エピローグ

 固有結界のフィールド。

 ちなみに、端末に書かれているスペックによると、ランクが4の現在、固有結界のフィールドは100メートル四方の広さがあるらしい。

 そのフィールドの端っこを背に、セシリアと白雪が並んでいる。俺は家の二階にあるベランダから、その光景を眺めていた。


「それじゃ、投げますわよっ」

「わふうううううっ」


 セシリアがフライングディスク(固有結界のリストから物質化した)を投げて、例の恰好をしている白雪がそれを追いかけて走り始めた。

 そうして全力で走り、家の近くでジャンプしてキャッチする。白雪はいままでろくに外に出られなかったからだろう。その顔は凄く幸せそうだ。

 けど……誇り高きイヌミミ族をワンコ扱いなのはどうなんだろうか。なんか、白雪を俺に託したイヌミミ族のお姉さんに知られたら怒られそうな気がする。

 ……いや、本人が楽しそうなら別に良いか。


 あと、何気にセシリアも楽しそうだ。公爵令嬢という立場から、あんまり自由に遊んだりできなかったんだろう。

 ……いや、俺を弟にしたりと、最近は結構好き放題してる気がしないでもないけど。


「弟くん、弟くん」

 背後から声が掛かる。振り返るとリーフねぇが端末をもって目をキラキラされていた。


「……なにか面白そうな物があったのか?」

「これよ、これ。凄いと思わない?」

 リーフねぇが端末のリストを指差した。

 ちなみに、セレの町で特産となり得る物を探してもらうために、リーフねぇもサブオーナーに登録した。だから、リーフねぇは端末を自由に操作できるんだけど、おもちゃを与えられた子供のようにはしゃぎ回っている。


 なお、放っておいたら好き放題ポイントを使いそうだったので、ポイントを消費するときは必ず俺の許可を得るように約束させた。

 その結果、楽しそうな物を見つけるたびに、こうやっておねだりしてきて、俺もついつい許可をしちゃってるので、結果的に好き放題使ってるのと変わらない気もする。

 それはともかく――と、端末に視線を落とした。


「……コピー用紙と和紙? 消耗品は持ち出せないから、売ることも出来ないぞ?」


 いまのところ持ち出せるのは、水や食料、それに植物や服くらいだ。

 将来的に増えるのか、はたまたなんらかの基準があるのかは分からないけど、現時点で消耗品を物質化して持ち出すことは出来ない。

 それを検証したのはリーフねぇなのに、なんで今更と首を捻った。


「もちろん、持ち出せないのは分かってるよ。でも、この詳細を見てよ」

「ええっと、なになに……植物紙? 植物が原料ってことか?」

「うん、そうだと思う。でもって、植物のことならあたしにお任せよ?」

「なるほど……」

 取り出せる品の製法を研究するって話は聞いてたけど……そうか。こんな消耗品でも、研究対象になり得るのか。それはちょっと予想外だった。


「ついでに言うと、異世界の品なのにコストが安いのは、安価で作れるからだと思うのよ」

「あぁ、たしかにそうだよな。でも植物が原料だと、破けやすいとかもあるんじゃないか?」

「それもあると思う。けど、安価な紙なら、使い道はいくらでもあるでしょ?」

「それは……たしかに」


 羊皮紙――そのほか獣の皮を使った紙は丈夫だけど、生産の手間はかなり掛かる高級品。

 もし紙を安価で作れるのだとしたら、いままではもったいなくて使えなかったようなことにも使えるかもしれない。


「それじゃ……この和紙とコピー用紙を具現化してみるか」

 ポイントを消費して、自分の手の中にそれぞれ具現化した。和紙はその軽さに、そしてコピー用紙はずっしりとした重量感に驚く。


「和紙はともかく、コピー用紙って言うのはなんかむちゃくちゃ重くないか?」

「どれどれ……って、ホントに重いわね」

 コピー用紙を受け取ったリーフねぇが目を丸くした。


「――あ、でもこれ、包装の中に何枚か入ってるんじゃないかしら?」

「あぁ、なるほど」

 中身を出してみようと言うことで、リビングへ移動。テーブルの上にコピー用紙を置いて中身を取り出したのだけど……


「なんじゃこりゃ……」

 ツルツルな長方形の立方体。そう思ったけれど、すぐに違うことに気付いた。物凄く薄い、しかも均等な大きさの紙が、何百枚と重なっているのだ。


「これは……想像以上に凄いわね。ちょっと一枚見せてもらうわよ」

 リーフねぇがコピー用紙を一枚引き抜いて、天井の光源にかざす。


「……凄いわね。細い繊維が集まってるわ」

「うぅむ、これが植物なのか?」

 リーフねぇを横目に真似をして光にかざした。

 つるっとした表面も、よく見れば色むらのようなモノが存在する。けど、植物かと言われると……とてもそうは見えない。


「植物なのは、たぶん間違いないと思う。ただ、原形をとどめないくらい加工されてて、どうしたらこうなるのかはちょっと分からないわ。……和紙はどうかしら」


 リーフねぇが和紙を包装から取り出し、光に透かした。

 ちなみに、コピー用紙と比べると制作コストが高いんだろう。消費ポイントは同じくらいなのに、コピー用紙が数百枚に対して和紙は十枚程度と、入っている枚数がまるで違う。


「あ~こっちの方が、植物の繊維だって分かりやすいわね」

「……そうなのか?」

 安価なコピー用紙の再現が難しそうなので、和紙を再現するのはもっと難しそうだと思い始めていたので、ちょっと意外だった。


「コピー用紙の方は原形をとどめてない感じだったけど、こっちは繊維だって言うのがちゃんと分かるわ。色が妙に白いのは……そういう種類なのかしら?」

「……再現はできそうか?」

「そうねぇ……同じ物を作るのは厳しいけど、和紙を作ることは出来そうよ」

「え、ホントに?」

「植物を煮込むことで、繊維をほぐすことができるの。これは、その繊維を上手く重ねてくっつけてあるだけみたいだから、模造品レベルならわりと簡単にできそうよ」

「おぉ……それは凄い」


 ある程度再現できれば、後は完成度を高めていくだけ。ひらめきという、本来一番大変な部分をすっ飛ばせるのは大きい。


「弟くん、弟くん。これ、すぐに研究して良いかしら?」

「良いけど……妙に乗り気だな。植物を伐採することになるんだぞ?」

 都会では建築や薪用に森を伐採しまくって、森が破壊されて薬草が採れなくなったり、住処を追われた魔獣が出てきたりと、なにかと問題になっている。


 紙を作る程度なら大した量にならないと思うけど、イヌミミ族の機嫌を損ねる可能性もある。それに、リーフねぇはエルフ族だから、自然破壊は嫌がると思うんだけど。


「森を破壊するようなことはもちろん許さないわよ? でも、森の手入れに木々を間引くのは必要なことだし、農業だって営んでいるわ」

「……なるほど。むやみに自然を破壊しなければ良いってことか」


 つまりは、木の消費が多ければ植林しろってことだな。安定した供給をするには重要だけど、なにかと人手が必要になる。

 結果を出すのはだいぶ先になりそうだ。

 とは言え、別に急いで結果を出さなくちゃいけないという訳でもないし――


「ふふっ、こんな研究をできるなんてね。弟くんを追いかけてきてよかったわ」

 なんだかリーフねぇが楽しそうなので良しとしよう。


「そうだな……それじゃ、リーフねぇに部屋を用意しようか」

「え、あたしの部屋? 弟くんと一緒で良いわよ?」

「そんな訳にいくかっ」

 幸いにして、この家の二階には四部屋ある。セシリアとリーフねぇ、それに白雪と俺で合計四部屋なのでちょうど良い。


 とは言え、家具はわりとポイントを使うので、最初は必要最低限だけど……と、そんなことを考えていると、玄関からセシリアの声が聞こえてきた。

 様子を見てくると断って、玄関へと移動する。そこには、泥だらけになった白雪と、やっぱり土で汚れたセシリアが並んでいた。


「なにがあったんだ?」

「申し訳ありません。わたくしがフライングディスクを畑の方に投げてしまって」

「……畑に突っ込んだのか」

 その一言を口にした瞬間、「ごめんなさい……」と、白雪のイヌミミがへにょんとなった。


「怪我はなかったか?」

 白雪は少し驚いたように俺を見上げた。

「……怒らないの?」

「反省してるみたいだし、畑はちゃんと直したんだろ?」

 後半はセシリアに向かって問いかけた。


「え? ええ、ちゃんと戻しましたけど……どうして分かったんですか?」

「そんなに泥だらけになってたら分かるって」

 畑に突っ込んだ白雪はともかく、セシリアが泥だらけになる理由は他にない。二人で一緒に、畑を直してから戻ってきたんだろう。


「それで、怪我はないのか?」

「……うん、それは大丈夫」

「そっか、ならよかった」

 イヌミミを優しく撫でつける――けど、土がついたりしているからか手触りがよくない。


「セシリア、白雪をお風呂に入れてやってくれ」

 泥だらけでこの家に上がられると掃除が大変だし、泥だらけのセシリアがお屋敷に戻ると、なにをしていたのかとメリッサに詰め寄られかねない。

 温泉は家の裏手にあるので、そっちに入ってもらえば都合が良いと思ったのだけど――


「それじゃ、レオンさんも一緒に入りましょう」

 セシリアが爆弾を落とした。


「……ええっと、なんの冗談だ?」

「冗談じゃありません。このあいだ一緒に入ったっきりじゃないですかっ」

「いや、普通は一度もないと思うんだけど……」

 この際、年下のお姉さんとか、血が繋がってないとかは置いておくとしても、姉弟でお風呂に入るなんて普通はない――と、あれから気がついたのだ。


「あら、そもそも普通は、お風呂がないだけじゃないですか? 平民は男女関係なく、一緒に水浴びをするって聞いてますわよ?」

「……それは、まぁ……」

 村の子供は、男女関係なく水浴びをする。

 そう考えると、別におかしなことは……いやいや、騙されちゃダメだ。お互い子供という年齢じゃないし、セシリアに至っては公爵令嬢だ。

 そもそも――


「白雪だっているんだぞ?」

「あら、シロちゃんだって、レオンさんと一緒にお風呂に入りたいですよね?」

 そんなこと、あるはずが――


「うんっ。ボク、レオンさんにイヌミミと尻尾を洗って欲しいなぁっ」

「なん、だと……っ」

 イヌミミと尻尾を洗う。あの至高のイヌミミと尻尾を、俺が念入りに手入れする。それは、なんと言うか……非常に魅力的な気がする。

 ――いやいや、魅力的じゃなくて、いや、魅力的だけど、そういう問題じゃない。

 白雪は凄く幼いから、一緒にお風呂に入ってもちょっと恥ずかしいくらいですむけど、セシリアは年頃の乙女なのだ。そう何度も一緒にお風呂に入ってたまるか。

 ましてや――


「そういうことなら、あたしも一緒に入ろうかしら」

 あぁぁぁぁっ、聞かれちゃいけない人に聞かれてしまった。


「リーフねぇ、落ち着け。冗談に決まってるだろ」

「え、わたくしは本気ですけど」

「――とにかく、セシリアは百歩譲って大丈夫としても、リーフねぇは不味いだろ」

 白雪なら兄妹の語らいと思うのは難しくないし、セシリアが相手でも心頭滅却すれば姉弟の語らいと思えなくはない。

 けど、リーフねぇは色々な意味で無理がありすぎる。


「あら、シロちゃんやセシリアさんが大丈夫なのに、あたしだけダメって酷くない?」

「酷くない」

 リーフねぇはもう少し、自分の発育とかを考慮して欲しい。

 だけど――


「……レオンさん、リーフさんとお風呂に入っても、意識しないって言いましたよね?」

 凍り付きそうな声が響いた。

「うぐ……。それは、たしかに言ったけど」

 それは建前で、ホントに意識しないはずがないだろ――とは言える雰囲気じゃなかった。俺に詰め寄ってくるセシリアの瞳から、ハイライトが消えていたからだ。


「そもそも、わたくしは平気って……どういうことですか?」

「え、そのままの意味だけど……?」

 頑張って平気なようにするとは言えないので、さも平気だというように振る舞う。その瞬間、周囲の温度が更に下がったような気がした。


「リーフさんはダメで、わたくしは平気……酷くないですか?」

「えぇっ!?」

 姉弟としてお風呂に入ろうって言うから、姉弟の語らいだって思えるように頑張ってるのに、それを責められるってどういうことなの。


「レオンさん……」

「は、はい?」

「お風呂に一緒に入りますよ、良いですね?」

「……はい」

 拒否したらなにをされるか分からない恐怖に耐えかねて頷く。そうして、喜ぶ白雪や、楽しそうなリーフねぇを伴って、俺は裏手にある温泉へと連行されていった。



 ――なお、お風呂ではとくになにごともなかったことを宣言しておく。


 現実逃避の使用可能なポイントが増加しました。


 俺はみんなと少し離れたところで背中を向けてお湯に浸かり、軽く世間話をしただけ。本当にごくごく平和な入浴だった。


 現実逃避の使用可能なポイントが増加しました。

 現実逃避が5にランクアップ。

 レジャー施設が開放されました。

 季節限定ガチャが解放されました。


「さぁ、レオンさん。みんなでお風呂に入りましょ」

「うにゃああ……」

 

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