第43話 ミノタウロスは美味しそう

 私の火の玉レシーブが炸裂するようになって小1時間くらい、ついに火の玉が飛んでこなくなった。


『あれ? 火の玉が全然飛んでこなくなりましたね』

「流石にあんだけ火の玉を撃ち返されたら、どんなあほな連中でも撃つの止めるだろ。俺達にダメージ与えるどころか、自分達の被害ばかり増えまくってる状態だからな」

『それじゃあ、私の火の玉レシーブの勝利ってことですか?』

「ああ、その通だ、お前の勝ちだぜ!」

『やった~!』

「見事だったぜ!」


 がらがらがらがら!


 私とボヌールさんが喜びを分かち合っていると、突如城壁のほうから何かが崩れるような大きな音がする。


『今の音は?』

「たぶんだが、城壁の一部が崩れたんだろうな」


 城壁の一部が崩れたって、それ、ピンチってことだよね?


『それって大丈夫なんですか?』

「ま、平気だろ。見てみな、あそこの城壁の上を」


 私はボヌールさんが指さす方向の城壁を見る。するとそこには、牛の頭を持つ巨人が、兵隊さん達と戦っていた。


 これがミノタウロス、大きい! ギルドの図書室でイラストは見ていたけど、こうして兵隊さん達と一緒のところを見ると、その大きさがよくわかる。3mって、こんなに大きく感じるものなんだ。


 でも何か美味しそうな気がする、ちょっと食べてみたいな。


 こんなの、私が人間ボディで対峙しろって言われたら、絶対恐怖で尻もちついちゃうやつだよ。角の生えたウサギくらいなら、あの剣さえあれば勝てるって思ってたけど、これはダメなやつだ。絶対にダメなやつだ。


 ぽたぽたぽた。


 あれ? なにこれ? 私のお口から、よだれが出てる? 待って、猫ってご飯を目の前にしてもそんなによだれを流さない生き物だったはず。これは、もしかして私って病気なの? ううん、恐怖のあまりよだれが出てるの? いや、猫にそう言う習性があるって話は、聞いたこと無いよね。


「おいさくら、そんなにミノタウロス食べたいんなら、城壁の上行って、外のやつもらってくるか?」


 え? 待って、そんなにミノタウロス食べたいならって、この口から出てるのは、食欲に負けてよだれが出てるってこと? 私、わんこじゃなくて猫だよ!? そういえば、さっき私が真剣にミノタウロスに恐怖していたときも、一瞬だけどミノタウロスが美味しそうっていう、よくわからない思考がうっすら頭の片隅をよぎった。でもでも、私は元普通の人間だよ? 違った、今も半分人間だよ? 牛の顔を見て美味しそうって思うほど、生きている牛と、ご飯のステーキがリンクしていないはずだ。


「いや、そんな私は食いしん坊じゃないってオーラ出されてもよ、鼻をスピスピさせて、よだれたらしまくってたんじゃ説得力ないぜ? ってか、我慢する必要なんかないし、食いに行くか?」


 鼻をすぴすぴ? もしかして、私の猫ノーズがあのミノタウロスの匂いを察知して、美味しいお肉と判断してるって言うの?


「一応言っとくけどよ。あそこにいるミノタウロスは、城壁の外側が崩れたところから登ってきたと思うんだ。だから、今は外壁の向こうには大量のミノタウロスがいるってことだ。でもな、たぶんすぐに一度城門を開けて打って出る。んで、城壁周辺の敵を一掃して、その間に工作部隊が壊れた城壁を土魔法で修理をするはずなんだ。つまり、軍がミノタウロスの除去を始めたら、城壁周辺のミノタウロスがいなくなるってことだ。もちろん適当な死体でよけりゃあ、後からでも拾えるだろうが、やっぱ美味しく食べるには、首をスパって一撃でやったほうがいいと思わね? そのほうが俺も解体しやすいし。こんな状況だ、軍人どもにやらせたら、どんな倒し方するかわかったもんじゃねえぞ」


 それはダメ、せっかくなら美味しく食べたい! ここは、私達が打って出よう!


『ボヌールさん、ここは軍人さん達が打って出る前に、1匹狩りに行きましょう!』

「わかったぜ! 俺もついて行ってやるから、サイコキネシスで城壁の上まで連れてってくれ」

『はい!』


 私は空中歩行で宙に浮き、ボヌールさんをサイコキネシスで浮かべる。待っててね、私のミノタウロス! いま狩りに行くからね!


 私とボヌールさんが妖精の国のギルドから一番近い城壁の上に到着すると、そこにはぺるさんがいた。


『さくらさん? ボヌールさんまで、何をしているのですか? ここは危険です。速く妖精の国のギルドの庭に戻ってください!』

「安心しろペル、長居するつもりはない。さくらがミノタウロスを食ってみたいって言うもんでな。軍人どもが打って出る前に肉の確保に来たんだ」

『そういう事なら、私がサイコキネシスで状態のいいミノタウロスの死体を引き上げますか?』

「いや、さくらにやらせてやってくれ。自分で選んだほうが満足感もあるだろうしな」

『わかりました』


 ボヌールさんとペルさんが話をしていたけど、私の耳にはその内容まであまり入っていなかった。なぜなら、私は城壁の上に付いている凸凹部分に乗って、目の前の光景に絶句していたからだ。


『ボヌールさん、ぺるさん、これが戦場なんですね』


 私の目の前には、ものすごい数のミノタウロスがいた。でも、地面はよく見ると赤い、真っ赤だ。きっとミノタウロス達の血で、地面は血の海のようになっているんだと思う。ううん、それだけじゃない。よく見ると私達のいる城壁の上にも、かなりの血痕がある。たぶん、今も飛んできているミノタウロス達からの弓や投石、魔法といった攻撃で、傷ついた味方のものだと思う。


『赤いです』

「そうだな。だが、戦争なんだ。このくらいは当然っちゃ当然だぜ」

『さくらさん、厳しい言い方をしますが、まだ戦争は始まったばかりです。今後敵のいる草原も、私達のいるこの城壁も、血にまみれると思ってください』

『はい、分かりました』

「ま、今一番やばいのは、さくらの足元だろうけどな」

『え?』

「だっておまえ、よだれの海が出来てるぜ? さっさと美味しそうなの選んで持って帰ろうぜ」


 よだれの海? はっ! なんで? 本当に足元がよだれの海だ。このキジトラボディ、食欲に忠実過ぎない?


 でもなんでだろう。いままでこんなによだれ出たことないのに。そんなにミノタウロスって美味しそうに見えてるのかな? うう~ん、そっか、よくよく考えたら、いままで猫ボディの時って、獲物は発見と同時に襲って、即食べてた気がする。ということは、獲物を前にすぐ襲い掛かれないこの状況のせいなの? もう、わがままボディなんだから!


 取り合えず、いつまでもよだれを垂らしているというのは、乙女として許されることじゃないから、速く1匹もらっていこう。


 城壁の下にいるミノタウロス達は、ほとんどが3mくらいの大きさだね。あ、ところどころに4mくらいのもいる。う~ん、3mのよりも4mのほうが大きくて食べ応えがありそうだし、何より美味しそうな気がする。


「さくら? どれにするんだ?」

『迷ってます。3mのミノタウロスより4mのミノタウロスのほうが美味しいですよね?』

「そりゃあそうだろ。モンスターってのは同じ種類ならランクが上がるほど美味くなるからな! いっそあの奥にいる5mの奴でも狙ってみるか?」

『5m?』


 私はボヌールさんの指さす方を見てみる。おお~、凄い! 確かにあの奥にいるのは、4mのミノタウロスよりもさらに大きい、5mミノタウロスだ。よし、あれを食べよう。私はサイコキネシスで体から魔力を伸ばして、5mのミノタウロスを捕縛する。


 そして、思いっきり引き寄せる。気分はまさに釣りだね! ふぃ~っしゅ! って叫んでもいいかもしれないくらい見事な釣りだね!


「おいおい、本当に5mの奴を捕まえたのか!?」

『さくらさん?』


 何でかボヌールさんとぺるさんが驚いている。ぺるさんはともかく、ボヌールさんが私に5mのミノタウロスのことを教えてくれたのに。


「ぶもーぶもー!」

「な!? 総員! 急速接近中の5mに一斉攻撃!」


 軍人さん達は私の5mのミノタウロスに攻撃し始める。弓や魔法が私のミノタウロスに降り注ぐけど、私はそれをすべてバリアで防ぐ。


「待ておまえら! あの5mの奴はこっちのサイコキネシスで無理やり引き寄せてるやつだ。こっちで対処する!」

「5mですよ!? そんな容易く対処できる相手ではありません! それはボヌールさんだって理解してるでしょう? 遠距離攻撃部隊は引け! 近接攻撃班前に!」

「ああ、俺だって嫌って程理解してる! だが、まじでこっちのサイコキネシスなんだよ!」


 何やらボヌールさんと軍人さん達がもめているみたいだね。もう、そんなにミノタウロスが欲しいのなら、軍人さん達もサイコキネシスで一本釣りをすればいいのにね。それか、後で分けてあげればいいかな?


 私のミノタウロスはさくっと城壁の上に到着する。ふっふっふ、電動リールもびっくりの速さだね。止めは解体のプロであるボヌールさんにまかせたほうがいいよね。ということで、私は5mのミノタウロスを、首が切り落としやすいように横に寝かせてボヌールさんの前に持って行く。


『ボヌールさん、止めをお願いします。美味しく料理できるように、スパッとお願いします! それと、軍人さん達に、後でお裾分けしますよって伝えてください』

「ん?」

「ぶも~! ぶも~!」


 ミノタウロスがぶもぶも言って暴れようとしてるけど、私のサイコキネシスはその程度の抵抗でほどけるほど甘くない。


『ボヌールさん?』

「あ、ああ、わかったぜ!」


 なんかボヌールさんの様子がちょっとおかしかったけど、ボヌールさんは剣を振り下ろしてミノタウロスの首を切ろうとする。あれ? なかなか切れない?


「さくら、硬くてうまく切れん。強化魔法とか使えないのか?」

『やってみます』


 私はボヌールさんを強化するように魔力を込める。


『これでいいですか?』

「お、これなら良さそうだ!」


 そしてボヌールさんは今度こそすぱ~んって華麗にミノタウロスの首を落とした。


「んじゃ、ゼボンの奴に頼んで、ステーキでも焼いてもらうか?」

『やった~! でも、いいんですか? ゼボンさんも忙しそうですけど』

「気にすんなよ。お前のおかげで火の玉の被害も防げたし、こうして5mの奴を1匹排除出来たからな。美味い食事っていう報酬くらい、なきゃあ割に合わねえよ!」

『はい! ぺるさんも食べましょう』

『え、ええ、ご相伴にあずからせてもらうわ』

「おいお前ら、こいつの肉が欲しけりゃあ、後で俺んとこに来い!」


 おっ肉、おっ肉、おっにっく~! 美味しそうなおっ肉~!



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