クリスマス

南沢甲

クリスマス

人材派遣会社の係りの人間がある地域の名を告げた。佐野は小声で行くか?と隣の赤松に尋ねた。そこは治安が悪く、派遣された人間の中からもそこそこの死者が出ている。

一人で決められねえのかよ、と赤松は吐き捨て、行きます!と係りの人間に向かって告げた。佐野も慌てて自分も行くと手を挙げた。その姿を赤松は鬱陶しそうに眺めていた。


きっかけは知り合いの増田が親に殺されたことだった。その話は佐野たちの仲間内ですぐに広まった。彼らのグループは、サンタ専門校を卒業後、サンタやトナカイにならずに親の脛をかじりながらブラブラしている人間が自然発生的に集まり、できたものだった。しかしいつまでもそんな生活が続く訳ではなく、最近は増田のように親に殺されたり渋々働いたりして、グループのメンバーは次第に減り始めていた。 俺も殺される。そう思った佐野は赤松に声をかけた。特に仲が良い訳ではなかったがまだ働いていないメンバーは赤松だけだった。そうして二人は、空白期間があっても応募できるサンタの人材派遣会社に申し込んだ。


会場を出てソリに向かうと優しそうなヒゲ面の男が既に座っていた。

「君たちが今年の俺の相棒だね。よろしく頼むよ」



「ねぇ!トナカイに餌作っといてくれる?!」

ヒゲ面の男が声を上げる。ソリは速度を上げ、海の上を飛び始めていた。

佐野と赤松は困惑した。自分たちはプレゼントを運ぶことしか聞かされていない。

「やろうよ、別にあれしろこれしろって無茶言ってる訳じゃないんだしさ」

「すみません、僕ら向こうに着いてからプレゼント運びをするってことしか聞かされてなくて」

「そりゃそういうことになってるけどさ、俺がずっと運転してるの見て何も思わないの?ソリの運転はずっと俺にやらせてそんで君たちはただずっと座ってるだけって虫が良すぎるでしょ」

渋々餌を作り始めた二人だが、やり方がわからない。すると赤松が佐野に

「俺がやっとくからお前俺に寄りかかって寝とけよ」

と言ってきた。佐野が、お前作り方わかるのかと尋ねると、いや分からんと答えた。

「でもとりあえずやるしかないだろ。その分お前は荷物運びで頑張ってくれたら良いからさ」

良いやつすぎるだろ……。佐野は内心赤松を信頼していなかったことを恥じながら、こっそりと眠りについた。時刻は早朝に差し掛かり始めていた。いつもならこの時間に眠り始めているはずである。すぐに睡魔がやって来た。佐野は久しぶりに誰かからの優しさを受けて満たされた思いを感じていた。


「むごっ……痛っ!!」

顔面に強烈な痛みを感じて佐野は起き上がった。しばらくしてから殴られたんだとわかった。

顔を上げるとヒゲ面の男が怒りで顔を一杯にして立っていた。

「なんで寝てるの?」

すると横に居た赤松が答えた。

「なんかこいつ俺に仕事を押し付けて寝始めたんですよ」

は?お前……と呟きかけた佐野の腹にブーツが蹴り込まれた。

もう声も出せずひたすらうずくまる。

「もういいわお前……もういいもういい。サボっとけよ好きなだけ」

そしてヒゲ面の男は赤松と談笑しながら餌を作り始めた。佐野はソリが自動運転に切り替わっていることに気付いた。なんだよ作れるじゃん自分で……。痛みに顔をしかめながら佐野は思った。


「よしお前ら……」

ソリは止まった。目的地は遂に目の前にやってきた。そして二人に到着を告げようとこちらを振り返ったヒゲ面の男は倒れた。

え?

本能のまま二人はその場に伏せる。トタン屋根に雨が当たるような音を立てて弾丸が飛んで来てはソリに当たった。

「地元の武装勢力だな……」

赤松は呟きながら、何か訳のわからない呪文を叫び始めた。

「赤松、お前何ブツブツ言ってるんだよ」

すると小銃を撃っていた男たちは撃つ手を止め、赤松に近づいてきた。おそらくこの土地に伝わる神を讃える文句だったのであろう。

赤松、お前また俺を見捨てて……。佐野はもうどうでも良くなり仰向けに倒れこんだ。視界は一面透き通ったプールのような水色で満たされる。明け方の空はとても綺麗だった。空ってよく見たらこんなに良いものなんだな、といつも部屋のカーテンを閉めっぱなしにしていたことを佐野は悔いた。

赤松は武装勢力の男たちと仲良さそうに何やら話している。すると赤松は不意に、荷造りに使った工業用のカッターナイフをポケットから取り出して、男たちの一人に突き刺した。

みんな呆然としていた。赤松だけがガタガタ震えている。そして呟いた。

「まともな人間になりたかった、俺は、ずっと。散々嘘ついて逃げまくって、親の脛かじって、もう嫌になった」

赤松は佐野の方を見ると叫んだ。

「お前が……プレゼント持っていけよ!!……」

仲間を刺されて激昂した男たちは赤松に襲いかかる。

「痛っ、……!!すみません!!勘弁して下さい!!」

男たちは山刀を振るい赤松を痛めつけ始めた。佐野はその隙にプレゼントを背負い、駆け出す。

「出来るから……」

血まみれになった顔を、泣き笑いのように歪ませながら赤松は叫んだ。

「お前ならっ!!!……」


佐野は集落に駆け込み目的の家の一つにプレゼントを置いた。すると子供が出てきた。夜更かしして待っていたのか。悪い子供だとは思いながらも佐野はその子の頭を撫でて、メリークリスマスと言った。後何個配らなければいけないのだろうか。例え何時間かかっても全て配ってやると佐野は呟いた。

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クリスマス 南沢甲 @Gackt1030

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