夜来るあいつ

猫屋 こね

第1話 早くここから逃げよう。

 もうそろそろ夜が来る。


 あたしは急いで山小屋に戻ることにした。

 

 あいつが来るからだ・・・


 ・・・三日前・・・


 14歳のあたしは絶望していた。学校での生活、家庭環境、どちらも良好で苦労しているわけではない。

 絶望した原因は・・・愛しい人の死だ。

 彼女を失った悲しみ。

 同姓しか愛せないあたしを認めてくれた唯一の理解者が、交通事故でこの世を去ってしまった。

 あたしは彼女のお葬式で、涙を流すことが出来なかった。頭が真っ白になり、状況を理解できなかった。いや、したくなかった。

 ・・・愛していた。今も愛している。


 お葬式の帰り、あたしはフラフラとこの山に入った。夜の山道は不気味に延びていて、普段なら足を踏み込むことはないだろう。しかしあの時のあたしは、何かに導かれるように迷いなく入ってしまったのだ。


 何時間も歩いた。今は夏真っ盛り。虫も多いし蛇もいる。でもその時のあたしは気にならなかった。学校の制服に革靴。とても山を登るに適した格好とは言えない。でもあたしは歩き続けた。

 五時間ほど歩いたかな。今お世話になってる山小屋を発見したのは。

 そしてその山小屋の近くまで行ったところであたしは我に帰った。

 ビックリしたよ。だって、怖がりのあたしが、星明かりしかない暗い道を歩いてこんなところまで来てるんだもん。

 だからすぐ帰ろうとした。怖いけど、ここにいる方がもっと怖い気がしたからね。

 でも、今来た道の先を見ると何かがいたんだ。そしてそれはドンドンあたしに近づいてきた。怖くて動けなかったよ。

 そいつは黒い、人間のような形をした動物だった。気がつくとそれはあたしを押し倒し、服を脱がそうとしていた。きっと邪魔なものを剥いであたしを食べる気だ!

 あたしは必死に抵抗したよ。彼女のところに行きたいとは思ったけど、こんな死に方は絶対やだったもん。

 何とかそいつを振りほどいて山小屋に入ったんだけど、そこで気がついたの。この中じゃ逃げ道が無いって。

 慌てた慌てた。で、慌てた結果、あたしは自分で命を絶とうとしたの。だって、生きたまま食べられるの誰だってやでしょ?でも、あたしにはそんな勇気はなかった。だから祈ったよ。せめてひと噛みで絶命させてって。

 だけど、あいつは中に入ってこなかった。何でだろうと思ったけど、一先ず安心したよ。

 朝になってわかったんだけど、この山小屋の中には御札がいっぱい貼ってあったり、何かよく訳のわからない模様が壁に描いてあったりしてたんだ。きっとこれのお陰かな?

 明るくなった外を、恐る恐る山小屋を出て確認したら、あいつはいなかった。もしかすると夜しか動けないのかな?勝手な想像だけど、そう思わないと何も行動できない。

 あたしは急いで下山を試みたんだ。早くここから逃げないと!


 でも・・・帰り道がわからなくなった。山道を降りてったんだけど。途中複雑に枝分かれしてて、どの道で来たのか覚えてない。

 とりあえずいろんな道を試してみたけど、行き止まりだったり元の道に戻ったり。

 もっと探ろうとしたけど、もう暑くて喉がカラカラ。だって真夏だよ?

 あたしは山小屋まで戻り、水分を探した。そしたらあったんだよ。水道が。もしかしたら水が出ないかもと蛇口を捻ったんだけど、出たね!水!

 ちょっと衛生面が気になるけど、今はそんなことを言ってる場合じゃない。あたしは蛇口に口をつけ、ゴクゴク飲んだ。

 はぁ~生き返る。

 喉が潤ったあたしは、土が剥き出しの地面に座り考えた。

 とりあえずこのままここを動かない方がいいのかもしれない。きっと家族が警察に届けて、捜索隊を出してくれているだろう。迎えがくるそれまでの間、あいつに捕まらなけらばいい。しかしそうなってくると食べ物が欲しいところだ。

 あたしは食料を探すため、再び森に入る。


 30分程歩くときれいな川があった。水面を見ると魚が泳いでいる。


 やった!


 あたしは川に入り魚を鷲掴みする。捕まえられた!

 だけどここからが問題だね。どうやって料理する?早くしないと夜になっちゃうし。


 ・・・生でいくか。


 いやいやいや。やっぱり焼こう。でも火がないし。

 あたしは急いで山小屋に戻った。そして見つけたんだ。まだオイルの残っているライターを。あちこちに落ちている小枝と落ち葉を集めて火を起こし、魚を焼いた。魚にはかわいそうだけど枝を刺させてもらった。じゃないとうまく焼けないからね。


 焼き上がる頃にはもう夕方だ。あたしはしっかり味わいながら魚を食べ、すぐに山小屋に避難した。

 夜の闇が辺りを包み始める。あたしは窓から外を見た。あいつはいなそうだ。もしかして、あたしの幻覚だったのかな。

 怖いけど、山小屋の玄関を開け、一歩外に出てみる。右、左、見てみたがやっぱりいないみたいだ。


 ピタッ・・・ピタッ・・・


 なんだろう。玄関の庇の上から水が落ちてきている。もちろん雨などは降っていない。

 そっと上を見てみると・・・

 あいつが口からヨダレを滴らせ、こっちを見ていたのだ!


 早く中に入らなきゃ!

 

 あたしはあいつに背を向け中に入る。その刹那・・・


 ビリリリッビリッ


 あいつの長い爪があたしの制服を切り裂いた。あたしはそのまま転がるように山小屋の中に入る。そして急いで扉を閉めた。

 幸い服だけで、背中に傷はないようだ。でも、まだ胸がドキドキしてる。


 ・・・これでわかった。

 あいつは夜しか行動できないということを。

 そして・・・

 あいつはあたしを常に見張っているということを・・・

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