Hentaiはもはや世界共通語である

第1話 見間違えで粗相した時、ユーモラスに逆ギレする方法

 

 先日、日本人企業会の新年会で僕は粗相をした。


 目玉の参加者全員参加(150人弱)のくじ引き大会を無事に終え、問題だらけだった昨年からの改善を実感しながら後片付けをしていた時である。僕は机に掛かった保護用の薄いポリシートを剥がし、ダイエットコーラの空き缶やおせちの食べ残しをゴミ袋に詰めて回っていた。

 会場では久しぶりに日本酒を賞味したものの、家では可愛いビールたちが僕の帰りを待っている。だから、早く帰りたかったのだ。子供の顔が見たい親の気持ちというのはこういうものかと想像力を働かせながらテキパキとゴミを集める。


 ポリシートをゴミ袋に詰め、椅子の上に乗った空の箱に「これもですかね?」と手を伸ばしかけた時

「それは……」

 と、声が掛かった。

「うちの大事なご飯なんですが」

 慌てて顔を上げると、ドレスに身を包んだ若い女性が眉をひそめて僕を見ていた。よく見ると振る舞われた料理が透明なプラケースと紙ナプキンの下に隠れていた。これは決して空の箱などではない。子供がいる家庭にとって大切な食事である。

 アメリカでは、どんなレストランでもドギーバッグという持ち帰り用の容器が用意されている。レストランではアメリカ人でも食べきれないほどの量が出てくることが珍しくないが、それを一度に食べきる必要はない。必要であれば、持って帰ることが出来るからだ。食べ切れなければ、二回に分ければ良い――そんな合理性が垣間見える。日本では食中毒等々のリスクから持ち帰りを許しているレストランは皆無であるが、胃袋が小さく、かつ一人暮らしには有難い文化だ。

 

 僕は「失礼しました」と奥様に頭を下げ、撤収作業を続けた。作業中、その顔に驚きと「見て分からないのか」という少しの非難が含まれていたことが頭に残り続けた。確かに大切な食事をゴミだと言われ、不快感を与えてしまったことは事実である。

 しかし、見間違ってしまったことはしょうがない。僕の言動は間違っていたが、人間なら見間違いもあるものだ。であれば、もしあそこで口論になった時、僕が取れた最善の手段は何であっただろうかと考えた。平謝りが最も丸く収めるかもしれないが、僕の妄想はそんな現実的な方法論では止まらない。

 そこで、今日はこの経験から思いついた「見間違えた時に役立つ逆ギレの方法」を提唱したいと思う。


 まず、方針として「見間違えは誰にでもあることを分かりやすく、かつユーモラスに伝える」ことを目指す。つまり、「こんな見間違えをしたことはありませんか?」と問いかけて「そういえば私もそんなことあったわ!」と気付いて頂き、笑いながら怒りを収めて貰う作戦だ。

 僕は家に帰って可愛いビールたちと戯れながら即刻あるあるネタを探しに電脳の海原へ漕ぎ出た。以下、厳選したサンプルである。アリかどうか判断して貰いたい。


 エントリーNo.1

「旨味だしたれ」

 おかめ納豆について来るたれから拝借。関西人にはぱっと見、ではなく、阪神を応援するおっさんが思い浮かぶ。テレビに向かってご飯粒を噴き出しながら「旨味!!」と激励するおっさんが。どういうシチュエーションで何に対して「旨味だしたれ」と言っているのか理解は出来ないが、激励が聞こえてしまったのだからしょうがない。関西人に効く特効薬である。相手が関西人っぽかったら使ってみて欲しい。ちなみに類似表現に「かつお昆布だしたれ」がある。かつお昆布は実力はあるのに試合に出られない不遇のポジションにいるのだろう。


 エントリーNo.2

「タイ元気象大臣」

 見ての通りである。タイの気象大臣である。タイの大臣ではない。げんきぞうってなんだ。見間違えよりも、そっちの方が気になる。これぞ先入観が織りなす色彩豊かな迷路への道。タイと象を安易に結びつけてはならない、と戒められるフレーズ。


 エントリーNo.3

「スポンサードリンク」

 見ての通りパートツー。しかし、聞き間違いも併発するという意味では、「げんきぞう」より厄介かもしれない。大塚製薬(ポカリスエット)やハウスウェルネスフーズ(ウコンの力)がバックにいるなら兎も角、食品会社がいなければたちまち梅田地下街のような迷宮に迷い込む。加えて、ゴランノスポンサーが分からなかった子供時代を回顧させるノスタルジックな一面も併せ持つ。これからが楽しみなマルチプレイヤー。


 エントリーNo.4

「ツヤ肌になれるカバー力」

 ネット界では有名なキャッチコピー。思春期の男性向け化粧品のコピーとしては素晴らしい威力を発揮している。何より勢いが好きだ。化粧品でありながら「ツヤ肌? なれるかバーカ!!」という内に秘めた天邪鬼さが、思春期の若者たちの複雑怪奇な心理的変遷を巧妙に表している気がする。舌を出し、謎のポーズをとって挑発しながら逃げていく任意のムカつくキャラを思い出して貰えると感動もひとしおだろう。


 いかがだったろうか。もし、あなたが見間違いを糾弾され、どうしても言い返したいとき、上記のどれかを使ってみて欲しい。「あなたは『旨味だし』が『旨味』に見えたことはないですか?」と。突破口が開けるかもしれない。そこで「あるある!!」となる人は多分僕と友達になれると思う。


 これらこそ、ピンチをチャンスに変えるカバー力。







 バーカ、バーカ! こんなんで乗り切れたら苦労しねーよ、バーカ!!


 こうして今日も、無駄に見えて無駄である無駄に広い知識を僕は身に着けていくのだ。

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