二章 十節


 レオは死神の子だった。


 一卵性の双子の兄が居た。母の死神の胎内に居る間、兄は死神の子として順調に育ったが弟のレオは不完全な子として育った。


 レオを見限った母は死神として見込みのある兄を連れて産褥期にも関わらずレオと伴侶の許から姿を消した。


 レオの父は妻が死神である事を知らなかった。妻と同じ色の左眼を嵌めたレオを育てつつ仕事に勤しんだ。しかし心労がたたって床に伏した。


 病床の父を幼いみぎりのレオは覚えていた。大きく頼もしい父の体は嵐に薙ぎ倒された古木のように寂しいものに変わり果てていた。かつて自分を抱き上げた逞しい腕はフライドチキンの骨を偲ばせる程に痩せ細り、悪戯を見つけては叱った声は嗄れ、瞳は生気を失いぼんやりと遠くを眺めていた。


 その日もレオは病床の父を見詰めていた。日射しが降り注ぐ温かい日だった。


 病室である寝室は病人の吐く息と薬の臭いで淀んでいた。


 春を少しでも感じて欲しいと窓を開け、ベッドで眠る父の側でレオは詩を音読する。父の呼吸も穏やかで遠くでヒバリの歌声が聞こえる長閑な日だった。時折萌黄のカーテンを風がはたと捲る。その度に隣家の庭に咲く菜の花の香りが部屋に広がった。


 レオが擦り切れたページを捲るとカーテンが大きく捲れた。


 一節を声に出そうとしていたレオは言葉を飲み込む。


 おかしい。風が吹いてもないのにカーテンが捲れた。風が吹いたのなら菜の花の香りが運ばれる筈だ。だのに何の変化も無い。


 ……もしかして泥棒?


 レオは恐る恐る窓を見遣った。


 萌黄のカーテンの側には女と少年が佇んでいた。そこに居るのがさも当然であるかのように。青白く光る一等星のような瞳を嵌めた女は病床の父を見下ろしている。女の影に隠れるように佇む少年はレオよりも随分と年上に見えたが同じ顔をしていた。しかしレオとは違い、両眼窩とも青白く光る瞳を嵌めていた。彼らは右手が爛れていた。


 レオは眼を見張る。


 するとレオの視線に女と少年は気付いた。


 右眼窩に嵌められた蜜色の瞳、左眼窩に嵌められた一等星のような瞳に見詰められ、女は声を失った。それに気付いた少年はレオに声を掛けようと口を開く。しかし女に肩を叩かれると口を噤んだ。


 少年は女を見上げる。女は首を横に振ると病床の父を指差す。少年はベッドを見遣ると再びレオを見詰めた。女は少年の肩を叩き、それを咎める。


 小さな溜め息を吐いた少年は頷くとベッドへ歩み寄り、掛け布団を優しく剥いだ。


 少年は爛れた手を父に翳す。


 爛れた手を真横に振ると掛け布団に両手を押し付けた。そして女を見遣る。女は瞳を閉じて小さく頷いた。頷き返した少年はレオを見遣る。


 レオは少年を見詰めていた。


 少年は悲しそうに微笑むと女が既に去った窓に足を掛ける。


 するとドアが開き、誰かが入室する。往診の医者だ。


 医者は枠に足を掛けた少年が居る窓を見遣る。


「おや。窓が開いている。……閉じてくれないか、レオ」


 レオは医者を見詰める。……少年がいるのにどうして気付かないのだろうか。


「……レオ? どうしたんだい?」


 レオは首を横に振る。


 するとレオを見遣っていた少年は窓から姿を消した。


 数分後、医者によって父の死亡が確認された。


 レオは父の兄であり奇術師の伯父に預けられた。その世界でそこそこ名の通った伯父は伴侶はおろか定住の家も持たなかった。しかし子煩悩でレオを大層可愛がった。大抵なら跡継ぎにしたい、と奇術を仕込むところだが伯父はレオの意志を尊重した。趣味も興味の対象もレオには無かったが、様々な国を点々と移る暮らしはとても気に入った。その所為か旅先の言語を操るのが得意になった。


 ある晩、ショーが捌けた後、レオは伯父とダイナーへ食事に出掛けた。


「お前は何も欲しがらないな。お前の為に家を買う事も出来るのに……」ビールを呷った伯父はゲップ混じりに溜め息を吐く。


「充分良くして貰ってるよ」レオはハンバーガーの付け合わせのフレンチフライにマヨネーズを掛ける。


「また年に似合わぬ模範解答か。夢魔と人間の子である魔術師マーリンかと想う程お前は賢い。その年で俺のマネージャーをこなすくらいだからな。しかしな二人の時に遠慮はやめろ。詰まらん答えは聞きたくない」丸まると肥えた伯父はレオの皿に盛られたフレンチフライを摘まむ。


 レオは肩をすくめる。


「優等生ぶってる訳じゃないよ。色んな所に連れてって貰ってる。すんげぇ面白いよ。見聞が広がる。……マジシャンの跡継ぐ気なんて無いのに悪いね」


「気にするな。俺の代で終らせる。その方が幻想的だろう? しかし学校行かせていないのはなぁ……。選択科目でラテン語を学ぶ年齢だろう?」


「本で学んでるからいいよ。授業なんか受けても進捗がのろまで欠伸しか出ない。自学自習している方がさっさと修得出来る」


「ふん、そうか」指に付いた塩粒を舐った伯父は再びフレンチフライに手を伸ばす。


 レオはハンバーガーの皿を伯父に寄せた。


「それにしても……お前は将来、どうやって喰って行くつもりだ? ずっとマネージャーって訳もいかんだろう。その賢さは他で使うべきだ。せめて義務教育を修了しないと色々と難しいぞ」


「学校なんて詰まらないだけだよ。教科書や本を読めば三日でその学年の範囲を修められる。三日で分かる事を一年もかけて学ぶなんて退屈過ぎる。世界中のスーパーに並ぶミックスベジタブルからマメとニンジンとコーンを選り分ける方がまだ刺激的だね。それに集団生活なんて窮屈過ぎて死んじゃうよ」


「俺よりも……いや他の誰よりも賢いし変な道に逸れないからこの生活させてるんだからな。……しかしなぁ俺の養父って立場がなぁ。役人もうるさいしなぁ」


 苦笑を浮かべたレオはウェイトレスにビールとフレンチフライの追加注文をすると話題を変える。


「それよりさ、奇術で人を殺せる?」


 ハンバーガーを貪っていた伯父は誤飲し、噎せる。たるんだ胸を叩き、呼吸を整える。叩く度、シャツと共に豊満な肉が波打つのでレオは笑いを堪えた。


「なっ何を言い出すかと想ったら……!」顔を真っ赤に染めた伯父は眉を吊り上げる。


「俺が殺したいって話じゃないよ。父さん亡くした俺がそんな事想う訳ないだろう?」


 眼に涙を浮かべた伯父は鼻を鳴らす。


「まあ……お前はそんなタマじゃないしな」


「ってか昔見たんだ……」


 レオは父を亡くした日に窓辺に現れた女と自分に似た少年の話を紡いだ。


 口を挟まず話を聴いていた伯父は溜め息を吐く。


「賢いお前がそんな事を言うとはな」


 レオは視線を逸らした。


 腕を組んだ伯父は視線を上げて考える。


「……子連れって事はもしかしたら嫁さんかもな」


「……理解ある振りなんてしなくていいよ。 ……母さんってどんな人だった? お産の時に死んだって聞いてたけど」


「あれは嘘だ。良い機会だから話しておく。……産褥期にも関わらずお前とバーニーを置いて双子の兄貴抱えて蒸発しちまったんだよ。床上げにも満たないってのによくやってのけたモンだ。それこそ奇術のように綺麗さっぱり消えちまった」


「どんな人だった?」


「会ったのは結婚式だけだったな。別嬪だった気がするが影が薄くて素性もよく分からん、家族も居ない、変な女だった。それこそこの世の者とは想えない程、存在感がなかったな。内気な性格なのか人前に出るのを嫌がる女でな、バーニーの話じゃ挙式すら嫌がったそうだ」


「父さんが無理矢理ウェディングドレス着せたって?」レオは苦笑する。


「みたいだな。揉めた話はそれくらい。その頃の俺は今と変わらず世界中を飛び回っていたからな。詳しい話は知らんさ」


「ふうん……。幽霊か死神みたいな存在の母さんが殺したって事は?」


 伯父は苦笑を浮かべる。


「お前、時々怖くなるよ。幽霊が人殺しするなんてな」


「可能性として聞いているだけだ」


「奇術や事象ってのはな、必ず科学的な説明がつくんだ。原因があるから結果がある。あやふやな原因は原因じゃあない。それは俺よりも遥かに賢いお前の方がよく分かってる筈だぞ」


 数ヶ月後『やはり義務教育は修めておきなさい。役所からこってり絞られた』と伯父が泣きついたので、レオは本国に戻り学校へ通った。予想通り、レオにとって学園生活は退屈であり幼稚なものであった。賢く大人びたレオを教師達は疎んだ。普通の子供より抜きん出て賢いレオをおだてたり茶化したり訝しむ。そんな態度をとる大人達にレオは登校初日で疲れてしまった。


 しかし担任ではないが良い教師に恵まれた。一年前に赴任した小説家崩れの文学教師だった。


 出会って間もない頃、文学資料を取りに来たレオに老教師は声を掛け世間話をした。レオは焦った。生徒の間でも彼が同性愛者である話は有名だったからだ。男子生徒に対する老教師の物腰は女子生徒に対するものより優しい。『ここに赴任したのは前の学校で男子生徒に手をつけたからだ』と噂が流れていた。根も葉もない噂こそ賢いレオは信じなかった。しかし老教師が同性愛者である事は真であった。準備室には自分と老教師しかいない。早くこの場から立ち去りたい、とレオは視線をそわそわ彷徨わせた。


「……取って喰おうなんて想っていないから安心しなさい。異性愛者の君に好みがあるように同性愛者の僕にも好みがある。嗜好や思想がマイノリティだから異常であると決めつけるのは未熟で浅はかな者がする事だよ、天才君」老教師は苦笑する。


「失礼しました、ザック。しかし何故俺を引き止めるんです?」レオは問うた。


「……純粋に興味があるからだよ。それに僕は子供が好きだ。特に賢い子供の話は面白い。教師なんて立場じゃなければ天才の君を引き止めて話を聞けないだろう? 君に会えただけで赴任した甲斐があった。この学校も僕には窮屈だったからね」


 同じく窮屈に感じていたレオは同志を得て破顔した。


 老教師、もといザックは微笑み返した。彼はかなりの上背で男前であったが、美丈夫から若さだけを抜いたように髪が白かった。


 話す内にレオはザックの聞き方に引き込まれた。おだてる訳でもなく、訝しむ訳でもなく、嫉妬する訳でもなく、茶化す訳でもなく純粋に興味を持ち、話を聞いてくれる。これ程までに気持ちの良い事があるだろうか。心が安らいだレオは父が死んだ日の話を紡いだ。


「それは死神だろうね」ザックは呟いた。


「死神? 流石ぶっ飛んだ先生だ」レオは失笑する。しかし心の奥底では漸く現れた理解者を迎合した。


「笑うが良いさ。僕は真摯に君の話を聴いているし、真面目に答えているよ」薄い丸眼鏡越しにザックは眼を細める。


「そうだったね。ごめん。……どうして死神って?」


「僕が愛したひともそうだった」


 レオは長くしなやかな白髪を後頭部で結ったザックを見詰める。平然としたザックは話を続ける。


「彼は青白く光る不思議な瞳を嵌めていた。この世の者とは想えない程に美しい瞳だった。君の片眼とおなじように、ね。孤独な彼は文学を愛していた……だから余計に惹かれ合ったのかもしれない。よくパブで文学談義に花を咲かせたよ。……彼は酔うとおしゃべりでね。色々な秘密を教えてくれたんだ。美しい瞳の秘密もその一つさ。……仲間を、他の死神や他神族の神々、魔族を見る瞳だと言っていた。だから君が見た女性や少年が往診のお医者様に見えなかったのはその所為だと想うんだ」


「……秘密なのに喋っていいの?」レオは悪戯っぽく小首を傾げる。


「ダメだよ。ダメだからきっとバチが当たったんだ。……彼は僕の許を去ったよ」


「悲恋だね」


「そうだね。悲しくて美しいままの想い出だ。……だから彼を想い出しては君に話を紡げるのかもしれない」ザックは遠くを見詰める。


「ロマンチストだ」レオは微笑む。


「この話をしたのは君が初めてだよ」眼鏡を外したザックはレンズを拭きつつ静かに笑んだ。


「他に秘密は? どうやって人を殺すの?」


「……さあ? それを話したら僕までもが殺されかねないな」


「ふうん」


「ただ、死神には近付かない方が良い。不幸になる」


「恋が不幸だったって事?」


「いや幸福だったよ。しかし死神に愛されると何かを持って行かれる。……何を持って行かれたと想う?」


「……魂だったら先生は死んでるから……心?」レオは苦笑する。


「おや。君もロマンチストじゃないか。……あの時、死ねるなら死にたかった。そうしたらいつまでも共に居られたのかもしれない。……僕の場合は若さだったな」


「若さ?」


「……何も始めからこんなにくたびれていた訳じゃないさ」


「そりゃ生まれもって老人なんて運命の糸を紡ぐ女神達くらいじゃないか」肩をすくめたレオは苦笑する。


 悲しそうに笑み返したザックはデスクに放っていたクッキーの缶を皺だらけの手で開ける。そして引き出した一枚の写真をレオに差し出した。


 レオは写真を見詰める。自分と同じ色の瞳……青白く光る瞳を両眼窩に嵌めた男が上背の青年の肩に手を回している。仲睦まじそうな光景だ。隣で静かに微笑む美声年は髪も黒く、肌もピンと張ったザックだった。


 ……なんだ。若い頃の写真か? 片眉を顰めたレオは下方の日付を見遣る。


 二年前だ。


 レオは愕然とした。




 飛び級が認められ、レオは一年も掛けずに義務教育を修めた。養父である伯父の許に戻らずそのままハイスクールを数ヶ月で出て大学へ進んだ。仕事に就こうかと想った。しかし勤めるよりも学生で居る方が自由な時間を取れる。特に深追いしたい学問は無かったがまだ学ぶ事にした。


 卒業しても尚、レオとザックの交友は続いていた。ザックは自分よりも遥かに聡いレオを教え子として年下の友人として可愛がっていた。レオを見詰めるザックの瞳は優しかった。自分の子供を愛しいと想う慈愛の光が彼の瞳には宿っていた。


 老と若さを合い持ち、穏やかで賢く素直で純粋なザックにレオは安らぎを覚えた。兄や父はこのようなものなのだろうか、とぼんやり想う程だった。


 時々会っては近況を零し、人生相談を持ちかけていた。ザックには新しい恋人が居た。若いがザックに似た雰囲気を漂わせていた。二回に一度は彼を交えて話をした。レオは心根の優しいザックの恋人にも心を許した。シトリン色の瞳が知の泉のように輝くもの静かで心根の優しい男だった。ザックの恋人であるボリスはレオを我が子のように可愛がった。レオは家族が二人も増えたように感じた。


 穏やかな日々が続いた。しかしそれをある事件が破る。


 ボリスが逮捕された。少年に対する連続暴行、殺害の容疑で身柄を拘束された。無論、身に覚えの無い罪だ。老教師をはじめ、レオも彼の無罪を信じて疑わなかった。


 しかし世間じゃそれを許さなかった。ザックに初めて会ったレオ同様、警察も世間もマイノリティに対して偏見を持っていた。マジョリティの思想や嗜好からかけ離れても罪を犯す訳でないし、性の対象が誰でも良い訳でもない。弁護士を雇い、それをザックやレオが法廷で説いても検察はおろか、被害者遺族や裁判官にも通じなかった。


 レオはセクシャルマイノリティ団体と共に啓蒙活動を行い、伯父のチャリティステージに同行しては演説した。少数だが理解を示す者もいた。しかし長年定着した考えは簡単に払拭出来ない。そして何よりマジョリティにとってこの事件は対岸の火事だ。一時関心を示しても火の粉が降り掛からないので忘れ去られる。レオは唇を噛んだ。


 心労と疲労で骸のように成り果てたザックと憔悴し切ったレオは夜のカフェで幾度目かの作戦会議をした。駅前の二十四時間営業のカフェは客が少ないので頻繁に会議に利用していた。いつものテーブル席に向かい合って座す。しかし最近は愚痴の言い合いになっていた。


「……もうダメかもしれませんね」


 見る影も無く痩せこけ生気を失ったザックは呟いた。彼の瞳に光は無い。


 法廷での旗色は悪かった。明日の判決が見えているだけにレオは首を横に振れなかった。


「よく頑張ってくれました、レオ。ありがとう」


「……礼を言われても嬉しくないよ。無罪が認められなければ意味が無い」視線を合わせられないレオは窓の向こうの夜闇を見詰める。焦点が外れると疲れ切った顔が映ったので瞳を閉じた。


「……レオ。多くの人間は『自分の理解を越えたものを受け入れない』ように出来ているんです。それが『差別』の根底なんです。理解出来ない、存在を認められない自分に非があらぬよう『不快である』『一般的ではない』『異常だ』とレッテルを貼り、遠ざけるんです」


「しかしそれはこれからの時代の正義ではない」


「私もそう思います。しかし自らに火の粉が掛からなければ危険を承知で啓蒙活動等、差別を覆す運動に加わりません」


 顔色が青ざめ疲労し切っていてもザックはポツポツと言葉を紡ぐ。声はいつもよりもか細かった。レオはテーブルに身を乗り出し耳を傾けた。


「理解を示しても大きな勢力……差別する側に標的にされる事を恐れる者だっています。そんな人達を私達は責められません。私だって恐ろしいのですから」ザックは苦い表情を浮かべた。


 俯いていたレオは奥歯を噛む。


 すると風が通り抜けた。誰かが側を通ったらしい。


 このカフェで人と擦れ違う事なんて無いのに。レオは顔を上げる。筋骨張った男が足早に去るのが見えた。短く刈り込んだブロンドがライトに照らし出される。一瞬だが一等星のように青白く燃える瞳も見えた。男が纏う赤いライダースジャケットの袖から爛れた右手が覗いた。


「初めて他の客と擦れ違った」レオは呟いた。


 ザックはレオを見詰める。


「客?」


「気付かなかった? 軍人みたいに体格の良い男だったのに」


「いえ」


 鬼みたいにデカい男だったのに気付かなかったなんて……ザックは余程疲れているのだろう。レオは視線を落とした。


「……誰も通らなかったと想います。しかし風が吹きましたね。優しくて心地の良い風が……。頭を撫でられたような……」


「誰も通らなかった、とすれば風が吹くか?」


「……ありえませんね。僕もレオも疲れ切ってます。何かを勘違いしたのかもしれませんね」


 まさか。レオは両腕を組んだ。


 ザックは話を想い出し、再び鬱々とする。


「風と人を間違えるなんて……。風は万人に吹きます。誰を選ぶとも無く吹きます。しかし人は不公平です。口当たりの良い事しか受け入れません。苦くて嫌な真実はさっさと忘れてしまいます。多くの人々は『安心』を求めているんです。……少年に対する暴行、殺害事件は連続性がありました。『犯人が逮捕された』『もう心配しなくていい』と安心を欲しがるんです」


「……逮捕された男が濡れ衣を着せられた善良なる男でも?」


「人は……目先の安全、心の平安を手に入れるなら自らの手を罪に染めるものですよ」

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