第21話 判断材料が間違っていた場合
三日ほど過ぎたある日の昼下がり。
ローゼンベルク家からの使者を乗せた馬車が到着した。
セシリアが命を狙われている可能性を考慮して、まずは一行の代表と会うことを伝え、その代表の男を応接間へと招き入れる。
「失礼ですが、貴方がセシリア様でしょうか?」
男は開口一番、セシリアに向かって問いかけた。
「ええ。わたくしがセシリアです。そして隣にいるのはレオンさん。わたくしの相談役として同席頂いておりますが、かまいませんね?」
「そうでしたか。セシリア様、お初にお目に掛かります。私はクロード様の指示でこの町にやって来た、アンドレアと申します。もちろん、同席していただいて問題ありません」
アンドレアと名乗った男は俺の同席を受け入れた。
実際には俺だけじゃなくて、メリッサを初めとしたセシリアの護衛が部屋の隅に控えているのだけど、アンドレアはなにも言わない。
恐らくは、危害を加えるつもりはないという意思表示なのだろう。いますぐ血なまぐさい展開にはなりそうにはないと安堵。
テーブルを挟んで向き合うように席に着く。
「さて。さっそく本題に入りますが、なんでも食糧支援をしてくださるそうですね?」
アンドレアが席に着くのを確認して、セシリアが口を開いた。
「はい。クロード様の指示で、この町に食糧を運んで参りました。……ですが、それは建前で、本当の目的は他にあります」
予想もしていなかったストレートな物言いに俺は腰を浮かせ、部屋の隅で待機している騎士達も空気を張り詰めさせた。
「お、お待ちください。目的というのは、誤解をただすと言うことです」
アンドレアはパタパタと両手を振った。
「……誤解、ですか?」
「ええ。セシリア様が襲撃されたという件は聞き及んでおります。ですが、その件に関して、クロード様は一切関わっていないことを、まずは申し上げたいと思います」
予想外の言葉に、セシリアと顔を見合わせる。
「すみません、俺から聞いても良いですか?」
追及するのはセシリアではなく俺の方が良いだろう。そう思った俺は口を挟んだ。
「ええ、なんなりとお聞きください」
「セシリアが襲撃された件に、クロード様は関わっていない――というのは」
わざわざそれを口にしたのは、他の誰かが関わっているという意味にも取れたからだ。その辺りについて探りを入れた結果、アンドレアは小さく頷いた。
「クロード様は療養という名目で、イザベラ様を離れに幽閉なさいました」
「――っ」
イザベラが犯人だと口にした訳じゃない――けど、そう言ったも同然だ。
問題は、なぜそんなことを伝えてきたのか。クロードが味方だというのなら問題はないけど、トカゲの尻尾切りという可能性だって否定できない。
「信じて頂けないかもしれませんが……クロード様よりお手紙を預かっております」
アンドレアが手紙を差し出してくる。俺がそれを受け取って危険がないことを確認して、セシリアへと差し出した。
セシリアは一瞬躊躇った後それを受け取り、静かに目を通し始めた。
「……お兄様は、子供の頃から変わっていなかったんですね」
手紙を読み終えた後、セシリアは小さく微笑んだ。
「……手紙にはなんて書いてあったんだ?」
「わたくしが心配だと、そればかり書いてあります」
「ふむ……まぁ、そうか」
アンドレアがイザベラの関与をほのめかしても言質は取らせなかったくらいだ。クロード本人が手紙に証拠を残すなんて真似はしないだろう。
「後は……イザベラさんが、わたくしの母を殺したことや、わたくしを殺そうとしたこと、止められなくてすまなかったと書いてありました」
「――書いてあるのかよっ!」
思わず叫んでしまった。
少なくとも、その手紙をそれなりの場所に持ち込めば、クロードは失脚するだろう。そうすれば、セシリアが次期当主になることだって難しくない。
なんだ? 一体どんな思惑で、そんな爆弾を渡してきたんだ? なにか思惑があったとしても、そんな手紙を残した時点で破滅すると思うんだけど……クロードは無能なのか?
それとも、俺には及びもつかないような思惑があるんだろうか……とアンドレアに視線を向けると、あんぐりと口を開けて硬直していた。
どうやら、こっちも知らなかったみたいだ。
ますますもって意味が分からない……と思っていると、セシリアはその場で手紙をビリビリに破り捨ててしまった。
「……どういうおつもりですか?」
アンドレアが困惑するようにセシリアを見る。
「この手紙は、お兄様がわたくしを信頼してくださった証です。ですから、わたくしもお兄様を信じて、手紙を破棄します」
――そう、か。
セシリアと敵対していると考えていたから不可解だったけど、セシリアを信頼しているのだと考えれば不思議なことじゃない。
「母やわたくしが襲われた件の事情は分かりました。イザベラさんのことは許せそうにありませんが……お兄様を恨んだりは致しません」
「そう言っていただけると、クロード様も救われると思います」
アンドレアは深々と頭を下げた。
疑い出せばきりはないけど……セシリアが信じるというのならそれに従おう。
もちろん、いざという時の警戒は怠らないけどな。
「ところでセシリア様、この状況でうかがうのはあれですが、ローゼンベルク本家にお戻りになるつもりはありませんか?」
「……本家に、ですか?」
「もちろん、いますぐにとはいかないでしょうが……考えていただけないでしょうか? クロード様は、セシリア様が補佐に就くことを望んでいます」
息を呑んだのは俺だったのか、セシリアだったのか。
セシリアが一度は失った、取り戻したいと心から望んでいた、家族との絆を取り戻すチャンスが目の前にある。
それに対してセシリアがどう答えるのか――俺は生唾を飲み込んだ。
「わたくしは、お兄様の補佐をしたいとずっと考えていました」
「おぉ……では?」
アンドレアが期待に満ちた顔をしたが――セシリアは首を横に振った。
「この町を発展させることで、お兄様を助けたいと考えています」
「それは……戻るつもりがないと言うことですか?」
「はい。わたくしは今後もこの町で暮らします」
その瞬間、俺が抱いたのは複雑な感情だった。せっかく家族との絆を取り戻すチャンスなのにと思うと同時に、心のどこかで喜んでいる。
そして、そんな浅ましい自分が嫌で、思わず唇を噛んだ。
「クロード様に不信が残っている……と言うことでしょうか?」
「いいえ。そうではありません。お兄様はわたくしの大切な家族。ですが……いまのわたくしには、新しい家族が出来ましたから」
「それは……」
アンドレアの視線がこちらを向いた。
どう答えるべきか。そう考えたのは一瞬だった。
「レオンさんは、わたくしの弟くんなんですよ」
セシリアがそんなことを口にしたからだ。
……と言うか、弟くんって言い方、絶対にリーフねぇを意識してるよな。
「……弟くん、ですか?」
アンドレアの視線が痛い。あきらかにこいつの方が年上ですよねって言いたげだ。
セシリアの命を狙ってる相手になら、醜聞を耳に入れる意味もあったけど、そうじゃないのなら変な誤解をさせるべきじゃない。
それに……さすがにないとは思うけど、クロードがすっごいシスコンとかで、変な誤解をして乗り込んできたりしたら困る。
「怪我を負ったセシリアに回復薬を提供したのは俺なんです。それで、命を救ったお礼ってことで、このお屋敷で一時的に居候させてもらってます」
詳細をはしょりつつも、恩人だから住まわせてもらってるだけで他意はないと伝える。
だと言うのに――
「一時的ってなんですか。一生、お姉さんとしてお世話をすると約束したじゃないですか」
「い、いや、それはたしかに聞いたけど……」
「レオンさんだって、わたくしとずっと一緒にいてくれるって言いましたよね?」
「い、いや、それもたしかに言ったけど……」
そういうことを言いたい訳じゃない。アンドレアが誤解をしたらどうすると目配せするが、セシリアはまったく気付いてくれない。
これは……やばい。
そう思ったのだけれど、アンドレアに浮かんだのは安堵の表情だった。
「最初はなにかと思いましたが、ずいぶんと仲が良いようで安心いたしました」
「……安心、したんですか? セシリアは公爵令嬢、なんですよね?」
メリッサじゃあるまいし、容認して良いんですかと言外に問いかける。
「クロード様は、セシリア様に政略結婚をさせるつもりはないとおっしゃっていました。それに、クロード様はなにより、セシリア様が不幸になっていないかを心配しておいででした。ですから、セシリア様に良い人が見つかったと知れば、きっとお喜びになるはずです」
「そう、ですか……」
弟になっただけ――と、喉元まで込み上げた言葉は飲み込んだ。
話を聞く限り、クロードが妹の幸せを願う普通の兄で、妹に近付く男を排除するようなシスコンではなさそうだと分かったからだ。
そういうことなら、下手に誤解を解かずに、安心させた方が良いだろう。
そう思ってセシリアに目配せをする。
「アンドレアと言いましたね。お兄様に伝言をお願いしても?」
「もちろんです。なにをお伝えすればよろしいですか?」
「では……わたくしはレオンさんと一緒に暮らしているので幸せです。だから、お兄様はなにも心配しなくて良い――と、そう伝えてください」
「かしこまりました。たしかにお伝えします」
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