SO WHAT?! 2nd.season

N.river

第1話 case6.5# REBOOT

 部屋の明かりは全て消してある。灯っている場所があるとすれば、背景を黒く塗り潰したパソコン画面の中だけだ。

 そこに走る色とりどりの文字は、どれも同じ形で個性がない。だがその向こうにある顔を、確かと見てとることはできていた。会った事などなくとも同じ秘密を抱く者同士、互いはそう感じられるほど濃密につながっている。


 とにかく ぼくは なっとくできないんです

 ナニそれ

 また出た

 受けて立ちましょ

 ふむふむ


 カラフルに入り混じりせり上がってくる文字たちは、発言への注目度を表していた。なおさら気持ちはたかぶると、キーボードを弾く指へも力がこもる。


 ばすぼむは りーだーのよみとおりしょうをとりました けれどりーだーは そんなせけんのめをさまさせるどころか じゅしょうしきのだんじょうにさえ あらわれなかった ぼくたちは ほうきのじゅんびをととのえていたのに です まったく どういうわけですか かくめいをまえにして きゅうにこわくなったとでもいうのですか


 画面を睨み反応を待った。だが返されてくる答えは、相変わらず腑抜けた内容ばかりと頼りない。


 そんなコトいわれたってさ

 理由はどうあれ、あれがリーダーの出した答えなんだよ

 あたしはどんなでもリーダーをリスペクトするけど

 同志に志願したのは、リーダーの意思を尊重したからだ。従うのがルール


 その諦めの早さこそ手なづけられた証拠だと言ってやりたくて、仕方なかった。


 なにをいってるんです りーだーもぼくたちも このままではおどらされるだけです さくしゅされるだけのみんしゅうを しんのごらくへかいほうする りーだーがしりごみしたせいで なにひとつかわっていないなら ぼくたちのてで かえるべきなのです たいくつでやすっぽいかんどうから しんのきょうかんへみちびく るねっさんすてきこのかつどうを このままほうきしていいとでもおもっているのですか


 力むまま、いつからかつぐまれた口に息は止まり、堪えきれなくなったところで息継ぎすれば、座っているだけだというのに本当に声を荒げた後のように呼吸は荒く繰り返される。


 スゲー

 高尚すぎてついていけんよ、ぼかぁ

 教祖サマぁん

 気持ちはわかる。だが、一斉蜂起以上に非現実的だよ。動いたところで俺たちだけじゃ、ナンのたしにもならい。ロンさんだって最近、姿現さないしね


 その事実を忘れてしまったわけではない。


 ロン、カリスマ

 同志もそうやって、いきまいてるだけだろ?


 痛いところを突かれて憤りさえ覚えていた。大げさなほどだ。大きく吐く息で冷静を保つことにただつとめる。


 アカデミー賞会場で代理人が読んだメッセージはねつ造に決まり。納得して今日は解散しようよ


 場をおさめようとする提案こそ中途半端だった。

 なら資料として手元に置いていたに違いない。コピーペーストしたとしか思えない早さでそのメッセージもまた画面へせり上がってくる。


 「特別なことはなにもおこりません。わたしはただ人々の心に残るような作品作りに、よりよい作品作りだけに励みたいと思っています」


 何度目を通してもそれは、リーダーがあの場に用意したとは思えない言葉だった。聞かされた瞬間、どれほど唖然としたかわからず、信じて慕った分だけ怒りを覚えるそれは文言でもあった。


 充電期間って、リーダーあれからこつ然と消えちゃったしね

 他はなにしてる?

 こっちも知らない者同士なんだ。ヨソがどこで何をしているのかなんて掴みようがないな


 と新たなログインに、画面の上端へハンドルネームは追加される。目にした参加者の間でとたん感嘆符は乱れ飛んだ。いや、もちろんそんなものは見えやしないが間違いないと証明して、ひと呼吸あったのち色とりどりと文字は一気に画面をせり上がってくる。


 ロン、キター!

 お久しぶりです。ロンさん!


 噂をすれば影のタイミングなど、まったくもってロンらしい登場の仕方だろう。なら形式的とかわされる挨拶に紛れ、ロンの発言は早くもその目に止まっていた。


 リーダーは準備していたよ

 ごぶさたです、ロンさん

 こんにちは

 間際で阻止された


 乗り遅れまいと打ち込みかけていた指も止まる。

 だが本当かといぶかってではない。なぜなら語るロンこそ素人革命家へこのネットワークや重火器に火薬を用立て、一部計画すら立案することで後押しをはかった人物だからだ。他の同志たち以上、会わずとも伝わるただ者でないその気配に、あの日、あの時、あの現場で全てを目の当たりにしたと聞かされてもなんらおかしいとは思えなかった。しかもそのロンから聞かされた話こそ望んでいたリーダー像であったなら、受け入れたくて仕方なくなる。

 リターンキーから浮かせた指でバックスペースキーを押し込んだ。削り取ったそこへ新な文字を放り込む。


 どういうことですか ろんさん

 メッセージのねつ造は、正解だよ。久しぶり

 変だと思った

 りーだーは ぼくたちをうらぎったのでは ないのですね

 拘束先で処分を待っている。知らせた方がいいと思って何度かのぞいたんだが今日、初めて合流できたよ

 もみ消されたんだな。やられた

 りーだーはどこにいるんですか あいては けいさつでまちがいありませんね


 雑音は読み流す。はやる鼓動にただタイピング音を重ねた。


 いや、専属の公安については話していたかな

 セクシーCT

 うっふん

 セクションだ


 だが間もなく浮上してきたロンの一文に「む」と息を詰める。どれほど活動しようとも同志の存在が世間へ伏せられているように、それは同じく存在を隠したまま活動を続けているカウンターテロ組織だった。覚えがあったなら、見えてなかろうとうなずき返してしまう。


 その組織のもっぱら日本にいるグループに、リーダーはベガスで拘束された


 なんてことだと、拳がヒザを叩きつけていた。そこにはついさきほどまでリーダーに抱いていた不満が怒りとなって、そっくりそのまま詰め込まれている。


 彼らの所在やリーダーの拘束先については、わたしも詳しくはわからない。だが拘束現場だけは記録に成功している


 さすがだと感心して同時に、彼のサポートがなければ何も出来ないことを痛感していた。ならその恩恵に授かるべく、打ち付けたヒザから手を離す。


 おくって もらえますか


 急ぎ文字をつづれば、おそらくロンもそのつもりがあったのだろう。


 見たいならかまわないよ。いつもの方法で


 淀みはなく、新たな発言もまたその下に付け加えられる。


 けれどそれを確かめて、同志はどうするつもりかな


 言うまでもなかった。だからしてこの一文も、こちらの意思を確かめるためのものなのだと知れてならない。


 ぼくたちのかくめいを じゃましました


 そんな相手を放っておけるはずもなく、そして並べる文字を妨げる者もまたいなかった。


 おもいしらせてやります


 とたん茶化した書き込みは途切れ、音にならない沈黙が画面からあふれだす。


 どこにいるのかわからないなら おびきだすまでです さいわいこっちには ろんさんのきろくがある ぼくにだって いっしむくいてやることはできるとおもうのです


 送り出せば次にロンが答えるまであった間は、ちょうど深くうなずき返した間合いと符合している。


 さすが同志だ。確認させてもらった以上いつもとおりサポートはさせてもらうよ


 その献身的なワケはいまだに分からない。だがこれまでのやり取りがすでに信じるに値する言葉であることを裏付けており、もう鬼に金棒だ、思わずにはおれなくなっていた。


 なら、一つ提案があるんだが


 何だろう、と体も乗り出してゆく。


 ただちにスタンリー・ブラックを解放しなければ、全ては予告通り実行される。こう付け加えてみてはどうだろうか、同志。あとはまかせるよ


 すばらしい。打ち込む代わりに叩きつけたヒザが、軽快と部屋へ音を響かせていた。

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