第13話 偽りの邂逅





「……階層破りレイヤーブレイカーはまだ見つからないのかっ!」


 D級ダンジョン「月影の砂塵」第7階層にて。迅雷のニコラスは、その苛々を抑えられず地団駄を踏んでいた。

 夜営を終えた討伐隊一行は、早朝に出発したにも関わらず、未だにシークを見つけることが出来なかったのである。


 『深層まで行ってでも討伐する必要がある』とは言ったものの、せいぜい低層である5階までにはいるだろう、との考えで手始めに4階を捜索し始めたニコラス達。


 だが、そこにシークはおらず、ならば5階か?と考え5階を探すも、おらず、まさか6階か?……と繰り返して今に至るのだ。


「俺は〝二度あることは三度ある〟よりも〝三度目の正直〟の方が好きなんだよ!〝仏だって三度目にはキレる〟だろうがっ、くそが!」


 ニコラスは思わず苛立ちを抑えきれずに激昂するが、討伐隊の面々がそれを宥める。


「まあまあ隊長、まだ昼過ぎになったばっかじゃないですか」


「15階までの間には絶対いるんで、ゆっくり行きましょうよ」


「いや、15階は俺らにはきつくないか?」


「でも、ニコラスさんいるし大丈夫でしょ」


「それに、一応さっき会った女冒険者に、階層を移動できる特殊なグールを見つけたら教えてくれ、って言っておきましたよ」


「そうそう、あの女冒険者がこの先の階層で見つけてるかもしれないっすよ?」


「いや、それはそれで先に討伐されたら俺たちの手柄が……」


「「それは、たしかに……」」


「ま、まあ、とにかく落ち着いて行きましょう!」


「……ふぅ、そうだな、すまん。ちょっと気が立ってしまっていた」


 何とか落ち着きを取り戻したニコラスであったが、いくら彼がB級であるとは言え、C級以下のメンバーを連れたままの深層捜索は厳しいところがある。彼の気が急いていた一因はそこに有った。


 だが、ニコラスは皆の士気を上げるために大きな声で叫んだ。


「よし、お前ら。次は8階の探索だ。気合い入れていくぞ!」


「「「「「うぉー!!!!!」」」」」


 そうして討伐隊は二つ名持ち討伐を目指し、雄叫びをあげたのだった。


((シーク、絶対に解放してみせるから))


 尤も、その中の2人は目的が違うようだったが……。


 こうして、討伐隊一行は8階への階段に足を踏み入れた。







 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






「レイラさんはダンジョンから帰る途中なんですよね?」


「うん、そうだけど、それがどうかしたの?」


「いや、説得するためだけに引き止めてしまって申し訳ないな、と」


 苦笑してシークがそう言うと、レイラも苦笑混じりに応える。


「まあ、それは、うん。そうだね」


 それでも直ぐにハッとした表情をしてこう言う。


「あ、でも、こんな軽い条件で君が着てる服を調達してくれるんでしょ?ならおあいこね」


 弾けるような笑顔が眩しい。


(やっぱりレイラさんは可愛い……。今まで他の人を好きになったことなんてなかったけど、柄でもなく一目惚れしちゃったかも……)


「あれ、なんか顔赤いけど大丈夫?」


「あ、はい。大丈夫ですよ」


「本当に大丈夫?風邪とか引いてない?」


「本当に大丈夫ですよ。それより、そろそろ街に戻りませんか?」


 赤い顔を指摘されたのを誤魔化すためにもシークはそう言った。


「うん、そうだね。そろそろ昼過ぎだし」


 そう笑うレイラに見惚れかけたシークだったが、少しおかしいのではないか、とふと思い始めた。


(あれれ?朝にダンジョンから帰りがけって、よく考えたら夜にダンジョンに行ってたことにならないか……?)


 不審に思い尋ねてみると、レイラは少し気まずそうな顔をした。


「あ〜……そう言うのが嫌な人もいるからあんまり言わないようにしてるんだけど、実は私ヴァンパイアのクォーターで、いわゆるダンピールってやつ、なんだけど……。とにかくそれで夜型なんだよね……」


——説明するわ!人型魔物と人間のハーフである獣人などが大別される、亜人、といっても人間より優れてることなんて多々あるんだけど……


(お、また始まったよ。誰にしてるのか分からないソフィアの謎の説明。誰にしてるんだろうね)


——……そんな彼らは人間とは違う性質を持っていることも多々あるから、ギルドで定めされてる規則も緩かったりするの。つまり、夜にダンジョンに来て、昼帰るなんてこともできちゃうのよ。だからといって良いことばかりではなくて、人に迫害されていることもあるんだけどね。


(あ、気にしたら負けって言ってたっけ。気にしないようにするか)


「なるほど……そうなんですか」


「やっぱジーク君もそういうの気になる……?」


「いえ、全然気にしてませんよ。むしろ、自分も同じような感じなので」


 シークは、レイラのそのあまりにぎこちない笑みを見て、思わずそう笑い返さずにはいられなかった。


「あれ、ジーク君もなんだ。ジーク君も夜にソロで潜ってたみたいだけど、それが関係してるの?」


「……当たらずとも遠からずですね。まあ、でも一番の理由は……。おいで、アモル!」


「クゥ〜ン!」


 シークは、〖エンジェルオーラ〗を足元に薄く展開し【気配探知】の範囲を広げて索敵をしていたアモルを呼び戻す。


「あ、ジーク君はテイマーだったんだね!」


(また少し嘘をついちゃったな……でも、これは仕方ないことだよね)


「そうなんです。だから、ダンジョンに寝泊まりが出来るので」


「なるほど、テイマーならソロでもダンジョンに滞在できるもんね〜」


 ひどく感心した様子で頷くレイラに、思わずくすりと笑ってしまうシーク。


「な、なんで笑うの」


「いや、まあ、何でもないですよ」


「なんで笑ったのよ〜!」


(あまりに可愛かったからだなんて流石に恥ずかしすぎて言えるはずがないや)


 頬を膨らませるレイラをシークはまあまあと宥める。

 そんなことをしていると、突然7階へと繋がる階段辺りが騒がしくなってきた。




「よし、俺が一番乗りだぜ!」


「子供かよ……。一番乗りしたところで何がある訳でもないだろうに」


「へへっ、一番最初に見つけて俺が狩っちゃうもんね〜」


(うわっ、あれは討伐隊じゃないか……)


「お前ら、士気が高いのはいいが、気が逸りすぎて捜索を疎かにはするなよ」


 そう言ったのは、黄色の髪をした男——討伐隊隊長のニコラスである。


 そして1人の男がこちらに目を向けた。


「あ、ニコラスさん。さっき言ってた女冒険者があっちにいるので、ちょっと話を聞いてきますね!」


「おう、頼んだ。……いや、ちょっと待て。やっぱ俺が行く」


「えっ……?」


 ニコラスは訝し気な目でシークのことを睨む。

 そしてスタスタとシークとレイラのいる方へ歩いてきた。


「おい、そこのやつ。お前だ。白髪男」


 明らかにシークのことである。


「……何でしょう?」


シークは出来るだけ表情を取り繕って言った。


「そこの白銀の狼は何だ?見たところ、3階の魔物の異変後に現れた魔物に似ているが」


(……っ!危なかった。アモルを見られたらまずいことを失念していた)


「……これはここに来る時にテイムしたんですよ」


「ここに来る間にテイム……?それは少しばかりおかしいな。それなら俺たちとすれ違っているはずなんだが?」


「……ええ、すれ違いましたよ。あなたたちが夜営をしている間にですが」


「夜に……だと?いや、それならありえなくはないが、他に魔物は持ってないのか?」


「……ん?ええ、こいつしかいませんが?」


 そう答えるとニコラスは口を歪めた。


「そいつはおかしいなぁ、それならどうしてダンジョンを潜ってたのかな?」


(……っ!それはっ!こいつ、鋭い……。なんとかして誤魔化さないと)


「……実は、少々言い難いのですが、私は亜人でして、ほら、この髪の色も珍しいでしょう?それで、夜に強いんですよ」


 そう言うと明らかにニコラスの顔色が変わった。


「なに……?いや、でも……」


「何か僕がここにいると都合の悪いことでも?それとも、?」


「……いや、大丈夫だ。色々聞いてすまなかった」


(なんとか言いくるめられたな……)


 胸をそっとなで下ろしているシークの耳元でレイラが囁く。


「(ジーク君、あれって嘘だよね?)」


 とても小さな声であった。


「(……ええ、そうですけど、なんで分かったんですか?)」


「(だって、さっき私が同じようなこと言った時に『当たらずとも遠からず』って言ってたから)」


「(……確かにそうですね。まあ、理由は後で説明します)」


 シークとレイラがこんなやりとりをしていると、足を引き返していたニコラスが振り返って訪ねてくる。


「そういえば、そこの緑髪の。部下があんたに聞いていたようだが、青色の肌をしたグールは見なかったか?」


「いいえ?肌をしたグールは見ていませんよ?」


「そうか……なら良い」


 今度は本当に引き返していったようであった。


「じゃあ、ジーク君。そろそろ戻ろっか」


「そうですね」


 階段の方へ歩いて行き、討伐隊とすれ違ったその時、黒髪を短く切り揃えた女——セリカと目が合う。

 彼女は驚愕をその顔に浮かべてシークのことを凝視していた。


 シークは、そんな視線にまるで気づいていないかのような毅然とした表情でセリカの横を通り過ぎようとするが、甘かった。


「あのっ!ちょっと待ってくださいっ!」


 シークは案の定声をかけられるのであった。


「……はい。なんですか?」


(そういえば、3階で会った時は余裕がなくてそんなこと思えなかったけど、セリカとヴァンが生きてて良かったな……って、よくよく考えたら今もそんなに余裕はないわ)


 セリカの目は、彼がシークであることを確信してるような目つきだったが、彼の髪と瞳の色を見て戸惑っているようだった。


「あのっ、シーク、って名前の人に心当たりって有りますか?」


「……いえ、ないですが?」


「そっ、そうですか……」


 否定されたために強くは出れないが、まだ自分の感覚への自信を捨てきれないでいるセリカ。そんな彼女にヴァンが話しかける。


「ん?セリカ、その男がどうかしたのか?」


「……う、うんっ。ちょっとそこの人がシークに見えてっ……」


「はぁ?あいつの髪色は赤だったし、目も茶色だっただろ?しかもあいつはあんな服なんて持ってなかったし。それに、シークはもう死んだ……いや、邪悪な存在として蘇ってるんだぞ……?だから俺たちがその体を解放しに来てるんじゃないか」


 ヴァンにまで否定されてようやく自信がなくなったのか、セリカは下を向いて黙ってしまった。


(いや、危ないところだった。ヴァンは鈍感な奴だからな。いや、ことここに限っては論理的な思考ができる、と言うべきかもしれない。常識と照らし合わせれば自分がシークだなんて確かに有りえないからね……)


「……じゃあ、もう行きますね」


「うん、じゃあ、行こっか。君」


 その言葉を聞いた瞬間即座に顔を上げたセリカがシークのことを見つめてくる。


(偽名にしては安直すぎたか。でも、あんまりイジりすぎてもそれはそれで、俺では無い別の何かになっちゃうような気がするんだよなぁ)


 そういったことを【並列思考】で考えながらも、表向きは普通の顔でシークは言葉を零す。


「ええ、行きましょう、レイラさん」


「うん、行こっか」


 2人はそう言って階段へと歩き出した。




 そんな2人の影を、セリカはじっと見つめていたのだった。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「隊長、ああいう顔の人が好みだったんですね」


「いや、ナンパじゃねぇよ!〝聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥〟だと思ったんだよ……」


「……ん?名前をですか?」


「いやだからナンパじゃねぇわ!」


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


次回、〝[女関係迅雷のニコラス]とか変な二つ名つけた奴誰だ!正直に言え!〟


※この予告はフィクションです。

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