狂気の海域
ハイド博士
第1話 アイスバーン隊
「発令所より指令、アイスバーン隊各機へ。発“第35航空団司令”
宛て WA:LR357-A/Fへ直ちに帰投せよ。357スコードロン、繰り返す直ちに帰投せよ」
ただ青く透き通った高高度を飛行していた第357飛行中隊の5機はその大空を切るようにターンしてアフターバーナーを噴射し来た道を引き返し始めた。高度を急降下させ所属艦である空母「アルパート」へと次々と着艦していった。上部甲板(フライトデッキ)は慌しく着艦する機体とそのパイロットと甲板要員で入れ乱れていた。だがそんな中でも乗員たちは冷静だ。
「一体何があったんだ。これで三回目だぞ。中隊を引き返すなんて」
そんな整備員の声が聞こえるはず無く防空司令の大佐は苛立っていた。機から降りてきた男は司令が“部屋”から出てきているのを見て
「珍しい事もあるものだ。ここはフライトブリッジではないのですよ」
「命令違反だぞ、ブライス中佐・・・少将が発令所でお待ちだ!」
「しかし、失礼だが我々を飛ばしたのはあなたですよ。それに敵が居れば闘うというのはブートキャンプでも習いますよ」と
公海上とはいえ、この海域の先には現在紛争中の中立国があり外交上の問題で艦隊が配備来ても「上」から命令がない限り戦闘行為は原則として行えないはずだった。しかし、戦闘は確実に拡大しつつあり当事国になくとも世界の安全保障上大きな意味を持った紛争になる可能性は限りなく高く・・・いや実際に今そうなっている・・・そして、これが世界に新たな戦乱と「真実」が明らかになろうとしていた。
第357飛行中隊、又の名を「アイスバーン隊」この空母一の航空部隊・・・だが癖のある隊長「セイゲイ・ブライス中佐」を中心に5機、5人の隊員がこの中隊を形成している。この艦は海兵隊に属し、世界のあらゆる海域に展開されるまさに最前線にある船なのだ。もともと、大隊外の中隊のはずだが規模的にも中隊を編成し得ないたった5機の編隊。・・・・しかもアイスバーン隊は航空部隊だけではなくヘリコプター揚陸部隊を直轄指揮し実に三個小隊の強襲揚陸中隊をも指揮下に置いている。
この航空母艦「アルパート」は超大型空母で強襲揚陸艦の機能も持つ超弩級艦であり、“不沈艦”と言われている。だが先の原子力空母の沈没・・・その前の敵国の原潜の沈没と所属不明な敵による攻撃が各地で起こっていた。もはやテロの規模を超え新時代の戦いと呼ばれるその攻撃は何故か殆ど対峙した者たちは反撃しなかった。いや見つけることすら出来なかったのだ。この空母がここにある意味は実際に乗っている船員たちにも良く分かっていなかった。
「なんで配備されたっていうのに交戦したらいけないんだ?何のためにここに展開されたのか俺には判らないね」
「ごもっとも。それなら大金の掛かる派兵なんてしなけりゃいいんだ」
彼らの言うことは正しい。しかし、当然だが軍幹部はその事を当然知っている。それなのに“真の作戦内容”を全要員に伝えないのはそれ自体に作戦の成功か失敗かが掛かっている事に他ならない。それはあの「正体不明の敵」に関わっていることはみんな薄々感じ始めていた。・・・・・
(同日:5月18日、10時28分~スラウェシ島~東沖70キロ)
その碧い大海を航行する一隻の船。南アジア連合国の巡洋艦「メルウィル」、単独航海しているのはこの船一隻しかない。130km先には旗艦「カーペンタリア」とその指揮下の12隻もの艦隊があった。何故敵に出くわすかも知れない海域でたった一隻、何をしようというのか・・・連合国艦の船一隻など多寡が知れた戦力のはずだった。
「奴らが居なければ我々の艦隊も海の藻屑だ。」
「あぁ、彼らを敵に回さずに済んだのは首脳部の唯一の功績だな」
「艦長、ソナーに感。やってきました。独立第86駆逐潜航隊です」
彼らの存在はその発足時からずっと最高機密扱いで口外されておらず国連の崩壊以前にすでに編成されていたがその混乱に乗じ国連軍(UN)から「兵力」とそこにあった「兵器」は隠匿されてアジアのある国に集結されていた。
すべては“来るべき日”のために綿密に計画された、世界を変えうる最強の部隊が海の底でその運命の日を・・・息を殺して待っているのだ。
機動部隊を有する艦隊が消息を絶ったのはこの海域からわずか数十キロしか離れていない。この目に見えないこのラインを昔の兵士は「狂気の海域」と呼んでいた。もう、その戦いも本や映画でしか知ることが出来ないがその海域とほぼ同じ海が脅威に満ちた「血の海域」に成りつつあった。だがそれを知ってか知らずか“北太平洋連合”はその海域のすぐ近くまで艦船を展開しつつあった。
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