はんぶんにゃんこ

@pipipuu

第1話 魂の半分がにゃんになったみたいです

「ふあ~あ」


 大きなあくびをしつつ、私は目覚めた。でも、ここはどこ? 私の部屋じゃない。というか、こんな部屋見たことない。え? え? えええ?


 私が軽くパニックに陥っていると、横から猫の鳴き声が聞こえた。


「にゃ~」

「猫?」


 私が鳴き声の方を向くと、そこにはキジトラ柄の毛色で、ヘーゼル色の瞳を持つ、ちょっと丸っこい猫がいた。


『どうやら、目が覚めたみたいだね』


 おお! 猫がしゃべった! ううん、しゃべったわけじゃないのかな? 最初のにゃ~はともかく、今の言葉は私の頭の中で直接しゃべってるみたいなへんな感じだ。例えるなら、夢や妄想の中の人物がしゃべっているような感じっていうのかな?


「これは、もしかして、夢?」

『ううん、違うよ。君は死んじゃったの。それで、猫の天国であるここにたどり着いたの』

「死んだ? 死んだって、あの人生の終わりの?」

『そうだよ。なんで死んだのかは覚えてない? う~ん、そんなにひどい記憶じゃないし、状況把握には必要だろうから、見せてあげるね』

「にゃ~」


 そういってキジトラさんがひと鳴きすると、私は自分が死んだ時のことを瞬時に思い出した。






 あの日も私はいつものように公園を歩いていたんだった。この公園、落ち着いた雰囲気もなかなか好みだったし、なによりこの公園を横切ったほうが、どこに行くにも便利だったんだよね。でも、あの日はいつもと違うことがあった。そう、とっても可愛らしい猫が、木の枝で鳴いていたのよね。私は周囲に人がいないことを確認して話しかけた。


「にゃ~、な~。うな~?」

「この公園に猫ちゃんなんて珍しいわね。首輪はないみたいだから、野良ちゃんかな? もしかして、降りれないの?」

「にゃ~!」


 猫相手に話せるの? って思われるかもしれないけど、そんな特殊能力、私にはない。じゃあなんで話しかけてるのよって言われれば、猫好きとはそういう生き物なのだとしか答えられない。そして、何を隠そう、私は自他共に認める大の猫好きなのだ! 今は訳あって自分では猫を飼っていないけど、例え野良ちゃんだろうと、猫のピンチを無視するなんてこと、私にはできなかった。


「もう、しょうがないわね。ちょっと待っててね、今助けてあげるから」


 正直、私はそこまで運動神経がいいほうではないけど、この子のいる枝はそんなに高い場所じゃない。ちょっとした足場があれば、私でも手が届くくらいの高さだ。そして凄く丁度いいことに、枝の下にはベンチがある。これなら私でもなんとかなりそうね。ちょっとお行儀が悪いけど、ベンチの上に乗って私は猫ちゃんに手を伸ばす。


「うう、あとちょっとなのに、届かない」


 でも、残念なことに届かなかった。だから私は、次はベンチの背もたれに片足をかけて、猫を助けようと手を伸ばす。でも、それでも届かない。


「よし、こうなったら」


 そこで、意を決した私は、背もたれに両足を乗せることにした。


 これなら届く!


 そう思い、両手を猫ちゃんに伸ばしたその時、私はバランスを崩してひっくり返って、ベンチの背もたれに思いっきり後頭部を強打した。


「にゃ~!」


 あ、あれ? 視界がぼやける? これ、まずいやつかも・・・・・・。私は薄れゆく意識の中で、猫ちゃんが枝からぴょんって飛び降りて、心配そうに私の顔をのぞき、そして舐めてくれたのがわかった。


 ああ、無事でよかった・・・・・・。






「思い出した。猫を助けようとして、転んで頭を打った!」

『うん、そうなの。ちょっと当たり所が悪かったみたいで、君は死んじゃったんだ。それで、その君が助けようとしてくれた猫が、君のことを気にしててね。このまま君を死なせちゃうのは申し訳ないってことで、君を別の世界にご招待することにしたの』

「えっと、私がいなくても、あの猫は無事だったよね?」

『うん。あの子は地球にそのうちはびこる伝染病の元を退治するために送り込んだ、わたし達の使者だからね。どんな天変地異が起きようが、死ぬことはないよ』

「なら、どうして? 私がしたことに猫たちが恩を感じることはないよね?」

『それはさっきも言ったように、あの子が気にしてたからだよ。あの子としては、ちょっと高いところで、歌を歌ってただけみたいなんだけど、よく考えたら木の上で泣いてる自分を助けてくれようとしてた人間なのかもって、思い至ったみたいでね。でも、それが正解だよね?』

「そうだけど、私が勝手にやったことなんだから、別に気にしなくてもよかったのに」

『あの子も君に負けないくらい優しい子だからね』

「そうなんだ・・・・・・」

『そんなわけで、君がまだ君でいられるうちに、剣と魔法のある世界で、残りの人生を有意義に過ごせるよう、ご招待しようってことになったの。勝手に記憶とか覗かせてもらったけど、君もそういうの大好きでしょ?』

「うん」


 確かに私もそういう世界が好きだし、あこがれもある。でも、そういうのって、漫画やゲームの世界だからいいのであって、そこで生活できるかと言われると自信がない。それに、今の世界に未練がないわけじゃないし、出来れば生き返らせて欲しいな。ううん、ダメね。死んだのはあの子やこのキジトラさんのせいじゃないもの。あくまで私が一人でコケて頭を打ったからなんだし。それに、その提案をしないってことは、きっと出来ないのよね。でも、聞くだけならいいかな?


「少し聞いてもいい?」

『うん』

「私を蘇生させたり地球で転生させたりってことは出来ないの?」

『それは、わたしの力だと出来ないの。見ての通りわたしは猫だから、人間の蘇生とか転生には関与できないんだ。でも、もし君がそれをどうしても望むなら、閻魔大王にお願いする?』

「閻魔大王?」

『うん。閻魔大王は人間の死後の世界の大王だから、人間の蘇生も地球での転生も思いのままに出来るのはずだよ。ただ、ルールを曲げない頑固な性格をしてるから、素直に聞いてもらえるかは微妙なんだよね。あ、でも安心して、素直に聞いてもらえなくっても、わたしが直接行って、思いっきり噛み付いたり引っかいたりしてやれば、たぶん大丈夫だからね』


 このキジトラさんと閻魔大王の関係性がわかんないけど、今提案されたお願いの仕方を実行してもらうのは、いくらなんでもまずいでしょ。相手は嘘をついただけで舌を引っこ抜くとされるほどの大王なんだよ。その相手に噛み付いて、ルールを曲げてお願いを聞いてもらうって、絶対ダメだ。


 悪いことにはならないだろうし、ここは最初の提案を受けたほうがいいかな?


「いえ、それは止めましょう。最初に言ったみたいに、蘇生や転生の件は、聞いてみたかっただけだから、大丈夫。最初の提案なら、ルールの範囲内なのよね? なら私は最初の提案を受けるよ!」

『ほんと? ありがと~。それじゃあ、早速準備するね。そうそう、君の魂は半分以上猫になってるから、最初は戸惑うかも知れないけど、わたしの使者としての力をあげるから、猫として暮らす分にはイージーだからね! 楽しんで!』


 ん? 魂の半分以上が猫? 猫として暮らす分にはイージー?


「ちょっと待って、魂が半分以上猫? 猫としてならイージーライフ?」


 どういうこと? 確かに私は猫好きだけど、れっきとした人間だ。いくら私が猫を助けようとして死んで、それでもあの子が助かったならいいかなって思えるくらい猫好きだからって、そんなことを突然言われても困る!


『さっきも言ったと思うけど、ここは猫の天国なの。純粋な人間の魂が来れるようなところじゃないんだ。ここに来たってことは、少なくとも魂が半分以上、猫のものに変化したからだよ』

「そ、そうなの?」

『だって、そうじゃなかったら閻魔大王のところに行ってるはずでしょ?』


 つまり、私の魂が半分以上猫のものに変化したからここに来たの? もし半分以上人間の魂なら閻魔大王のところにいってたってこと? でも、私は本来100%人間だよ?


『あ、勘違いしないでね。さっきの蘇生の話じゃないけど、人間の魂にわたし達猫は直接干渉できないから、君の魂が半分以上猫のものに変わったのは、君自身の望みか、人間の死後の世界の管理者、つまり閻魔大王の部下あたりのせいだからね。わたしのせいじゃないよ』

「ちょっと待って、って言う事は、私はもう猫なの?」

『半分ちょっとね。大丈夫、人間としても生きていけないわけじゃないから』

「そうなんだ。あ、あれ? なんか、眩暈が」

『あ、だめ、時間切れかも。猫の天国は死後の世界だからね。もしこっちになじんじゃうと、いろいろまずいの。すぐに送るね』

「うん、お願いね」


 ちょっと引っ掛かる部分は多いけど、きっと悪いようにはならないよね? 私は薄れゆく意識の中で、いろいろなことをキジトラさんに祈った。


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