自己
気分を変えたくて家を出た。
遠くに見える鉄塔の群れ。連なる山の幾重にも向こうから顔を出す富士の山。それらを紅く染める斜陽が夜の訪れを知らせている。
この景色だけが同じような住宅と公園が並ぶだけの退屈な街を唯一彩ってくれる。
残り二年と少しの猶予期間を過ぎれば晴れて歯車の一員となる。仮に上手く行けばの話であるが。
夢や目標はない。好きなことはあるけれど、それを生業にする程の技術や根気はない。
毎日を同じように過ごし、気付けば今日も一日が終わろうとしていた。やりたい事、やらなければならない事、どちらもある筈なのにやる気のなさが邪魔をする。一日が終わる度に感じるどうしようもない後悔や嫌悪。それが嫌で家を出た。
慣れとは恐ろしいものである。歩きながら流しているこの曲も、ただの耳障りな雑音になっている。それでもイヤホン中毒のために惰性で耳に入れている。この街の景色も同じだ。季節や時間によって違った表情を見せるものの、その輪郭は変わらない。初めに見た頃より幾分か色褪せたような気がする。
ただ惰性で繰り返される今の生活は、この街と何ら変わらない。気分転換に出たはずの散歩でさえもただ現実を逃避するためで、得るものは何もないのかもしれない。
気がつけば陽は更に傾き、暖色主体だった空の大半を寒色が塗り潰している。思わず鼻をすする。肌寒さなのか花粉なのかは分からない。
そろそろあの閉塞した空間に戻らなければならない。帰ればまたいつもと同じ日を繰り返すのだろう。焦りと苛立ちを覚えながらも何もせず、ただその日が来るのを待つのだろう。
『私』は一体どこにいるのだろう。
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