生体兵器番号21085 山科アオイ

亀野 あゆみ

第1章 山科 アオイ

第1話 「スイート・セブンティーン」

「おい、止めな」

山科アオイは、暗がりでもみ合っている人影に声をかけた。

「はぁ?」と、二人の男が振り向く。高校生に毛が生えたくらいの不良だ。二人の間に、中学生か高校生くらいの女の子が挟まれている。男たちの手を振りほどいて逃げようとするが、両側から肩をつかまれ、動けない。

ここは、商店街と住宅街の境界にあって、どちらからも忘れられたように人の目が届かない、小さな公園。街灯も、ろくすっぽない。駅から帰宅途中の若い女性が乱暴される事件が何度か起こっている。


「止めろと、言っている」アオイは、低いハスキーボイスで繰り返した。

二人のうち、背の高い方が、相棒に「おまえ、このオンナ押さえてろ」 と獲物を預けアオイに寄ってくる。目を細め、アオイを頭からつま先まで見渡す。

「はっ」 と男が笑った。

「ふてぇ声出すからオバハンかと思ったら、ガキじゃねぇか」

相棒を振り返る。

「こいつ、イケてるぜ。二人、まとめて、タップリ味合わせてもらおう」。


 アオイは、アジア各国の美少女をかきあつめてブレンドしたような顔で、確かに「イケて」いる。整形前は、もっと日本人的にきれいだった。身長一六〇センチ。精悍な肉食獣を思わせる引き締まった体つきは、整形前と変わらない。

 アオイは身なりには構わない方だ。肩までの髪の毛が派手にウェイブして、鳥の巣のよう。服装も、パーカーにカーゴパンツ、スニーカーと、ざっとしている。


「お前ら、脳までチンポコ化して、『やめろ』って日本語が、わかんないのか」

「はぁ、エラそうなこと、言いやがって」

 囚われている少女が、不良ともみあいながら「女の人なら、逃げてください。あなたまで、こんな奴らに……」

 と、泣きそうな声を出す。

「あたしの心配は無用だ。それよか、ちょっと目をつぶってな」


 アオイは、右手で目の前の男の手をつかむ。

「うわっ、いてえ、しびれる、なんだ、これ! 離せ、俺の手を離せ!」

 男の全身がケイレンし始める。少女を捕まえていた相棒の方が、「ゲゲ、どうなってんだ」と、声を引きつらせる。

「電気をお見舞いしてる」 アオイが声にドスを効かせる。


 アオイが電気を見舞った不良が倒れた。

「おや、気絶したよ」


 相棒が、悲鳴を上げて植え込みから歩道に飛び出した。

「待ちな!」

 アオイが獲物を狩るチーターのように男に追いすがり、肩をつかんだ。

「おわっ、うぎゃー」

男の身体が一回転して、背中を下に歩道に倒れ、口から泡を吹きだした。


「ちょっとやり過ぎたかな」アオイが倒れた不良の首に指をあてる。

「大丈夫、息はある。それじゃ、ここで起こったことを、忘れてもらおう」

 アオイは、不良の記憶を消そうとする。うん、やり方がわかない? 最後にやったのは、三か月前だ。

「ええと、ここと、ここだったかな……」男の頭の二ヵ所に、右手の指をあてる。「そして、ちょっと電気を」

 不良がブルンと大きく震えて、ぴたっと動きを止めた。

「あれ、死んじまったか!」慌てて、首の脈を確かめる。

「大丈夫、息をしてる。では、最初の奴も」

公園に戻って、最初に倒した不良の記憶を消す。


自由の身になった少女が、目を閉じたまま話しかけてきた

「助けてくださったんですね。ありがとうございます。もう、目を開けていいですか?」

「目は、まだ閉じててよ」

 と言ってから、気づく。どうせこの子の記憶も消してしまう。目を開けてても、閉じてても、同じことだった。

「ごめん、やっぱ、目を開けていいわ。家まで送ってあげたいけど、あたしは、この後、ちょっと、用がある。近くに交番があるから、そこまで、一緒に行こう」


 少女は、色が抜けるように白く、丸みをおびた顔とくりくりした目が愛らしい。身長はアオイと同じくらいだが、アオイと対照的に、柔らかな女性的な身体つきで、オシャレを強調はしないが、質の高いブランド品を、ごく自然に着こなしている。「良家の子女」というのは、こういう子を言うのだろうかと、アオイは思う。


 並んで、暗い公園を横切る。足元で落ち葉がカサコソと音を立てる。ここ、東京では二日前に木枯らし一号が吹いていた。

「あのう……」

少女が遠慮がちに尋ねてくる。

「なに?」

「お声から年上の方だと思ったのですが、もしかして、私と同じくらいの歳ですか?」

「面白いこと、言うわね。あんたの歳を知らないのに、どうやって、その質問に答えるんだ?」

「私は、一七歳です」

「あゝ、じゃあ、同い歳だよ。一七歳。いいよね。スイート・セブンティーンだ」

「♬スイート・セブンティーン……♬」

 と、アオイは、お気に入りに歌を口ずさみ始める。

「あのぅ、その歌は、『スイート・キャロライン』じゃないですか?」

「えっ? あたしにこの歌を教えてくれた奴はスイート・セブンティーンと歌ってたぞ」

 アオイ、歌詞をキャロラインに替えて歌ってみる。

「セブンティーンの方が歌いやすくて、ノリがよくね?」

「そう言われれば……」

「この歌知ってんなら、あんたも歌いなよ。嫌なことの後の、口直しだ。あんたは、キャロラインでいいからさ」

「いえ、私もセブンティーンでいってみます」


 二人は、声を合わせて歌いだす。

「ちょっと」アオイが待ったをかける。

「あんた、英語上手いね。ていうか、すごいアメリカ英語してる」

「私、前に、アメリカに住んでいたものですから」

「そうなんだ。あたしのひどい日本語なまりの英語につき合わせて、悪いね。これ、古い歌らしいけど、歌ってると元気が出る」

「私もです。もっと、歌いましょう」


 「スイート・キャロライン」 転じて「スイート・セブンティーン」を合唱しているうちに、交番の灯りが見えてきた。

「あれ、お巡りさん、いませんね。交番は、夜、外歩きする女子の駆け込み寺なのに、空っぽのことが多い」

「うん、治安上、困ったことだ」

 と言いつつ、アオイは、この時間、この交番が空なのを、知っている。だから、好都合なのだ。

「交番の中で待ってて、お巡りさんに家まで送ってもらいなよ」

 アオイは、少女を交番に押し込み、頭の二ヵ所のツボに正確に指を置いた。不良二人の記憶を消して、要領を思い出していた。

 少女がくたっと倒れるのを抱きとめて、警官が使うイスに座らせた。卓上の電話で一一〇にかけ、交番で少女が眠り込んでいると伝えて電話を切る。これで巡回中の警官がすぐ戻ってくるだろう。


 交番の壁時計が目に入ったアオイは、慌てて交番を飛び出した。ヤバっ!遅くなっちまった。急いで「お家にGO」だ。

 早く帰らないと、また、幸田に、どこで何をしていたかとか、うるさく訊かれちまう。アオイが少女を家まで送らなかったのは、用があるからではなく、保護者がうるさいからだった。

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