第7話 レポート用紙のラブレター

 夏のある放課後、腰ぎんちゃくの東原が生徒会の部屋に来た。

「好いとる女子(おなご)ができた、昭男、お前の字ならよかけん、これに書いてくれ。俺ん字はとても見せられんけんな」いつもと違う神妙さで頼んできた。


 つい、応じてしまった。B5のレポート用紙一枚の呼び出しラブレターだった。

一度、頭を殴られたことがある東原がその日はにきび面をくずして部屋に来ると、

わたしに手紙を書かせたのだ。

《とても会いたいから……土曜日の五時半、地蔵堂で待っててください》。

簡単な文で、名前を書くから下半分をあけといてくれと言われてそうした。

どんな女が相手なのか訊く必要もなかった。


 東原は背後の机で封筒をごちょごちょやりながら待っていたが、

あの時、生徒会委員のゴム印を押して手紙に貼り付けたのだ。


 義弘の下卑な企みであった。その手紙が天野里美を呼び出すのに使われたのだと時がたって呉服屋の息子が打ち明けた。彼が届け役を請け負い、里美が登校してきた時に渡したのだという。──封筒の中身をのぞいたが名前はなかった。名前を書かずに生徒会のゴム印が貼り付けてあった。それを天野里美が制服のポケットにしまうのを見たと──彼女は手紙を書いたのがわたしだと、すぐ思ったのだろうか。


 後にわかったことだが、悪ガキたちは通学用自転車のタイアの両輪から空気を抜いて彼女を解放したのだ。彼女は空気のぬけたタイアを押しながら、油が切れたペダルの音をきしませて、暗い山道を一時間以上も歩いて帰るしか方法がなかったであろう。

 わたしは怒り狂った。義弘の策略にはまった自分のおろかさがたまらなく情けなかった。振りなれた木刀を取りに自宅に戻ると、自転車の荷台と輪の間にはさんで義弘が帰ってくる道に行って待った。

 

 義弘の背はあまり高くないが、体操部に属して筋肉隆々の体つきをしている。

わたしはひ弱な体格であったけれども、激しいかかり稽古などを剣道部で毎日、鍛錬しているので、木刀があれば手足の一本、必ず折ってやる──その気だった。


 暗くなるまで三時間待ったが、義弘も東原もその日はその道を通って帰ってこなかった。義弘と東原は退学相当の悪行を犯したとしてその日を境に高校を退学させられて姿を消していた。

 その方がよかったかもしれない。怒りに燃えた私が悪ガキに挑み何か起こしておれば、わたしが天野里美の事件に関与していたことが明らかになったことであろう。その後の里美の境遇を知る和尚にも偽手紙のことまで話したことはない。

あまりにもおろかであった……自分を知られたくない。


 悪童たちは通学用自転車のタイヤの空気を全部抜いて彼女を放した。

里美はこれ以上ない、裏切られた惨めな気持ちで、空気が抜けてきしむタイアの音をさせながら、暮れた山道を一時間以上自転車を押しながら帰宅したことであろう。

和尚に偽手紙のことまで話したことがない。あまりにもおろかであった自分を知られたくない。

 里美はすでに死んでいる。短かい間でも壱岐で幸せにすごしたというなら救いだ。自分を残してみんな死んだ。死んでしまったひとの霊が今更、頼まれて出てくることなどあるものか──雪女の姿は、私の心が作り出した幻影に過ぎないのではなかろうかと思った。

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