第16話 濁り
「……ジーク君。私の時みたいにこの子にもヤったの?」
レイラは冷たい目でジークを睨んだ。
「違います!誤解を招く表現はやめてください!大体レイラさんの時のは誤解解いたじゃないですか!!」
「そうは言っても私は君に無理やり裸を見せつけられちゃったし……」
今度は顔をぽっと赤くしてレイラはそう言った。
「更に誤解を招く表現はやめてください!」
「そんなことしてたなんてやっぱり変態だったんじゃない!!最低っ!!!」
「あー!変態じゃないですから!!不可抗力だったんですよ!!!」
「じゃあ、どうしてあなたが私の頬を触ってたのよ!!!」
冒険者ギルドの受付にて。ジークは誤解を解こうと紛糾していた。
(いや、たしかに頬を触ったのは事実だ。でも、記憶を消す以外に他意はなかったんだよ!)
そう心の中で叫ぶものの、〝記憶を消していた〟などと言えば更に変質者まっしぐらである。つまり、言えるわけもなかったのだ。
結果、ジークは誤解をなかなか解けずにいた。
いつの間にか隣に来ていたレイラが場をかき乱すのも誤解を解けずにいる大きな要因だったようだが。
(これは……もう冗談で乗り切るほかない……)
「実は、ですね、その、あなたのほっぺたに虫が止まってまして」
「そんな訳がないでしょー!!!この変態!!!」
ジーク渾身の冗談は全く通じない。
「ジーク君……君って人は……」
「違います!レイラさんが喋ると誤解が激しくなるので静かにしてて下さい!」
「黙れだなんて……ひどいわ、ジーク君。よよよ……」
泣き真似をするレイラ。
やはり完全に
頬を触ることで誤解されるだなんて全く考えてなかったジークは、迂闊だったと今になって後悔していた。
サーシャがヒステリックに叫ぶ。
「大体、いつの間に私の前に来てほっぺたを触ってたのよ!」
そんなサーシャを見て、この状況ではやむなし、とジークは穏便に済ませることを放棄した。
(仕方ない……こうなったら本気で嘘をつくしかないか……)
「……はぁ、いや、サーシャさんのためを思って本当は言いたくなかったんですが、実は冒険者登録をしようとカウンターに来た時にですね。サーシャさんが夜勤の疲れからかウトウトしていて」
「なっ……!」
サーシャが目を見開いて汚物を見るような目でジークを見る。
「それで、私は酔いを覚ましたりする魔法が使えるのですが、その魔法は直接触れないと効果を発揮できないものなので、仕方なくサーシャさんの頬に触ったんです」
「そ、そんなこと、信じられる訳がないでしょう!」
サーシャがそう主張するが、ジークも動じずに気丈な態度で言い放つ。この男、クズである。
「それなら、どうやってあなたの目の前に急に現れて頬を触ることができたというんですか?」
「うっ!それはっ……!」
「ほら、他に考えられないでしょう?」
「でも、そんな魔法見たことがないわっ!」
サーシャはまだ何か主張しようとするが——
「サーシャ、もう静かになさい」
——隣のカウンターの受付嬢がサーシャの話を遮った。その受付嬢のネームプレートにはアイズと書かれている。
「なんで止めるんですか、アイズ先輩!私、そんな魔法見たことありませんよ!」
「サーシャ、私は見たことあるわ。——ついさっき他の人にその子が使うのをね」
「そんなっ……!」
サーシャが顔を蒼ざめさせた。
「お客様、うちのサーシャがご迷惑をおかけしました。まだ新人ですので、どうか御容赦ください。ほら、サーシャ、あなたも謝るのよ」
「す、す、すみませんでした!私ったら勘違いして!」
(いや、勘違いではないんだよね、本当は……うっ、なんだかとてつもない罪悪感がのしかかってきたぞ?)
『【詐術】のレベルが上がりました』
「い、いえ、全然気にしてないので大丈夫ですよ」
(このタイミングでこのスキルのレベルが上がるのか……)
「よろしければ今から冒険者の登録をされます?」
アイズが気を遣って声をかけるが——
「いえ、今日は遅いので朝に出直すことにします」
——ジークはそう言ってその場から去ることを選択した。
「(ジーク君、登録しなくて良かったの?)」
「(まあ、明日の朝にさっきのソレヴィアさんとの用事があってどうせまた来ることになるので、その時にすることにしますよ)」
ジークは眉ひとつ動かさずに嘘を塗り重ねる。
(ここで本当のことを言えば結局嘘をついてたことがバレちゃうからな……。レイラさんに嘘つきだと思われるのは嫌だし)
しかし、嘘をついた罪悪感は消えないままそこに残っているのだった。
(【詐術】スキルのレベルが上がるたび、嘘をつく時のキレが上がって、嘘をつくことに動じなくなってきてる気がする……。できるだけ嘘はつきたくないんだけどな……)
いつか全てを打ち明ける日が来るといい、そう思いながら、ジークはレイラと共に扉の方へ向き直りスタスタと歩いていった。
赤い扉を開けて外へ出る。
(アモル、お待たせ)
《オウ、キニスンナ》
(ありがとう、アモル)
アモルに感謝の念を抱いたジークの頭に、それを遮るように疑問が浮かぶ。
(……でもテイマーと従魔ってこんなラフな関係が普通なのか?いや、他のテイマーをあんまり知らないからそうなのかも知れないけど……)
魔物は強者に媚びへつらう本能があるので、実際にはそんなことはない……のだが、アモルの場合はジークの無意識で発動した【形質反転】により〝特別〟になったので、意図せず反転しているところがあるようだ。
ひんやりとした夜風が貫頭衣を揺らして心地良かった。
「家まで送って行きますよ」
「ふふっ、まるで彼氏にでもなったみたいな物言いね」
「外は危ないのですよ、お嬢さん」
「あらあら、変質者に気遣われるなんて、世も末だわ」
「だからそれは勘違いなんですってばー!!!」
ころころと笑いながら歩き始めたレイラの斜め後ろをジークは歩く。
ふと振り向いたレイラがジークを見ると、そこには嬉し気に微笑を浮かべる、緑髪の天使がいた。
そんなレイラを見たジークは、いつか本当にそうなればいいのにな、と独りごちる。
その後、レイラの家の目前まで、レイラは余り喋らなかった。
「そういえば、一緒に冒険するって話とか、この服の調達の話とか、明日に、いや、もう時間的には今日ですかね?」
もう夜が更けていていい時間である。
「まあ、とりあえず色々話したいんですけど、レイラさんは空いてる時間ってありますか?」
「な、なるほど。うん、夜なら空いてるかな」
「それなら、明日の午後7時にギルドで待ち合わせしませんか?その、アルマはあまり慣れてないのでオススメのお店とかあったら教えて欲しいんですけど」
(よし、よく言った!自分!)
「あ、分かったよ。じゃあ、明日の午後7時にギルドで」
(よし、やり切った、自分!)
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
自分で自分を褒めながら、閉められたドアを背にジークはほくほく顔で歩いていった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(さて、今からどうしようか)
ジークは当て所なく歩きながら考えていた。
(この体、普通に眠くなるし、普通にお腹空くからな……)
眠気は〝反転〟させて覚醒させられるが、疲れが取れる訳ではない。
空腹を〝反転〟させて満腹にはできるが、栄養を取ってる訳ではないので意味がない。
そして、栄養が〝ない〟状態を〝反転〟させて〝ある〟状態には何故かできない。
(でも、そもそもなんでできないんだ?)
そんな疑問を抱いていると、無駄に明るいテンションのソフィアが話しかけてきた。
——ああ!説明するわ!まあ、あくまで考察なんだけど、今まで反転させてきたのはあくまでエネルギー状態的には同じ状態にあったものだけだと思うの!
(ん?どういうこと?)
——例えば、邪悪な魔力を神聖な魔力に変えた時。この時、魔力の性質自体は変わったけど、魔力自体が持つエネルギーは変わってないよね?
(まあ、確かにそうなのかな?)
——他にも今まで〝反転〟させてきた人の性質も、あくまで性質が変わっただけでエネルギーは変化してないと思うの!
(それじゃあ、エネルギー的に同じものじゃないと〝反転〟させられない、ってこと?)
——まあ、現時点ではおそらく。でも、【形質反転】のレベルを上げればもしくは、って感じね!まあ、その場合には魔力を注いであげたりしてエネルギー的に等しい状態にしてあげたら出来るようになるのかもしれないけどね!
(なるほど〜。ソフィアの解説はいつもわかりやすくていいね)
——なっ、何言うのよこのバカ!褒めても何も出ないわよ!
(何か出そうとして褒めてないし)
——……この、女たらし。
(一体これのどこが女たらしなんだよ……)
ソフィアの予想外の発言に思わず苦笑してしまうジーク。
——……だって、
(いや、それは——って、えっ?なんでソフィアが自分のことジークって読んでるの?シークでいいのに)
——……えっ、気づいてなかったの?
(えっ?何に?)
——……ステータス見てみなさいよ。
どういうことだろう、と訝しげな表情をしながらジークはその言葉を呟いた。
「『ステータス』」
・名前:ジーク
・年齢:0
・種族:
・位階:1
・レベル:15
・ランク:G
・ジョブ:無し
・ジョブレベル:0
・ジョブ履歴:無し
・パッシブスキル
魔力支配lv3
怪力lv1
並列思考lv7
従魔強化lv2
生命力強化lv1
・アクティブスキル
火魔法lv8
水魔法lv4
体術lv7
神聖魔術lv3
テイムlv1
幽体離脱lv1
裁縫lv1
詐術lv3
・固有スキル
形質反転lv6
魔石喰らいlv8
ソフィアlv6
亜神lv1
「えっ」
(……えっ、名前が
思いもしなかった事実に、ジークは素っ頓狂な声をあげる。
——名前、ギルドで冒険者登録してた時にはもうこうなってたわよ?それなら私もそう呼ぼうかな、と思ったのよ。
(……まじですか)
——……勝手な考察だけど、この体になってから、シークとして生きた時間よりもジークとして生きた時間の方が長いからじゃないかしら?
(そんなことがあり得るのか……?)
——まぁ、あくまで考察だから違うかもしれないわね。でも今のあなたがジークなのは確かよ。
しかして、その考察は実は正しいのだが、そのことを2人が知ることはなかった。
(……まあ、いっか。どうせこれからはジークとして生きていくんだし……)
そう自分に言い聞かせ心を落ち着かせていく。そして完全落ち着いた頃、ジークは思った。
(……お腹空いたから久しぶりに普通のご飯食べに行こうかな。……ってよく考えたら今お金持ってないんじゃん)
今のジークは無一文であった。
(明日レイラさんと会うのに、お金ないです、じゃ洒落にならないな……。これは、なんとしてでもソレヴィアの依頼を達成してお金を手に入れなければ……)
そうしてソレヴィアの知らないところでジークのやる気はメラメラと燃え上がって行くのだった。
(……でも、とりあえずはお腹空いたし眠いから、近くの森に行って、魔石を狩って、そんでどこかで仮眠でも取ろう)
そして、ジークは町の外へと歩き出す。
そんな中、念話として言葉に出すことはないものの、ソフィアは心の中で呟いていた。
(——人の気持ちも知らないで、このバカジーク……)
『【ソフィア】のレベルが上がりました』
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
——……だって、
(いや、それは——って、えっ?なんでソフィアが自分のことポークって読んでるの?シークでいいのに)
——……えっ、気づいてなかったの?
——私、肉大好きなのよ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
次回、〝ポークもいいけどビーフも捨てられないわね〟
※この予告はフィクションです。
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