第72話 キャラの一貫性なんていらない


 一般的にキャラクターの一貫性って重要じゃないですか。例えば、僕がいきなり「人前でお尻出すなんて、人としての尊厳を捨ててるやろ」とか言い出したら皆さん困惑しますよね。「お前、そんなこと言うキャラだっけ?」と。これが一貫性が無い状態です。朝令暮改、二枚舌は基本的に悪癖です。受け取った相手に不信感を与え、発言や行動の説得力が無くなります。ですから、キャラの一貫性は大切です。(ちなみに、僕がいきなり「人前でどんどんお尻を出そう」とか言い出しても皆さん困惑すると思いますので、一貫しなくてよいものも世の中にはあります)


 ですが、宝石の国の主人公フォスフォフィライトはその一貫性が全く見られません。キャラがこれほど変化する物語も珍しいのではないでしょうか。それでも読者に違和感を全く与えない状況を描き出す絶妙な塩梅が、市川春子先生の見事な手腕が光るところです。


 いつも粉々に砕け散っているフォスは文字通り崩壊しています。いや、ほんと冒頭から砕けますし、もはや砕けていない時がないくらいひ弱で可愛い主人公です。しかし、物語が進むうちにひ弱キャラも克服され、精神的にもどんどん変化していきます。


 普通、主人公が「あの時の考えは甘かった」なんて振り返る時は、成長の証じゃないですか。仲間の死や強敵を乗り越えて、どっしりとした強固な基盤を創り上げる。対して、フォスの変化は口を揃えて「成長」とは言えない。より身体が丈夫になって、より聡明になっても、それが成長だとは手放しで喜べない。


 主人公だけではないんです。ぱっと思いついただけで、キャラが崩壊している登場宝石が4体はいます。


 しかし、この変化に読者はついていかざるを得ない。そこに文句を付ける余地がない。なにをどう考えても「そうなるしかなかった」と思わせる説得力が、キャラが崩壊する過程で発生している。――その(ある種の)絶望。


 これこそが多くの人の心を揺さぶり、捉えて離さない魅力だと思っています。


 ――極楽浄土への拉致に抵抗する不老不死の宝石たち

 この発想をベースにしている以上、途中で傷がついたり、砕けたりするのもしょうがない。。読み返せば読み返すほど、背景を知れば知るほど、「キャラの崩壊」を受け入れさせる力が強くなっていきます。


「嗚呼」

「ああ」

「フォス……」

 

 こんな気持ちに陶酔出来ます。「キャラの崩壊をこんなにも美しく、無情で、切なく感じられるなんて……」と、うっとりしました。


 水に映る自分を見て

「ばっちり! かわいい! りりしい!」

 と、自画自賛するフォスがどう変わっていくのか。


 

 キャラの変化が好きな人は見てみて下さい。




 少しだけネタバレすると、フォスはずっと自分のことを「かわいい!」と思い続けています。そこだけは安定のぶれなさですね。

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