戦い

@ns_ky_20151225

戦い

 船体温度の上昇は操縦室までは伝わってこない。しかし、計器の読みは破滅がすぐそばまで来ていると示していた。


「後どのくらいだ?」

 船長がまた聞いた。

「三十分。もって四十分」

 航海士が答えた。


 船長とか航海士とか言ってもこの貨物船には二人しか乗っていないので、肩書にこだわらず何でも行っていた。二人とも温度上昇を抑えるべく船体の影の側の放熱板の効率を最大にしようと忙しく指示を出している。


「通信可能域までは?」

「二時間」

 船長は確かめるかのように同じ質問を繰り返し、航海士もまた答えた。


「くそ、節約なんか考えるんじゃなかった」

 今度は質問ではなかった。

「そうですが、今はやめましょう。それに、この恒星すれすれの軌道には私も賛成しました。船長だけの責任ではありません」

「すまん。敵の正体は? ま、知った所でって話だがな」

「古いデータベースにありました。やはり前の戦争の奴です。残置艦ですね」

「地雷か。まんまと引っかかったな」

「ええ、戦闘ででもなければわざわざこんな軌道を使う馬鹿はいませんから」


 そう言いながら航海士は船長にデータを流した。残置戦闘艦。無人。恒星や巨大ガス惑星近傍に潜み、重力航法や航路短縮を狙う艦を餌食にする。


「放ったらかしか。軍は自分の尻も拭けないのか」

「予算不足にお役所仕事。それに平時ですからね。こんな危なっかしい軌道を使うなんて考えもしないでしょう」

「貧乏が悪いんだよ」


 二人が気を紛らわそうと無駄口を叩いている間にも高出力レーザーは照射され続け、船体の温度を上昇させていた。グラフは放熱との対比を描いているが、船殻の破壊は目の前だった。

 彼らは無駄と分かっていても救助要請と回避を繰り返し試みているが、恒星に近すぎるためあらゆる通信はノイズに飲み込まれた。また、貨物船の加速性能では振り切れない上、敵艦は光学観測とレーザーの反射だけで精度の高い攻撃が可能なほどの超近距離にいた。


「まるでトマトの湯剥きだな」

「熱をかけて皮を剥くって事ですか。あまり面白い例えではありませんね」

「どうした。君らしくない。考えるんだ」

「どうしようもありません。苦しむよりはいっそ……」

 航海士はこの事態が起きてから初めて声に感情をにじませた。

「あきらめるな。もう一度言うぞ。考えるんだ」

「何をですか? こっちは貨物船ですよ。武装なんかない。それとも石でも投げますか」

 航海士は息を継いで続ける。

「私は遺書を書きます。船体破壊に紛れて通信筒を放出すれば見逃されるかもしれない」


 船長は黙って航海士を見た。


「遺書は待て。この計算、合ってるか見てくれ」

 航海士は流れてきたデータに目を走らせた。

「正しいですが、うまく行くはずがない」

「こっちには武装はないが、貨物だけは腐るほどある」

 計算を元にしたシュミレーションでは貨物が数コンテナずつ幾本もの筋となって敵艦に向かうようになっていた。一本目を回避しても二本目、三本目と襲う。

「でも、当たった所で戦闘艦の装甲です。引っかき傷くらいはつけられるでしょうが、本艦への攻撃そのものには何の影響も与えられないでしょう。時間稼ぎにもなりませんよ」

「いや、当てるのが狙いじゃない。むしろただの貨物とばれて当ててこられたら厄介だ。回避させたいんだ」

 船長は次のシミュレーションを送りながら言った。

「敵は戦時に投入された無人の人工知能艦で、戦時中のままの思考をしている。こちらから放出された物体は打撃力を持つ兵器だと判断するはずだ。高確率で回避行動を取る。その方向を誘導するんだ」


 航海士の目に光が戻った。手を動かし、シミュレーションをわずかに修正した。

「こうしましょう。微修正ですが、こっちの方が早い」

 船長は笑った。

「よし、すぐにかかろう。こっちが湯剥きされる前に奴を焼きトマトにしてやる」


 十五分後、決着が付いた。船殻温度の上昇が下降に転じたのはその五分後だった。


「すごい執念だったな」

 船長が暑さのせいではない汗を拭って言った。

「ええ、奴からすればこっちの爆弾に当たって一瞬で蒸発するより、恒星に焼かれても最後の瞬間までレーザーを当て続けようって決断したんでしょうね」

 航海士は船体の点検結果を確認しながら返事をした。


 二人ともデータから敵艦の最後の姿を想像した。こちらが放出した貨物を投射兵器と判断して回避行動を取る。しかし、通常の攻撃パターンと異なり次弾、次々弾と次から次へと接近する兵器を回避し続けるうちに恒星に捕らわれたと分かった時、それでも自衛や退却よりこちらへの攻撃を優先して自滅した。

 人工知能を人間に例えてはいけないのだろうが、それは執念としか言いようがない。そう二人は思った。


「どうする? 生きてはいるが、貨物は全部無くなった。途方もない損害だ。通信可能域に入った途端荷受人と銀行が襲ってくるぞ」

 船長が別の心配を口にした。

「じゃ、こっちは軍を襲いましょう。可能域に入ったら訴訟を起こします。たっぷり賠償金を取りましょう」

「そうだな。じゃ、今のうちに書類を作っとくか」


 二人は記録を整理しながら訴訟書類の作成に入った。それは退屈だが安全な作業だった。法律用語や手続きの細かい点がいつもの世界に戻ってきたと実感させてくれた。


「こっちの戦い、勝てるかな?」

 船長が言った。

「分かりません。でも、勝ったらこれからはまともな軌道で商売しましょう」

 航海士が言い、二人は苦笑いした。


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