-3.Frontier conflict-

 もしかしたら、彼女には、何らかの予感があったのかもしれない。


 「今日はあなたに贈り物を届けに来たの。これはあなたを守るためのもの……受け取って」


 彼女との再会から3年、想いを通わせてからも、そろそろ1年近くが経つかという霜が立ったばかりの冬の初めに、ゲルダはいつもより厳粛な顔つきで、俺にひと振りの短剣を差し出したのだ。


 「おろ? なんだ、藪から棒に。こないだやった指輪のお返しのつもりなら気にするこたぁないぞ。アレ、祭りの露店で買ったモンだからそんなに高くはないし、それに、そのぅ……」

 一瞬言い淀んで視線を宙に彷徨わせる。


 「こ、恋人にアクセサリーのひとつ買ってやるくらいの甲斐性は、あるつもりだぞ。こう見えても、一応国軍の正規兵だから相応の給料は貰ってるんだし」

 うひぃ~、こっ恥ずかしいぜ!


 「フフッ、う・そ、ね。あれ、本物のアクアマリンなんだから、安月給の兵隊さんにとっては結構したはずよ。でも……ありがと♪」


 (ぐわぁ、やっぱバレてるか。まぁ、俺としては、その、なんだ。婚約指輪代わりのつもりだったから、それなりにちゃんとしたモノ渡したかったんだよなぁ)


 もちろん、ただの(ゲルダに言わせると「妖眼グラムサイト」とかいう特殊能力があるそうだけど)人間の男である俺と、雪妖精の彼女が正式に結ばれることは難しいだろうが、こういうのは心意気の問題だしな!


 「でも、今回のコレは、お返しじゃなくてお祝い。昇進おめでとう、小隊長サン♪」

 ゲルダの言うとおり、つい先日俺は、ウチの部隊──国軍第八戦士団における「小隊長」に任命された。


 人間約3000人と、亜人や妖精、妖魔、竜など人間以外の団員2000あまりから成るウチの戦士団において、「小隊長」というのは20人程度の小隊を指揮する役割を果たす。

 普通は、戦場の機微に通じた熟練兵か、国の士官学校を卒業した優秀な毛並みの士官候補生が就く役職で、正直、ベテランと言うには程遠い俺なんかがホイホイ引き受けていい代物じゃあないんだが……。

 長引く「大戦」の影響か、人材不足は深刻らしい。俺みたいな凡人にまで指揮権が回ってくるくらいだからなぁ。


 もっとも、「第八戦士団」は元々俺達が傭兵団だったころの人材を中核メンバーに構成された部隊だし、傭兵時代の隊長が士団長を務めているおかげで、それほど規律とか礼儀にうるさくないのが救いだ。


 「とは言え、20歳そこそこの若僧が小隊長って言われてもなぁ」

 「いいじゃない。ケインは天才じゃないかもしれないけど、任されたことは責任感をもってちゃんとこなす人だし、その点が評価されたんでしょ」

 恋人の優しいお言葉が身に染みるねぇ。


 「それはさておき、この短剣、結構な貴重品じゃないのか?」

 俺の唯一の取り得とも言える“眼”には、半透明の蒼い刀身から立ち上る魔力がハッキリ見てとれる。


 「大丈夫。それ、私が作ったの。私の魔力で凍気をしっかり固めておいたから、簡単に溶けるようなことはないわよ。そうね、冬が終わるまでは大丈夫だと思うわ」

 「へぇ……」

 言われてみれば、確かに刀身は金属でもガラス質でもない、まさに「溶けない氷」とでも言うべきモノで出来てるみたいだ。


 「まぁ、俺の得物は長槍だし、ちょうどいいや。いざと言う時のセカンドウェポンとして大事に使わせてもらうよ」

 「ええ、戦場に行く時は、肌身離さず持っていてね。もちろん武器としても使えるけど、どちらかと言うとお守りに近いモノだから。魔法──とくに、氷雪系の魔法は無効化し、火炎系の魔法もある程度弱めてくれるはずよ」

 「おう、愛しのゲルダだと思って大切にさせてもらうぜ!」

 「もうっ、ばか♪」


  * * *  


 渡された時は、気休めというか精神的な絆のひとつとして受け止めていたんだが……まさか、それから半月もしないウチに、「お守り」のお世話になるとは思わなかったぜ。


 王都の東の国境付近で、ここ2、3年で最大規模の衝突が起こり、俺達第八戦士団も戦いに参加することになった。

 数的劣勢を覆すべく夜陰に乗じて行われた奇襲自体は成功し、敵の本陣に大きなダメージを与えることは出来たものの、敵もさるもの。土地勘のない俺達は、敵の執拗な追撃を受けて散り散りに自陣に逃げ帰るハメになった。


 幸いにしてウチの小隊は、先導する俺の目が特殊なこともあって、罠や伏兵を見破りつつ、本陣近くまでは、ほぼ無傷で帰って来れたんだが……。

 ひとりどうしてもしつこい魔術師がいやがった。


 かなりの老齢のクセして、その身ごなしにはまったく隙がなく、ちょっとでも気を抜いたら黒焦げにさせられそうな剣呑な気配を放ってやがる。

 傭兵時代からの俺の後輩で副官的な役割を担ってもらってるローランに隊を託し、俺は単身足止めのために残った。


 ──言っとくけど己が身を犠牲にするつもりとかは全然ないぞ?

 ウチの隊は新人が多くて、対魔法戦ではまだほとんど役に立たん足手まといだから、さっさと退場してもらったまで。ローランとかなら、それなりに頼りになったんだろうが、撤退を指揮する人間もいるしなぁ。


 そもそも、「炎は崇高」とか「人も獣も皆燃えれば灰」とか物騒なコト抜かすパイロマニアな爺ぃを、まともに相手する気はサラサラない。

 森の地形を利用して、敵の攻撃魔法の直撃をかわしつつ翻弄。ゲルダにもらった氷の短剣も大いに役立ってくれた。


 そして、魔力不足かスタミナ切れか、呪文詠唱が途切れた隙に槍を投げ付ける。とっさに相手は杖で防いだものの、その杖がポッキリ折れたため、一転俺に有利な状況となった。


 え? 魔術師の杖を壊したらすでに俺の勝ちだろうって?

 いや、熟練した魔術師は、杖の助けがなくても、威力と精度は大幅に落ちるが魔法のひとつふたつは使えんこともないらしい。

 隊長からもゲルダからもそう聞いてた俺は、杖を折ってからも油断なく短剣を構えつつ緊張を緩めなかった。


 警戒する俺の様子に「今は此処まで」と断念したのか、老魔術師は転移魔法(たぶん帰還の札でも持ってたんだろう)で姿を消し、辺りに敵の気配が完全になくなったことを確認して、ようやく俺はひと息つけ──なかった。


 なぜなら。

 先程の炎術師フレイムウィザードとの交戦の結果、辺りが半ば山火事みたいな状況になってたからだ。


 (くそぅ、好き放題に燃やしやがって……)


 おかげで、俺は脱出できる道を探して、炎の中を彷徨うハメになった。

 炎術師の魔手から俺の身を守ってくれたゲルダの短剣は、ここでも役に立ってくれたが、それでもなんとか森を抜ける頃には、俺は全身のあちこちにヒドい火傷を負うハメになった。


 (ここまでかぁ、残念無念……)


 雪原の上にガクリと膝をつき、最期を覚悟した俺の脳裏に浮かぶのは、戦友でも故郷の村でもなく、見た目はまだ幼いが、それでも俺にとっては大事な愛しい妖精娘の泣き顔だった。


 「バカッ! そんな簡単にあきらめないでよ!!」

 ──いや、それは幻影ではなく本物だったらしい。

 俺の危機を虫の知らせやらで感じ取ったのか、どうやってかゲルダが駆けつけてくれたのだ。


 一瞬にしてその場に氷でできたテントのようなシェルターが造られ、俺はその中でゲルダの治療を受けることになったんだが……なにせ、火傷がひどい。

 一応、手元にあった治療薬の類いは持って来てくれたんだが、全身の皮膚の半分近くが焼けただれているこの状況では焼け石に水だ。プリーストかせめてヒーラーのような腕のいい治療魔法の使い手でもいない限り絶望的だろう。


 とりあえず、ゲルダの冷気魔法で患部に薄い氷の膜を貼って一時的にもたせているらしいが……妖精ならぬ人の身では、そのままだと逆に凍傷で遠からずその部分が壊死する。


 「はは……いくら寿命が違うとは言え、あと2、30年はお前のそばにいられるつもりでいたんだがなぁ」

 「馬鹿な事言わないで! 死なせるものですか!」

 半泣き顔のゲルダは、目じりの涙を拭うと、キッと何かを決意したような顔になった。


 「ねぇ、ケイン、私のこと、好き?」

 何をこんな状況でとは思ったものの、身近に死神の足音が聞こえているせいか俺は素直に答えた。


 「ああ、もちろん。人間も、そうでない者も含めて、俺の知ってるすべての女の子の中で、ゲルダが一番大好きだ」

 「そ、そう……ありがと。じゃあ、私とけっこんしても後悔しないかしら?」


 (は? 結婚!?)


 熱に浮かされた俺の頭にも、その言葉は流石に十分なインパクトを与えたが、よく考えてみれば、全然問題はない。


 「それでゲルダと一緒にいられるって言うなら、むしろ望むところだよ」

 「もぅ……できればそういう嬉しい台詞はもっと違う状況で聞かせて頂戴」

 はは、ソイツぁ無理だ。この切羽詰まった状況だからこそ、こんな気恥ずかしい言葉も照れなく言えるんだから。


 「それじゃあ……ケイン、ひとつになりましょう」

 そう告げると、ゲルダはその華奢な身体にまとった蒼いドレスをサラリと脱ぎ捨てた。

 ──って、待て待て! 確かに、結婚した男女が身体を重ねるのは至極当然の話だが、モノには順番というものがだなぁ……。


 「し、仕方ないでしょ。妖精族に伝わるけっこんの儀式には男女の交わりが不可欠なんだから」

 ゲルダによると、彼女と結婚することで俺にも疑似的に「雪妖精の眷属」という資格が生まれ、「冷凍系魔法で傷つかない」という特性ができるらしい。

 また、雪妖精にとっては、ただの氷ですら傷ついた身体への治療薬の代わりになるので、その方面の効果も期待できるとのこと。


 (そ、そういうことなら……いただいちゃってもいーのかな?)


 薄絹のドレスを脱いだゲルダの裸身はとても綺麗だったが、それでも未成熟な印象は禁じえない。


 普段の予想(というか妄想?)通りにペッタンコな……けれど、初めて会った頃から比べれば多少のふくらみを見せている胸。

 そのささやかな変化は、今後より歳月をかければ、三国一の美女として知られるかの我らが女王様の如く、豊かな隆起へと成長してくれるのではという期待を抱かせてくれる。


 「ちょっと! こういう時に他の女性のことを考えるのはマナー違反よ?」

 おっと、こりゃ失礼。

 仰向けになったままの俺は、俺にまたがるゲルダの胸にソッと手を伸ばし、やさしく揉みほぐす。


 「んっ……」

 ゲルダの鼻から、今まで聞いたことのないような喘ぎが漏れる。


 (ちっちゃくても……女なんだなぁ)


 頭では分かっていたつもりでいたことを目の前で改めて再確認して、俺はあり得ないくらいに興奮していた。

 いや、もしかしたら「死」に瀕した身体が本能的に子孫を残そうと奮起しているのかもしれない。


 「うそ……想像してたのより、ずっとおっきぃ…………」

 ゲルダが息を飲む。男にとっては嬉しい台詞だが、俺のはせいぜい人並み。まぁ、妖精族とは体格が違うからな。


 「それとゲルダ……「想像」、してたんだ?」

 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべて見せると、ゲルダは顔を赤くして目をそむけた。


 「わ、悪いかしら? 私だって女ですもの。恋人の男性と……その、結ばれることを想像くらいするわよ!」


 顔を真っ赤にして反論する彼女を残された力で精一杯抱きすくめ、再び口づけを交わす。


 「じゃあ──いくぞ、ゲルダ」

 「ええ、キて、ケイン」


 ……

 …………

 ………………


 「ゲルダ………ゲルダ、げる、だぁ!」

 「ひうン! ぐぅ……あぁっ……け、いん」

 「ゲルダ……すまん……出るッ」

 「いい、わ……そのまま……あぁ……あつぅい……」


 そうして、彼女の体内に思いのたけを吐き出し続ける俺に、ゲルダが唇を重ねてきた。

 その瞬間、スウッと意識が遠くなり……不甲斐ないことに俺は昏倒してしまった。

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