仲間に見限られた俺と、家族に裏切られた彼女の辺境スローライフ
緋色の雨
プロローグ
「おい、レオン。お前はいつまで団長達の好意に甘えているつもりだ?」
――幼少期に両親を失った俺は、深紅と呼ばれる魔物退治専門の傭兵団に拾われて以来、ただひたすらに働き続けていた。
それが俺に出来る、傭兵団への恩返しだと思っていたからだ。
だけど、そうして様々な仕事をこなしてきた結果がいまの状況。
傭兵団の本部にある倉庫で物資の確認をしているとき、仲間の中でもナンバー2と目されるギルバートという剣士に、いつまで甘えているつもりなのかと詰め寄られていた。
「甘えるって……なんのことだ?」
「はっ、惚ける気かよ。俺達はグランヘイムでも屈指の傭兵団で、危険と隣り合わせで戦っている。だが、お前はなにをしている? 事務や雑用をしてるだけじゃねぇか」
「それだって重要な仕事だろ?」
「はっ。事務や雑用なんて誰でも出来るんだよ。それなのにおめぇは、命を賭けて戦っている俺達と同等の扱いを受けている。おかしいとは思わねぇのか?」
「それは……」
俺には戦闘系のスキルが発現しなかった。
だから、傭兵として戦うことを諦めた俺は、様々な交渉や物資の確認や調達などなど、サポート業務をこなしている。
安全な場所にいる俺が、命懸けで戦っている仲間と同等の待遇を受けているのは事実だ。
そのことに、なにも感じていないと言えば嘘になる。だけど、事務全般だって重要な仕事だし、俺は恩義に答えようと寝る間も惜しんで働き続けている。
「ハッキリ言ってやる。お前は深紅に必要のない存在だ。それなのに俺達と同じ境遇なのは、団長やリーフに情けを掛けられてるからだ」
「俺は、俺はただ、自分を拾ってくれた団長やリーフねぇに恩返しをしたくて」
「はっ、良くそんな思ってもないことを言えるな」
「なっ!? 俺が恩を感じてないとでも言うつもりか!?」
傭兵団に拾われて以来、俺は恩返しをするためだけに生きてきたといっても過言じゃない。恩を感じていないと言われるのだけは心外だった。
「言っただろ。お前は団長達に甘やかされているって。本当に恩返しをしたいって言うなら、今すぐ深紅をやめて出て行くんだな。その方が、よっぽど俺達のためになる」
「――なっ。それは……本気で言ってるのか?」
「本気も本気だ。そしてこれは、みんなが思ってることだぜ」
そういって背後を示す。そこには……他の仲間が数名、蔑んだ視線を俺に向けていた。つまり、こいつらもギルバートと同意見だってこと。
俺は仲間が気持ちよく戦えるように努力していたつもりだった。なのに、その仲間に疎まれていたと知ってショックだった。
けど、俺が本当に恩返しをしたいのは、拾ってくれたリーフねぇや、傭兵団への所属を許可してくれた団長。
二人の話を聞かずして、傭兵団を抜けるなんてありえない。
だから――
「少しだけ……考えさせてくれ」
「良いだろう。お前が俺達に恩を返そうとする仲間思いなのか、それともただ甘い汁を吸いたいだけのクズ野郎なのか、見極めさせてもらおう」
俺に嘲笑を浴びせると、ギルバートは他の連中を伴って倉庫から立ち去っていった。
その後、団長の部屋を訪ねたのだけど不在だった。団長は遠征に出ていることを思いだした俺は、まずリーフねぇに確認することにする。
傭兵団に受け入れてくれたのが団長なら、冒険者ギルドで仲間を探していた俺を拾って、生きるための知識を叩き込んでくれたのがリーフねぇ。
俺にとって、一番の恩人だ。
「リーフねぇ、少し良いかな?」
ノックをして問いかけると、すぐに入ってかまわないという声が聞こえてきた。深呼吸をしてから、部屋の中へと足を踏み入れる。
ふわりと、甘い柑橘系の匂いが鼻をくすぐる。森の精霊たるエルフで、森の聖女と冠させる回復魔法のエキスパート、リーフねぇの優しい匂いだ。
「レオン。こんな時間に尋ねてくるなんて、なにか相談かしら?」
「……え? あぁ、そう、だけど」
ブロンドの髪を揺らして首を傾げる、リーフねぇの対応に違和感を覚えた。
……あぁ、そっか。いつもは弟くんと呼んでいるのに、さっきはレオンって呼んだんだ。
俺をそんな風に呼ぶなんて、なんだか胸騒ぎがする……と、ベッドサイドに座るリーフねぇを見て、その予感が気のせいでないのだと理解した。
いつもは優しげな緑の瞳が、いまは冷たい色をしていたからだ。
「……レオン、これを受け取りなさい」
無造作になめし革の袋を押しつけてきた。中になにやら入ってるみたいだけど……なんでこんなモノをこのタイミングで渡してくるんだ?
「……これは?」
「あたしからの餞別よ。これからの貴方に必要になりそうな物を入れておいたから」
その言葉がなにを示しているのか理解して、目の前が真っ暗になった。
「リーフ、ねぇ?」
「ギルバートに、深紅を抜けるように言われたのでしょ?」
「どうして、それを……?」
「ギルバートに言われたのよ。『レオンを可愛がっているのは知っているが、あいつは役に立っていない。足手まといだから深紅から追い出すべきだ』って」
「そ、それで、リーフねぇはどう答えたんだ?」
「了承したわ。あたしも、レオンはここから出て行くべきだと思ってたから」
「――そん、な。俺は団長やリーフねぇに恩を返したくて頑張ってたのに」
「……知ってる。でも、もう必要ないわ。だから、貴方はここから出て行きなさい」
まさか……リーフねぇに必要ないって言われるなんて思ってなかった。
正直、言葉が出てこない。
そして、これは夢だ。悪い夢なんだと思おうとする。そんなとき、俺の所持するサポートスキルによるログが、視界の隅に表示された。
――あらたなスキルを習得しました。
もしかしたら、リーフねぇに必要とされるようなスキルを覚えたかもしれない! そんな期待に突き動かされて、俺は習得したスキル名を確認した。
スキル『現実逃避』
「はは、ははは……」
なんだよそれ、現実逃避? 情けなさ過ぎるだろ。
団長やリーフねぇに恩返しをしたいと言いながら、この状況で習得したのが、前例のない、こんなにも情けない名前のスキル。
「俺は、甘えてただけだったんだな……」
「……この傭兵団はレオンにふさわしくない。ただそれだけよ」
「……………………そっか」
泣きそうになるのを必死にこらえ、リーフねぇをまっすぐに見つめる。
必要ないって言われて悲しいけど、リーフねぇは命の恩人だ。その事実だけはこれからもずっと変わらない。
だから……最後に自分の想いを告げる。
「貴方が拾ってくれなければ、俺はとっくに野垂れ死んでいました。俺が今こうして生きているのは貴方のおかげです。その事実は、ずっとずっと変わりません」
「……言いたいことは、それだけかしら? もう、恩返しは必要ないと言ったはずよ」
リーフねぇが俺に背を向けた。
もう、俺の顔を見るのも嫌なのだろう。
「このご恩は決して忘れません。さよなら……リーフ、さん」
「――っ」
姉のようであり、それ以上の存在でもあった。憧れのリーフねぇと決別し、俺は夜明けを待たずに傭兵団を飛び出した。
――それからしばらくは、泣きそうになるほど悲しかった。
けど、日が経つにつれて少しずつ立ち直ってきた。
そもそも、俺は受けた恩を返そうとしただけ。それが必要ないというのなら、無理をして恩返しをする必要なんてどこにもない。
こうなったら、自分の好きなように生きてやると開き直ったのだ。
それに、戦闘系のスキルは得られなかったけど、なにも学んでこなかった訳じゃない。現実逃避のスキルは……使えるとは思わないけど、他にもサポート系のスキルは持っている。
一流の冒険者にはなれなくても、出来ることならたくさんある。傭兵団で得たスキルや知識を生かして、どこかの田舎町でのんびり暮らしてやる!
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