第19話 準備電位
15分ほどして、ミツキが意識を取り戻した。アオイがミツキの前にココアとパンケーキを並べると、ミツキが
「アオイさん、ごめんなさい。それから、幸田さん……でしたっけ、ごめんなさい」と深々と頭を下げた。
「あっ、まだちゃんと紹介してなかった。こいつは、幸田 幸太郎。苗字でも名前でも幸せをおねだりしている切ない中年男だ」
幸田が舌打ちする。
「さっきの騒ぎのことはひとまず置いて、あたし自慢の手料理パンケーキと温かいココアでくつろいでくれ」
「パンケーキは料理か?」と、幸田。
「パンケーキを侮るな。アメリカには、世界中の観光客が訪れる有名なパンケーキ店がある。知らないのか?」
「私は、『このパンケーキ』のことを言っている。インスタントだ。箱の説明どおりに作っただけだ」
「そのイヤミは、あたしに料理が下手だと言われたことの仕返しか? 幸田、人間がちっちゃいぞ。黙って、食べろ」
三人とも空腹だったから、パンケーキはアッという間にみなの腹に収まった。アオイは三人のカップにココアをつぎ足し、「そろそろいいかな?」とミツキに尋ねた。ミツキがうなずき、話し始める。
「私とカスミは二歳ちがいです。父の仕事の関係で、私たちはアメリカで育ちました。二年前、私が一五歳、カスミが一三歳の時、父が日本に帰ることになり、最後の記念に、両親と四人でアメリカ横断の自動車旅行に出ました。ところが、カリフォルニアとネバダの州境でセンターラインを飛び出してきたトレーラーに正面衝突されて、父と母は即死。カスミと私はドクターヘリで病院に運ばれたのですが、それが、国防総省の特殊医療センターだったのです」
ミツキの話し方は落ち着いて、淡々としている。
「そこで、君と妹さんは生体兵器への改造手術を受けた」
「はい。ですが、カスミは改造手術の途中で死んでしまいました。ところが、私の 生体兵器への改造が完了して、稼動実験が始まったころ、私の頭の中でカスミの霊魂が話しかけてくるようになったのです」
「うーむ、それ以来、妹さんが君の身体に居候しているわけか」
「そうです。でも、妹が私の身体を乗っ取るようになったのは、つい最近のことです」カスミがミツキの自殺を止めようとしてミツキの身体を乗っ取ったことは言わなかった。そうでなくても「重い」話を、これ以上「重く」したくない。
「私が……というか、カスミが、アオイさんをマンション前で襲った時は、前の夜からカスミに身体を乗っ取られていて、私が自分を取り戻した時は路上に倒れていました」
「アオイ、君は、ミツキ君ではなくカスミ君と闘ったのか?」
と幸田に訊かれてアオイは戸惑う。
「それが、あの時なにが起こったのか、あたしは覚えてないんだよ。突然頭が真っ白になって、気がついたらミツキが倒れてた」
「本当か? 全部で3回カスミに襲われたと言っていたが、あとの2回は、どうなのだ?」と幸田。
「覚えてない。意識が飛んで、気がついたらミツキが倒れてた」
「反撃したのに覚えがないのか? そんなこと、あり得ないだろう」
「あのぅ」と、ミツキが遠慮がちに切り出す。
「反撃したのに覚えがないというのは、ありうることだと思います。私たちは、自分の身体を動かそうと思って動かすと感じています。でも、脳科学によると、違うんです。まず、脳の中で身体を動かす準備ができます。この時、準備電位(Readiness Potential=RP が発生します。RPの発生から0.5秒後に、自分が身体を動かそうとしていることに気づくんです」
「つまり、気づいた時は、もう動き出しているということか?」幸田が尋ねる。
「まだ目に見える動作は起こっていませんが、脳の中では動作を起こす準備ができているのです。0.5秒はとても短いので、私たちは、身体を動かそうと思って動かしたと感じているだけなんです」
アオイが狐につままれたような顔で尋ねる。
「その話があたしと、どう関係があんの?」
「アオイさんを襲ってくる相手の脳が発生するRPを、アオイさんは検知できるのだと思います? 検知すると同時に反撃しているとしたら、アオイさん自身も、自分が反撃していることに気づく時間がないと思うのです」
「なるほど、それが、アオイが言う『頭が真っ白になる』とか『意識が飛ぶ』というう現象なわけだ」と、幸田が納得する。
「おい、あたしはまだ話が見えないぞ」
アオイが口を尖らせたとき、突然、「お姉ちゃんが言う通りだと思う」という声がした。
「カスミ、あなた」とミツキが驚く。
「私の身体を乗っ取らなくても、私の声をつかって話せるの?」
「今やってみたら、出来た。悔しいけど、アオイは速い。あたしがこいつの脳を壊そうと思った時には、もう、感電してた」
今度は、アオイが驚く番だった。
「カスミ、今、何て言った? あたしの脳を壊すって言わなかったか? お前はあたしと同じ『放電型生体兵器』じゃないのか?」
「違うのか?」と、幸田も驚いた声を出す。
「呆れたね。あたしたちが、どんな能力を持ってるかも知らずに、迎え撃とうとしてたのか。呑気な奴らだ」と、カスミ。
「カスミ、そんな言い方は止めなさい。アオイさんたちに、失礼でしょ」とミツキ。
「私から説明します」とミツキが切り出す。
「私は、『脳破壊型生体兵器』です。脳内に埋め込まれたチップの助けを借りて脳神経を興奮させると、それがターゲットの脳に衝撃波のように伝わり、自律神経の働きを止めます。私の攻撃を受けた人は、ほとんど即死してしまいます」
「即死……だって? だが、さっき、私は猛烈に頭が痛くなっただけだ」
幸田が驚く。
「あんたを殺す気が、なかったからさ。あんた、ちょっとイイ男だから」とカスミが照れたように言った。
「ゲッ」とアオイがうめき、ミツキが「カスミ、あなた」と言って、言葉を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます