第5話 女子高校生の里美
高校でわたしは普通科のガリ勉進学コースにいた。
天野里美は女子生徒ばかりの食物被服科にいた。
紺色の制服姿の、大きな黒目、小さく並んだ歯の印象が残っている。
私と同期のクラスに医者の息子がいて、彼女を好いて話しかけたが相手にされなかったと聞いた。里美の視線がわたしの方を向いていると感じた時期もあったのだが、それ以上うかがい知る機会はなかった。
わたしが高校を卒業する頃、里美は退学していたのではあるまいか。
紺色の制服姿を学校で見ていない。
男女共学の普通高校は一校だけしかなかった。
共学の普通高校は、同じ世代の若者たちが青春を味わい大事な思い出を作[る数少ない場所と言ってよかった。
学校行事で、雪中登山が行われた時のことである。
地蔵堂の裏側に水の流れがあり、悪童たちは行き来する魚影を見て石を投げはじめた。魚をすくう網がないので、遊び半分に、傷めて捕まえる方法を試みていた。
魚の一匹が石に打たれて、白い腹をくねって流れはじめていた……下半身がちぎれかかっている。
下流に赤い登山靴の里美がいた。袖をたくしあげ、川面に手を伸ばそうとするのが見えた……短い登山靴では川の中に入れない。
山歩きの、ばかでかいゴム長をはいたわたしもそこにいた。
長靴に縄を履かせると(まきつけると)滑らないと言われ━━父の大きな長靴を履いて来ていた。
背丈のあるゴム長で川に入ると、水がいってこなかった。
魚をすくい里美の手に移した。
手の中に浮かんだ魚を見て、長い眉の里美の眼が忙しく瞬いて揺れた。
「やめて!」上流に向かって言った。
悪童たちは投げるのをやめない。
「当たった。どうだ、オレのがあたったろうが」──競い合っていた。
里美は白い歯をむきだして言った。
「生き物は生きている間が修業なのよ……。この生きものが、あなたたちのお父さんやお母さんでも平気?」
祭事を手伝う娘に父親が言う言葉かもしれなかった。
生きることが修業と言われても、生きていることの価値を考えようともしない年頃だった──わたしも分からなかった。
苦笑いしながら、「もう、やめんば!」と言った。
悪童たちは向こう岸に石を投げはじめた。
「いいやねえか、めったにあたらんさ……」
「おー、こわっ!巫女さんが言うんじゃ、罰が当たるけんな」
悪童の中に札付きの悪童の、義弘や東原たちもいた。
里美は死んだ魚を自分の手から川に流した。
里美の母親はあちこち流浪して本岡の老人ホームに入ったというが、その後、
市の養護施設に移って死んだという。あれこれあったらしく、借財を重ねた色きちがいの後家さんなどと、言われて身一つのまま死んだ。
死んだ時は先代住職がなくなって久しかったが、今の和尚が市の指定霊場を訪ねて位牌を持ち帰ってきたという。そのまま無縁仏にするというわけにはいかなかったのであろう。
娘の里美はそのかなり前に死んでいたのだが、わたしの耳に入っていなかった。
母と娘が祭礼を巡回する旅をしていた頃、縁があって壱岐の漁師の網元の家に
嫁いで幸せな日々が続いていたという。
女の児をひとり生んだが、お産の後、体を悪くして病(やまい)にかかり、長引いて、その年の冬、島の病院で死んだという。
こどもは父親の家族が育てあげた。
巫女衣装の姿は母親にも似ているが、年老いて死んだ母親が今頃、あんな風に
現われて悪さするだろうか……やはり里美か。
かすかな思い出がわたしの頭の中に幻影を作り出そうとしている。
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