祖母と、ピーマンのジャコ入りきんぴら
ふうふうごはん
第1話ある日の休日
ある休日の昼下がり、君は突然ジャコ入りのピーマンのきんぴらが食べたくなる。
昔、祖母が作ってくれたやつだ。祖母はだいぶ前に亡くなってしまったけれど、君がお腹をすかしているとき、おやつ代わりによく作ってくれた。
外は曇っている。
窓を開けると少し肌寒いが、君は部屋の空気を新鮮なものにしておくのが好きだから、開けておく。
垣根越しに、往来の音が聞こえてくる。
隣の寝室ではパートナーが昼寝をしている。昼寝が好きなのだ。
君は相手を起こさないように、静かにゆっくりと調理をする。
ピーマンのきんぴらは子供の頃はあまり好きではなかった。
君は肉が好きで、トンカツとか、すき焼きとか、豚の生姜焼きとか、わかりやすく味の濃いものを好んで食べた。
夕飯のおかずのメインが肉でないときの君は、ムスッとしながらさも不服そうにご飯を食べた。
そんな君を見て祖母は「色んなものを食べないとしっかり生きていけないわよ」とよく言った。
それでも肉や、濃いスナック菓子を好んで食べる君のために、祖母は事あるごとにジャコ入りのピーマンのきんぴらを作った。
祖母いわく、ピーマンとジャコは栄養満点だから偏食の君にはちょうどいいだろうとのことだった。
こう毎回同じきんぴらを食べさせられるのも体に悪いんじゃないかという気がしたが、味がしみたジャコはご飯のおかずにはなったので我慢して食べた。
君はいつも祖母が作ったものを食べているだけだったが、一度だけきんぴらを作るのを手伝わされたことがある。
「あんた、私がいなくなったら自分できんぴらを作らなくちゃなんだから」
と祖母は言った。
君は「もう一生分のピーマンのきんぴらを食べたからいいよ」と言いたかったが、こういうとき祖母の言うことを聞かないと、祖母はひどく悲しそうな顔をするので黙って手伝うことにした。
祖母はきんぴらの作り方には2つポイントがあると言った。その2つさえ守れば美味しく作れるんだと。
1, ジャコはカリカリになるまで炒めるべし。
2, 調味料として使う酒は本物の日本酒にするべし。
たったこれだけ。あとは好きな味付けにするがよろしい。
「簡単だね」と君は言った。
「そうでしょう? あまり料理ができなくても簡単に作れるのよ」と祖母は言った。
そして「このきんぴらをたまに食べておけば病気知らずよ」と豪語した。
確かに祖母はあまり病気はしなかったし、どこか悪いところがあるわけでもなかった。その年齢の人間としてはけっこうな健康体だったと思う。
このきんぴらが健康維持に役立っているようには、君にはあまり思えなかったが、きっと祖母にとってのジンクスのような料理なのだろうと思った。
この料理にどんな思い出があるんだろうか?
君はその質問が喉元まででかけたが、なんだか話が長くなりそうだったので、黙々ときんぴらを作る祖母の横顔を眺めるだけにした。
祖母の顔には無数のシワがあって、そのシワの影には君のしらない祖母の秘密がいくつも隠されているような気がした。
祖母がいなくなって、君が初めて自分できんぴらを作ったのは祖母が死んでから何年もたったあとだった。
祖母を思い出したとか、特に食べたくなったからというわけでもなく、家にたまたまジャコとピーマンしかなかったという理由で。
君は祖母が料理していた光景をなんとなく思い出しながら、作ってみた。
ジャコはカリカリに。日本酒は贅沢に八海山を使った。
なんとも美味しそうに出来上がったピーマンのきんぴらを、君は当時付き合っていた人と一緒に食べた。
相手は「これすごく美味しいね。なんだか田舎のお母さんの味みたいな」と言った。
「栄養満点でしょ?」と君は言った。
それから定期的に君はきんぴらを作ってきた。ふと食べたくなるのだ。
そして今日も食べたくなった。だから作っている。
今回も美味しそうだ。
昔はこういう料理の良さがわからなかった。
でも、もしいまでも祖母が生きていて、そしてもし君にこのきんぴらを作ってくれたら、君は喜んで食べるだろう。今では肉よりもこういうおかずが好きなのだ。
君は祖母が作ってくれたきんぴらの味をなんとか思い出そうとするが、うまく思い出せない。
そのかわりに、あのとき眺めた祖母の顔の無数のシワが思い浮かんでくる。
そのまま考え続けるとシワのイメージで頭を埋め尽くされてしまう気がしたので、君は諦めて、目の前のきんぴらに集中する。大事なのはいまこのきんぴらを美味しく作ることなのだ。
君は出来上がりを皿によそって、一人で食べてみる。
うん、おいしい。今回も美味しくできた。
隣の部屋で寝ているパートナーが起きてきたら、食べさせてあげよう。と君は思う。
なんと言っても、これさえ食べていれば病気知らずでいられるのだ。
祖母と、ピーマンのジャコ入りきんぴら ふうふうごはん @huuhuugohan
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