第27話 作戦は完璧だったはずなのに

 行方不明なんてなかったことにしちゃおう大作戦の発動から数時間後。私は食堂でやけ食いをしていた。


「甘いもの追加で!」

「あの、そろそろお止めになったほうが」

「あ・ま・い・も・の・つ・い・か・で!」

「はい」


 私の作戦は完璧だったはずなのに、なんであんなことになんなきゃいけないの?


 そう、ジュディさんを完璧な作戦で煙に巻いた後、比較的すぐにバーナードさんが私の部屋を訪ねてきた。最初こそ前回のお金をもらったり、追加で作ったポーションの買取の話なんかをしたんだけど、途中から思いっきり怒られた。


 あんな札一枚かけただけで部屋から何日も出てこなかったら心配するだとか、勝手に街への出入りをしただとか、今街の外は危険だとか、探すのに最大1000人以上を投入しただとか、うが~! って感じだよね。うが~! って。


 そりゃあ確かに私だって勝手に街への出入りはしてたけど、言い方ってものがあると思うんだよね。あんなむかつくいい方しなくてもいいと思うんだ。挙句の果てに、この街の将軍とかいうのに会わないとダメだとか、城に避難しろだとか、冗談じゃない。私は猫になって妖精の国のハンターギルドのメンバーとして戦うんだっていうの!


「ふふふ、荒れていらっしゃいますのね」

「だれ!?」


 って、あれ? 見覚えのあるような人だ。もしかして、この宿に来た時にバルコニーにいた奇麗な人? あの時もすごくきれいなドレスを着ていたと思ったけど、今日はなんていうか凄いドレスを着てる。奇麗というか、妖艶なドレスだ。夜だからなのかな?


「こんにちはさくらさん、私はゼニアと申します。よかったらご一緒しても?」


 あれ? 私の名前知ってるの? 何で? って、そっか、ジェームズさんがこの人をハンターって言ってたし、ハンターなら行方不明事件のせいで、私のことを知っているのかもしれないね。


「こんにちは、さくらと申します。ご一緒するのは構わないのですが、私、機嫌悪いですよ?」


 私は正直に今ご機嫌斜めだということをはっきりと告げる。


「ええ、噂は聞きましたので、といいますか、バルコニーで一部始終を聞いてしまいましたの。あの男は相変わらずのようですね」

「あの男?」

「バーナードとかいう警備部隊の隊長のことです。私もあの男のことををよく思っていない人間の一人ですから」

「そうだったんですね!」


 おお~、同士発見だ。こういう言い方が正しいのかわかんないけど、共通の敵をもっている人は同士でいいと思うんだ。敵の敵は味方ってね!


「そもそも薬師がポーションを作りに外出するのは当然のことですわよね」

「はい!」

「部屋に入るなという札をかけてあったら、レディの部屋に入らないのも常識です」

「その通りです!」

「勝手に街へ出入りしたうんぬんも言っておりましたが、そもそもさくらさんが街の外に出たという証拠はあるのですか? 警備部隊隊長のあの男なら、街へ出入りは把握しているはずです。にもかかわらずご自身のもとに一切情報が入ってきていないのでいたら、証拠なんて無いでしょう? 言いがかりだと怒ってあげればよかったのです」


 おお~、凄いゼニアさん。その通りです!


「凄いです。ゼニアさん! その通りです!」

「それに、ちょっとお出かけしていたからって1000人態勢で捜索とか、さくらさんの知るところではありませんよね? あなた方は他の街の住人が行方不明になったからって、そんなことをするのですかっていう話です」

「全くもってその通りだと思います!」

「そもそもあの男はさくらさんに監視を付けている節があります。例えばさくらさんの左斜め後方の客、さくらさんから見て右手の従業員。どちらもあの男の手の者と思ったほうがいいでしょう」

「そうなんですか?」

「はい。そもそもこの宿自体、軍と密接な関係がありますからね。もっとも、そのおかげで、治安のいいこの街にある宿の中でも、飛び切り安全な宿なのですが」

「安全な宿というのは魅力的ですが、監視付きというのは気に入らないです。もしかして、外出すると言った時に馬車やお付きの人を付けたがるのも?」

「はい、さくらさんに関して言えば、監視したいのでしょう。今日さくらさんに怒鳴り散らしたのも、そんな監視を容易くかいくぐられたからだと思いますよ。まったくあの男は、自分達の無能さを棚に上げて勘違いも甚だしいですよ」

「むううう!」

「安全な宿ではありますので、この宿はお勧めですが、一度ガツンと言っておいたほうがいいですよ。あの札をかけたら何があっても部屋に入るな、とかは特にですね」

「そうですね。わかりました!」

「それから、将軍との謁見は断っても問題ありませんよ。ただ、ロジャー将軍はあの男と違って話の分かる方です。あの男に好き勝手されないためにも、会っておいた方が無難かもしれません。城への避難の話も、ロジャー将軍なら臨機応変に対処してくれるでしょうしね」


 その後、私とゼニアさんは意気投合して仲良く一緒に甘いものを食べた。勝手に部屋に入った云々のあたりの話を聞かれたのか、代金はサービスしてもらっちゃった。


「そういえば、ゼニアさんはあの男からどんな嫌がらせを受けたのですか?」


 もうバーナードさんなんて言わない、あの男で十分だ。


「何度か嫌がらせを受けたのですが、一番むかついたのはあの男の部下のナンパですね。ある時安酒が飲みたくなって、場末の酒場で飲んでいたのですが、その際にしつこくナンパをしてきた男がいたのです。最初は適当にあしらっていたのですが、最終的に体を触ろうとしてきたので、ぶっ飛ばしました。その後、聴取にも協力してあげたといいますのに、あの男は自分の部下の不始末を詫びるでもなく、私がこのような恰好をしているから悪いなど、言いがかりをつけてきましたのよ」

「それは許せないですね」


 その後も、私はゼニアさんと楽しく話をして、部屋へと戻った。




 明日以降はどうしようかな? この宿の宿泊期間はまだ残っているし、あの男からもらったお金もいっぱいあるから、当面はこの宿をそのまま利用できる。ゼニアさんも、宿にガツンというのはともかく、安全面なんかを考えると、宿の変更はおすすめしないって感じだったし、宿は当面ここかな? とりあえずガツンと言うことは言うとして、後は猫ボディで妖精の国のハンターギルドに協力する間の不在をどう誤魔化すかだよね。


 コンコンコンッ。


 私が真剣に考えていると、ノックをする音がする。誰よ。レディの部屋に夜訪ねてくるなんて。いえ、自棄食いを始めた時間が比較的早い時間だったから、まだそんなに夜も更けてはいないんだけどね。


「オーナーのジュディでございます」


 ジュディさんだった。よし、ここはガツンと言うチャンスだね! 監視のことも問いただして、快適な宿屋生活を獲得しないとだ。


「どうぞ~」


 私は返事をしてジュディさんを迎え入れる。


「夜分すみません。この街の軍の最高責任者であるロジャー将軍よりさくら様へ至急のお手紙がございます」

「はい、ありがとうございます」


 手紙を受け取るも、ジュディさんが帰る気配がない。


「申し訳ございません。今すぐお読みいただいてもよろしいでしょうか? お返事を使者の方にお伝えしないといけませんので」

「使者の方?」

「はい、警備部隊のバーナード隊長になります」

「そうですか。では、ゆっくりと読ませていただきますね」

「はい、お願い致します」


 あの男が使者ならいいや、ゆっくりのんびりお手紙を楽しもう。私は手紙を開けようとする。凄い、漫画や映画の世界でしか知らないけど、封蝋っていうやつだ。かっこいいね。でも待って、私開け方を知らないんだけど。この封蝋とかっていうのを壊せばいいのかな?


「お開け致します」


 私が手紙の開け方に悩んでいると、ジュディさんがそれに気づいて代わりに開けてくれる。私は中身の手紙を受け取ると読み始める。


 よう! 俺はロジャーだ。あ~、将軍だとかいろんな肩書はあるが、そういうのは無視してくれていいぜ。早速だが、今回の要件は一言で言えばお前に会いたいってことだな。本来なら恩人であるおまえさんのところに、俺が行くのがすじってのはわかってるんだが、くそうぜえ肩書なんてものがあるせいでそれも出来なくってな。悪いんだが、城に来てもらいたいんだ。


 本当はもっと早く会いたかったんだが、起きてすぐは動けなくってな。1週間くらいして、やっとお前さんを呼べるかなって思ったら、今度はおまえさんがどっか出かけちまってていねえしよ。


 ってなわけで、明日会いに来てくれや、礼がしたい。時間はいつでもいいんだが、出来れば一緒に飯食いたいから昼あたりだとありがたいな。お前さんが勝手に宿を抜け出したのも、いろいろ不満があったからだろ? その辺の愚痴も聞くぜ?


 そうそう、城っていっても王都にあるようなきらびやかなもんじゃねえから、マナーだの服装だのは好きにしてくれていいぜ、俺も苦手だしな。一人が寂しいってんなら、誰かと一緒でもいいぜ。


 うん、何というか、これぞ豪快な男って感じの手紙だね。でも、こういうマナーとかを気にしなくてもいいよっていう感じはありがたいね。この世界のマナーとか、全然知らないし。


 明日も特にやることが決まっていたわけじゃないし、あの男や宿への不満も言っていいなら、ここは直接ジュディさんに言うんじゃなくて、この将軍に言う方向でいこうかな。


「あの~、さくら様?」

「はい」

「この宿への不満と聞こえたのですが」

「何でもありませんよ」

「本当ですか?」

「ええ、本当です。明日お昼ご飯に間に合うように伺うと伝えてもらってもいいですか?」

「はい、かしこまりました」


 よかった! なんだか万事上手くいきそうな気がするね!


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