9・レタラモシリの武人

 夕陽が平野を赤く染めあげている。

 俺達がその場に駆けつけたときには、赤銅色の鎧の数は更に半数ほどまでに減らされていた。


 仕方がない。目撃した段階で五十対十と既に不利だったのだ。

 両勢とも向かってくるこちらに気づいたようだ。前方を疾駆するホノカが叫ぶ。


「異国の奸賊どもよ、覚悟せよ!我らが友軍の兵事、乱すは万死の罪!」

 そのまま突入していくと、手近な黒鎧……リアーナ側の兵を一刀のもとに斬り伏せた。鎧の継ぎ目を狙った見事な一撃。


「ハピルのツワモノ達、義によって助太刀致す!」

「あんたら使節の人間か、助かったぜ!」

 俺も使節団の人間扱いにされているが、そんな事を気にしている場合ではない。


 味方であることを把握したハピル側の数人が一斉に彼女のもとに集まる。

「なんだ貴様ら……女!?」

「構わん!纏めて切り捨てろ!」

 黒鎧達が押し寄せてきた。俺もようやくその場に合流する。


「ホノカ!少しだけ任せた!」

「承知!」

 そう言うと彼女は単身敵に突っ込んでいった。


 今のうちだ。俺は味方連中に呼びかける。

「お前ら、手を握れ!」

「手を……一体何の」

 戸惑う様子を余所に、俺は無理やり彼らの腕を掴まえ、自分の心中に意識を集中させた。

 すると……


「おぉ……術法か!」

「身体が滾ってくるみてぇだぜ、これなら!」

 赤銅色の鎧から青白い闘気が湧き上がり、彼らは先刻より数段勢いを増した反撃を開始した。


 同じ動作を人数分済ませ、息を整えた後、自分も追従する。

 俺の術法は「他の生物の運動能力を強化する」ものである。掴んだ腕から相手の身体に働きかけたのだ。


「……おぉっ!」

 敵はしっかりと上下武装しており、その上両勢入り乱れての乱戦だ。先の喧嘩のように投げナイフは使えない。


 俺は側面から打ちかかってきた刃を躱し、喉元に剣を突き立てた。

「ガボッ!」と嫌な音を立て黒鎧が倒れる。


 素早く周囲を見回す。

「……!」

「成敗っ!」

 こちらの兵が上手く敵を翻弄し、ホノカが隙を突いて一撃を叩き込んでいる。兵にかけた強化術も暫くは保つはず……悪くない手ではある。しかし……


「ハッ……はぁ、ッぐ!」

 機動力で引っ掻き回すため、疲れの色が浮かぶのも早い。派手に立ち回っていたホノカが徐々に押されていく。

 素早く動き回って斬撃を掻い潜る赤鎧達にも、敵の剣が当たり始めてきた。


 全員合わせて既に十五は斬ったか……

 しかし単純計算で一人で十人を相手にしているのだ。こちらの強化術があっても多勢に無勢だ……どうにかしなければ。


 すると、敵二人と剣を交えていた俺に向かってホノカが声をあげる。

「アスタ殿、援護を!」

「了解!お前ら、引っ掻き回しててくれ!」

 おおっ、と赤鎧らが気合いを入れ直すのをみつつ、彼女の元へ駆けた。


「貴様ら、何をする気だ!」

 そうはさせぬと斬りかかってくる兵を、刃を突き込み、蹴り飛ばしながらホノカを庇う。

 すると、


 ゴォッッ!


「ぐあぁ……あっ!」

 味方が一人、火炎に包まれながらのたうちまわるのが視界に入った。


 乱戦の中で術を行使出来る程の者が居るのか。残る味方に動揺が広がり、不利な戦況が更に悪化する。


「ホノカ!」

 俺は眼前に迫っていた剣を弾き、防具の隙間を見つけ腕を斬りとばす。


「うむ!皆、伏せろ!」

 そう言うと何やら準備が整ったのか、刀を収め、目を瞑った。

 そして平野に澄んだ声が響き渡る。


北之聖地レタラモシリの千早ふる英霊よ!我が内なる力を喰らい、異形となりて今世に顕現されたし!」

 叫ぶと同時に彼女の手から眩く煌めく氷柱が生み出され……


 ヒュ……ーーゴシャッ!


 高速で射出された氷柱は黒鎧の兜を頭ごと盛大に潰し、破壊した。

「なん……総員、離れろ!」


「せい……やあ!」

 しかし敵が逃げるのにも構わず、彼女はそれを射出しながらその場で一回転してのけた。敵連中はグシャゴシャと身体のあちこちを潰され、周囲に倒れ伏した。凄まじい威力である。


「ん……はっぁ……はぁ」

「……助かった。あんたの手柄だな」

「いや……壁となる者が居らねば成せぬ術……」

 荒い息を吐きながら、ホノカもその場にペタンと膝をつける。


 敵は片手の指の数にまで減っていた。その中に数人、黒い法衣を纏った者の姿もある。術法を主体として戦う者だ。今まで兵達の後方に構えていたのだろう……だが壁を失ってしまっては術を行使する暇はなくなる。


 ホノカを残し、俺は生き残った赤鎧達と共に掃討にかかった。




「やっと片付いたか……」

 剣を収め、ふうっと息をついた。


 草のまばらに生えるこの平野に、赤銅色と黒の鎧がそこかしこに転がっていた。中身から流れる血が、地面を黒く湿らせる。


「すまん、助かったぜ……」

 生き残った兵が口々に礼を述べてきた。

「偶々通りかかっただけだ……それより、結構あるのか?こう言うことは」


 彼らが渋い顔をしながら言う。

「そうですな、最近は特に多く」

「連中が無闇に襲撃してくるようになったのは……確か、うちの御上が別働隊を組んだ辺りからだったかな」


「それって……」

 例のお尋ね者を狙っている隊のことだろう。リアーナ兵の散発的な襲撃と何か関係があるのだろうか。

「えぇ、御察しの通りかと」


「ううむ、そうなのか……斬りかかってくる敵兵達が何やら喚いていた気もしたな」

 ホノカが言う。

「取り戻しに来た、だの、我らの御人だ、とか」


 俺は思わず兵達に問いかけた。

「何だそりゃ……あんたらの上司、向こうの国に喧嘩でもふっかけてたのか?」

「いえ、決してそのような事は……」

 そう言いながらかぶりを振る。


 その様子を見つつ、彼女がさて、と切り出した。

「この場は納めたのだ。報告に行かなくてはなるまい」

「ちょ、ちょっと待った」

「む、アスタ殿も同行してくれるのか?」


 慌てて呼び止めた俺を振り向き、そんなことを言う。

「そうじゃなくて……あんた、今回起こったような襲撃に関して、何か知ってるんじゃないのか?」

「むぅ……?」


 彼女が眉をひそめる。

「ここの軍の動きについて詳しく把握していたりとか。あんた使節の……その、ただのお飾りじゃなかったか」

「そうであるな、ふむ……」


 どこから説明しようかと考える様子の彼女を見ていると、不意に背後から声が掛けられた。

「……ホノカよ」

「……っ!」


 金属質なザラザラした声色。振り向き柄に手をかけると俺に影が覆い被さった。

「ぬ、指揮官殿……」

「し、しき……?」


 指揮官と呼ばれた男がこちらを睥睨する。

 身なりからして相当な階位の人間なのだろう。見上げる程の巨軀を純白の鎧に包み込み、顔を伺う事は出来ない。絢爛な装飾が施された剛弓を背負っている。


 そして胸元の刻印……三日月に大盾。ハピルの紋様だ。

「あんたは……」

「…………」


 こちらの声にも反応を示さず、じっと見つめてくるその威圧感に少し後ずさる。

 背後でホノカが口を開いた。


「しかし、今はまだ休息を……」

「……」

「……相分かった。そちらに向かおう」


 渋っていた様子だったが、やがて諦めたかのように俺の脇を抜けていく。

「では、我々もこれにて」

 今まで成り行きを見守るだけだった兵達も、巨漢のそばに控えた。


「お、おい、一体どういう…」

「すまぬ、アスタ殿。またいずれ会える日を楽しみに待っているぞ」

「お……」

 引き留めるのも虚しく、一行はそのまま遠ざかっていってしまった。


「……」

 取り残された俺と幾十の死体との間を、乾いた風が吹き抜けていった。

 馬の元へ向かいながら、暫し黙考する。


 近頃の騒動にあの純白鎧が一枚噛んでいるのは間違いないだろう。お尋ね者討伐の別働隊とリアーナ兵の襲撃も無関係ではなさそうだ……エリスに詳しく話して聞かせよう。レタラモシリの人間であるホノカがそこにどう関わっているのかがよく分からないが……


「あっ」

 ううむと唸り馬に跨ったところで、今は何よりも重要なあの事を思い出した。


「買った菓子、どこに置いてきたっけな……」

 馬上で頭を抱える。


 駄目だ、思い出せない。確かホノカにパイを一つ渡したっけな、今から馬を飛ばせば追いつけるか……いや、何処に向かったのかすら分からない。そう言えば彼女、懐にパイを突っ込んだまま戦っていたことになるんだよな……何たる戦闘技術の高さだ。


「ぐぬ……」

 横に逸れてきた思考回路を修正してやる。エリスは今頃鬼神と化していることだろう。またしても買い物失敗の上に大遅刻だ。


「お前も、今日はありがとな……」

 何故か俺はそう呟くと馬の首を撫ででやりつつ、とぼとぼと家路を辿った。

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