジークは苦笑して尚も謝り続けるケミーにそう返した。
「では早速魔法をかけて行きますね」
真に迫る面持ちでジークがそう言い、ソレヴィアの父の体に触れると——
「なっ……!?」
——突然ジークの体に邪気が駆け巡った。
驚いて一旦手を離してしまうジーク。
(これは……まさか、呪いか?いや、まさかな……だが、これほど強い邪悪な気配は呪い以外に考えられない)
呪い。それは、強い怨みなどの思念が物に宿った状態、それに生き物が触れた状態、または呪術がかけられた状態のことである。凶悪なモンスターであれば、ただ存在するだけで撒き散らすこともあるのだとか。
(話の凄腕治療士は触れてないから分からなかったのかな……?)
そう考えているジークであったが、普通の人は邪気に触れても少々気持ち悪さを感じる程度であり、それを正確に感じ取れる人間などそうそういないからである。
【魔石喰らい】で何度も邪気を感じ取っているジークが特別なのだ。
「……ケミーさん、使用人などで体調の悪い人はいませんでしたか?」
「えぇ。だからこそ伝染病の類だと考えたのです」
「そして、それはこの方の体に触れた者に限られているのではありませんか……?」
ジークがそう訊くとケミーがギョッとした顔で応える。
「えぇ、その通りです……!ですが、なぜ分かったのですか?」
「やはりそうでしたか……。ケミーさん、ソレヴィアさんのお父さんは病気に罹っているのではありません」
ケミーは信じられない様子であったが、それでもジークに続きを話すように促した。
「ソレヴィアさんのお父さんは、呪いにかかっています」
「なっ、なんですとぉ!」
「ほ、本当かい!?ジーク君!」
ソレヴィアとケミーは口をあんぐりと開けて驚愕していた。
「しかも、相当強い呪いです。触れた人に影響を及ぼすくらいに」
「……使用人が倒れていたのはその呪いのせいということですか……。すっかり病気がうつったのだとばかり……」
「だ、だが、それほど強い呪いなら解呪は難しいだろう。……ジーク君、治せるのか?!」
「やってみましょう」
(相当強い呪いとは言ったけど、これよりもっと邪悪な魔力を〝反転〟させたことがあるからね)
そうしてジークは再び体に触れて〖エンジェルオーラ〗を体内に放出する。
(【形質反転】!)
その瞬間、体を害する邪悪な魔力は、体を利する神聖な魔力へと〝反転〟した。
「うっ……ここは?」
「ご主人様っ!!」
「父さんっ!!」
(無事治ったみたいだな)
無事治せたことにジークは安堵した。
「そうか、状況が掴めてきた……。私は倒れていたのだな?」
「僭越ながら私が治療をさせていただきました。貴方様は大変強い呪いにかかっていまして、寝込んでおられたのです」
「なるほど、君が……ね。ありがとう。それと、私は堅苦しいのは苦手でね。もう少しラフに話してくれると助かるのだが」
ソレヴィアの父は苦笑してそう言った。
「……では、お言葉に甘えるとしましょう。ソレヴィアさんにどうしてもと頼まれて治療に来たジークです。以後お見知りおきを」
「そう、君はジーク君というのか。私はザナドゥ。ザナドゥ・レムルスという。治療してくれてありがとう。それに、なんだか物凄く体が軽い。倒れる前よりもずっと、だ。これも君が?」
肩を回しているソレヴィアの父親、あらためザナドゥ。
体が軽いのはおそらく呪いを反転させた結果だろう、と思い至ったジークは応える。
「ええ、そうなります。ですが、長い間寝込んでいて栄養が足りなくなっていると思うので栄養はきちんとお取りください」
「ああ、気遣いありがとう。にしてもすごいな、力が漲る。倒れた甲斐があったというものだよ、はっはっは!」
(おいおい、そんな不謹慎なこと言って良いのかよ)
笑えないブラックジョークを言うザナドゥへジト目を向けるジークであったが、どうやらソレヴィアとケミーには感極まって聞こえていないようであった。
「ケミー、それにソレヴィアも私のためにありがとう」
「ご、ご主人ざま〜」
「うっ、父ざん!」
「はっはっは、2人とも泣きすぎだよ。……ジーク君、お礼をしたいんだけどもう少し待っていてもらっていいかな?ちょっと2人の対応に手を離せてなくてね」
ザナドゥが苦笑しながらそう言う。
「はい、もちろんです」
そして始まったソレヴィア達の家族水入らずの時間を、何も考えず、ジークは横で眺めていたのだった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「なっ!離れて治療を行いなさい!ご主人様に手を触れるとは、不敬でありますぞ!」
「……とはいっても、私の魔法は特別なものなので触れなければならないのです」
「不敬罪でありますぞ!」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
次回、〝ジーク、捕まる〟
※この予告はフィクションです。
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