第86話 お姫様からの依頼
「それでは、王女様も槍が得意なのですね。私もなんです」
「あら、そうなの? やっぱり槍が一番よね」
「はい!」
お姫様と楽しそうに槍の話をしているのはジルちゃんだ。
「いや、最高の武器は剣だぜ! 特に剣と盾を左右の手に持つスタイルこそ最高のバランスなんだよ!」
「いやいや、小さい剣も盾も大物相手には通用しないぜ。最高なのは両手持ちのデカい剣だろ」
「流石ロジャー将軍、分かってるな!」
「それなら斧が一番だと思いますよ」
そんな二人の会話に真っ向から対立するのは、剣と盾を愛するジョン君と、大きな剣が大好きなロジャー将軍とボヌールさん、そして斧派のリチャード君だ。みんな接近戦用の武器が好きなんだから、仲良くすればいいじゃんって思うんだけど、どうやらどの武器が最強かという議論は、この国ではド定番の話題らしい。日本で言うところの、目玉焼きになにをかけるのが一番かの論争みたいな感じかな?
ただ、いくら定番の議論だからって、ジョン君、リチャード君、相手はお姫様なんだから噛み付かないでよ。一応今は私の部下なんだし、私の心臓に悪いよ。そりゃあ、二人がお姫様と話をしたがっていたのは知ってたし、お姫様も護衛の兵隊さん達も嫌な顔してないからいいと思うけどさ。
あと、二人とも噛み付きながらも顔がデレデレだよね。いざとなったら俺が守ってやるぜ! とか言ってるよ。これは将来騎士になりたいとか、そういうのとは違うね。清純派女優のようなきれいなお姫様に、まさにぞっこんって感じの言い方だよね。夢を見るのは自由だけど、なかなかチャレンジャーだよね。
そんなわけで、妖精の国のギルドの食堂で行われていた、対蚊対G殲滅部隊の打ち上げ会という名の食事会は、ガーベラさん達との会議の終わったロジャー将軍やお姫様達も参加して、もはやなんの食事会なのかわからなくなってきていた。みんな楽しそうだからいいんだけどね。
学生もいるからお酒の類は一切出てないはずなんだけど、みんなあっさり打ち解けているとか、コミュニケーション能力高いよね。私なんてお姫様には緊張して挨拶以外出来てないよ。
「はいどうぞ」
そんな風にお姫様達を眺めていると、ゼニアさんがジュースを持ってきてくれる。
「あ、ありがとうございます、ゼニアさん」
「ロジャー将軍とお姫様の登場には、ちょっと驚いちゃったわね」
「そうですね。妖精の国のギルドでお夕食を食べるとは聞いていましたけど、個室じゃなくて食堂に来るとは思いませんでしたので」
「ふふ、本当よね」
「でも、みんな楽しそうで良かったです」
「そうね」
私はお姫様達の武器談話に加われるほど武器の扱いが上手じゃないので、ゼニアさんとのんびり食事を楽しむ。本当はアオイやペルさんとも一緒に食べたかったんだけど、基本的な魔法すらまともに使えない人間ボディの私には、高度な呪文である念話の魔法は使えなかったのよね。
なので、ゼニアさんと二人で食事をしていたんだけど、そこに別の場所でユッカさんと話をしていたガーベラさんもやってくる。
「まったく、ユッカには困っちゃうわ。まさか王女様との会談をすっぽかすだなんて。せめて姿が見えないところにいてくれれば体調不良とでも言って取り繕えたのに、見える範囲で他の打ち上げに参加しているんですもの」
やっぱり、お姫様との会議をギルドマスターがすっぽかすのはまずいよね。ガーベラさんが来た方向では、ユッカさんが一人意気消沈といった面持ちで黄昏てる。これは、結構派手に怒られたっぽいね。でも、そう思ったのも束の間、次の瞬間にはさっきまでの意気消沈した表情はどこにいったの? っていうくらいの勢いで、お姫様達の武器談話に参戦していく。ユッカさんはもちろん武器なんて使わないから魔法こそ至高派らしい。
「あら? 私はユッカさんのような天真爛漫な性格が、妖精族の一般的な性格と聞いたことがあるのだけど、違うのかしら?」
ゼニアさんがガーベラさんに質問をする。あれ? ユッカさんが一般的な妖精族の性格なの?
「いえ、違いません。お恥ずかしい話ですけど、そうなのよね」
「えええ? そうなんですか? てっきりガーベラさんみたいな妖精さんが、普通の妖精さんだと思ってました」
「それが違うのよ。さくらちゃんも妖精の国の、妖精族の多い地域に行けばわかるけど、妖精族の8割はユッカみたいな性格なの」
「で、でも、妖精族って、人間とかより寿命がはるかに長いですよね? なら、ガーベラさんみたいに落ち着いた性格になるんじゃないんですか?」
普通、大人になるにつれていろいろと落ち着いてくるものだよね。寿命が長い種族なら、なおさら落ち着いた人が多そうなものだけど。
「そう思うでしょう? でも違うのよ。妖精族はみんな基本的に子供っぽいの。妖精の学者の中には、長すぎる時を生きるのに、無邪気じゃないと心がもたないからとか言う学者もいるんだけど、何が正解かはわからないわ」
「そうだったんですね」
「とはいえ、対外的に何かしている妖精は、落ち着きのある子が多いわ。ユッカも、あれで締めるべきところはきっちり締めているの。約束や契約は、絶対にたがえないしね。ただ、今回は正式な訪問じゃなかったことに加えて、ユッカとお姫様は知り合いだから、さぼっても問題ないって思ってたみたいなのよね」
そういえば、お姫様がここに来るのは正式な予定じゃないって言ってたけど、それにしてもさぼるのはよくないよね。
「確信犯でさぼるだなんて、ガーベラさんも大変ですね」
「ふふ、そうね」
妖精族の性格について、ゼニアさんガーベラさんから衝撃的な事実を聞いていると、最強武器議論が終わったのか、お姫様がこちらの席へとやってきた。
「隣の席良いかしら?」
「はい!」
そう言ってお姫様が私の席の横に座る。まずい、緊張して声が上ずってたかもしれない。
「緊張なさらないでください。私は王族ではありますが、この国は絶対君主制のような国ではありません。例えばこの場にいるメンバーですと、ロジャー将軍のほうが立場は上になります。さくらさんは、ロジャー将軍とは仲良くお話されるのですよね?」
「はい」
「でしたら、私とも仲良く話してくださると嬉しいです」
そう言われても困っちゃう。私がロジャー将軍相手に割と緊張せずにしゃべれるのは、ただただロジャー将軍の少し子供っぽい性格ゆえなんだから。なので、身分云々の問題じゃないんだよね。その証拠に、ロジャー将軍の部下さんが相手でも、普段顔を合わせない軍人さんだと、ロジャー将軍と話すとき以上に緊張しちゃうし。
でもそっか、お姫様よりもロジャー将軍のほうが立場が上なんだね。うう~ん、この国って、社会制度がよく分からないんだよね。一応本で読んだし、授業でもちょっと習ったんだけど、なんか複雑なんだもん。国民みんなが選挙権を持っている日本みたいな制度じゃないことは確かなんだよね。だって、王様がいるし、貴族もいるから。
だからといって王様がすっごく偉くて、何でも決められるっていうわけでもないみたいなの。この世界にはモンスターという地球にはない脅威がいるから、きっとそれに相応しい社会制度があるんだろうね。
ちなみに妖精の国にも王様がいるみたいなの。しかも、妖精の国の場合は、やりたい人がいつでも王様になれるんだって。ますます意味がわかんないよね。ちなみに今は、二人の妖精が交代で女王様をしているそうなの。
「それでさくらさんに依頼があるのですが、聞いていただけないでしょうか?」
「依頼ですか?」
「はい。この街からミノタウロス達の脅威が去ったのは嬉しいことなのですが、実は別の街でモンスターの活性化の兆候が出ているのです。そこで、図々しい依頼なのは承知しているのですが、各ランクのポーションと、それから、この街の軍にお作り頂いた、レプリカハロルドスレイヤーを、国軍と別の街の軍のために作っていただきたいのです。もちろん、依頼は正規の手順で我が国から妖精の国のギルド経由でお出しいたします」
そっか、この街以外でもピンチの街があったんだね。私はちらっとガーベラさんを見る。すると、ガーベラさんは黙って首を縦に振った。なら、問題ないね!
「はい、お任せください」
「ありがとうございます」
まさかポーションだけじゃなくて、レプリカハロルドスレイヤーにまでお姫様から発注が来るなんてね! 自分の作ったものが高く評価されるって、かなり嬉しいよね!
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