第219話 呼び出し

 昨日はあのまま親子喧嘩に発展しそうだったから、退室することを大声で述べてから、


「あとはご家族で話し合ってください。」


 と言ってオリフィエル邸まで逃げ帰ってきたよ。謁見の間を出るときの宰相閣下の「見捨てるのか!?」と言わんばかりの視線も無視したよ。


 そして20日木曜日、シントラー伯爵領へ戻ろうと思って朝食を終えて帰る準備をしていると、扉がノックされる。「どうぞ。」と声をかけると執事長が困り顔で入ってくる。嫌な予感しかしないね。


「ガイウス様、近衛兵がお迎えに来られました。」


「・・・王城に来いってことかな?」


「恐らくは・・・。」


 僕は大きなため息をついて言う。


「メイド長を呼んでもらえる?着替えるよ・・・。ああ、あと今回も誰もついて来なくていいからね。」


 ここは諦めて相手の言う通りにしよう。王族から恨みを買えば面倒だしね。


 十数分後、今回は軍の礼装に着替えたよ。前回の話しがそういう話しだったしね。玄関ホールを出て、馬車止まりで兜を左脇に抱えて整列している近衛騎兵さん達の所へ向かう。僕を視認すると一斉に敬礼をしてくるので答礼する。隊長さんらしき女性の人が一歩前に出て、


「先触れ無しの急な訪問で誠に申し訳ありません。王太子殿下よりガイウス閣下を早急に王宮へお連れするようにとのご命令を受けましたので、お迎えに参りました。小官は近衛第3軍第1連隊第3騎兵小隊長を務めておりますアポレナ・マフーと申します。準男爵位を賜わっております。」


「貴官が気にすることではないさ。さて、聞き間違いで無ければ“王城”では無く“王宮”へとのことだったが、事実かね?」


「はい。王太子殿下よりの直々のご命令であります。王宮まで速やかに移動できるように、王家の家紋入りの馬車をご用意しましたので、そちらをご利用ください。」


「承知した。」


 そう言って馬車に乗り込む。すると、アポレナさんが不思議そうな表情で聞いてくる。


「閣下、従者の方はどちらに?」


「ああ、今回は連れてきていない。私1人だけだ。」


「なるほど。了解しました。では、出発します。」


 高位貴族が従者を伴っていなかったら不思議に思って当然だね。でも、自惚うぬぼれではないけど、僕を殺せる人なんてそうそういないからね。馬車に揺られながらそんなことを考える。護衛が騎兵だから馬車の速度も速くすぐに王城についた。


 さあ、ここからが僕にとって未知のエリアだ。王族の住まい、王宮。そこに直接呼ばれるなんてよっぽどのことだからね。でも、昨日のことの続きなら疑問だけどねぇ。


 そんなことを考えていると、馬車が止まり、扉がノックされて開かれる。


「閣下、到着いたしました。此処からはわたくしのみがご案内いたします。」


「頼んだよ。アポレナ卿。」


 アポレナさんの後ろをついて行って王宮へと足を踏み入れる。入り口では門番の近衛兵さんによる身体検査が行なわれて、剣や魔法袋を預ける。近衛騎兵のアポレナさんも同様の扱いみたいだね。


 そして、着いちゃったよ。王太子殿下の私室。あー、嫌だなぁ。そんな僕の想いとは裏腹にアポレナさんが扉をノックする。


「近衛軍アポレナ・マフー準男爵であります。ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下をお連れいたしました。」


「入れ。」


 入室の許可が出るとアポレナさんが扉を開ける。彼女はここまでみたいだね。小さな声で礼を言い、室内に入る。エーヴァルト王太子殿下とヒルトルート姫がソファに腰掛けている。僕は軍の敬礼をしながら、


「ガイウス・ゲーニウス、只今、到着いたしました。」


 と報告するように言う。


「そう固くならんでもいい。そこに立ったままなのはいかんな。そこに座りゆっくりとしたまえ。」


 王太子殿下は自分たちの対面のソファを指差し、僕は指示通りに腰掛ける。すぐにメイドさんが紅茶を淹れてくれる。それを確認すると王太子殿下はメイドさんに対して言う。


「クヴェタ、室外で待っていてくれ。」


 クヴェタさんは一礼をして部屋から出て行く。


「さて、昨日さくじつはみっともない姿を見せてしまったな。申し訳ない。それでだな、妻も交えて娘と話し合ってみた。心配ではあるが、娘の意思を尊重したい。」


「ヒルトルート様もよろしいのですか?王族としての生活は保障できませんが。」


 そう言って、ヒルトルート姫に視線を向ける。姫は頷き答える。


「覚悟の上です。お願いいたします。」


 その言葉と同時に親子2人で頭を下げる。あーあ、一番面倒なことになってしまったなぁ。でも仕方ないね。ボブ達教官組にはしっかりと絞ってもらおう。あ、島津隊と呂布隊、レンジャーからも教官を選んでもいいかもしれないね。


「どうぞ、お顔をお上げください。これより、実務的内容の話しをしたいのですがよろしいでしょうか?」


「うむ、お願いしよう。」


「まずは、いつ頃にゲーニウス領に?」


「近衛の龍騎士ドラグーンで29日の土曜日には。」


「従者はどうなさいますか?」


「一兵卒として扱って欲しいのでつけないつもりだ。騎士科でも野営について学んでいるはずだからな。」


「ええ、1人で大丈夫ですわ。」


 なんとも、まぁ、剛毅な姫様だね。


「わかりました。騎士科を修了されておりますので、下級指揮官待遇といたします。錬成終了後に配属を希望される部隊はございますか?」


「どの部隊でも構いません。教官陣が見出してくれた適性通りの部隊に配属されれば満足です。」


「後方支援部隊の可能性もありますよ?」


「戦争になったら、前線も後方も危険性は同じでしょう?前線を支えるという意味では狙われやすい部隊でもありますから。」


「承知しました。戦についてよく学んでおられますな。」


「ええ、勿論ですとも。」


「それでは、お覚悟も決まっているようなので、私から教官陣へと一筆添えたいのですが、書く物をいただけませんでしょうか?魔法袋は門で預けましたので。」


 僕がそう言うと王太子殿下が立ち上がりながら言う。


「すまん、すまん。気が回らんで。私も卿と同じように緊張していたようだ。」


 そして、書き物の一揃いを応接机に置く。僕はお礼を言いながら、代官のヘニッヒさん宛とシンフィールド中将宛、ボブ宛の3通を書く。ボブ宛には島津隊と呂布隊のことについても触れておく。そして封筒に封蝋印を押して完成だ。


「1つは現在、私の代わりにゲーニウス領をまとめている代官宛です。残りの2つは教官とその上官宛となっています。ま、紹介状のようなものです。私は先日の海戦の後処理がシントラー伯爵領で残っておりますので、ご同行はできません。」


「ありがとうございます。ええ、ガイウス卿が帝国艦隊を破ったというのはわたくしでも知っていますわ。紹介状についてはありがたく。」


 そう言って、姫様は大事に紹介状をしまいこむ。それを見届けて口を開く。


「不敬かとは存じますが、本日の御用事は以上でありましょうか?」


「うむ、そうだ。昼はどうする?準備をさせるが。」


「いえ、お気になさらず。」


「わかった。今日は、朝から急に呼び出してすまなかった。帰りも気をつけてくれ。クヴェタ、ガイウス卿がお帰りになられる。同行していた近衛を呼んできてくれ。」


 扉の前の気配が動くのがわかる。そして、すぐに戻ってくる。控えめなノックが響き、王太子殿下が入室許可を出す。メイドのクヴェタさんと近衛騎兵のアポレナさんが入ってくる。クヴェタさんはお辞儀をして、アポレナさんは敬礼する。


「アポレナ卿、しっかりとガイウス卿を送り届けよ。よいな。」


「はっ!!」


 なんでそんなこと言うかな~、王太子殿下。まぁ、言ってしまったことは取り消せないから、僕はアポレナさんと共に敬礼をして部屋を出る。そして、すぐに馬車に乗って王宮から離れる。


 んで、オリフィエル邸に到着。アポレナさんに今日のお礼を言って、銀貨の入った革袋を渡す。


「今夜、一晩くらいの小隊全員での飲み会をするだけの銀貨が入っている。まぁ、心づけのようなモノだと思ってくれ。朝早くからご苦労だった。」


「ありがとうございます。では、我々はこれで。」


 さて、厄介事が1つ片付いたね。もうお昼だよ・・・。あ、そうだ。お昼の準備をしてくれている間に、王都衛兵隊司令部にも顔を出しておこう。門番のダーフィットさんに渡した銀貨のことを司令官のアルフォンスさんに伝えておくって言ったからね。


 馬を常足なみあしで操りながら王都衛兵隊司令部へと向かう。王城方面だから帰って来た道を戻るような感じになっているけど仕方ないね。


 司令部庁舎の馬留めに馬を繋いで、庁舎内に入ろうとすると僕を確認した立ち番の衛兵さんが敬礼をしてきたのでしっかりと返礼する。軍装で来たのがマズかったかな?取り敢えず、受付に行ってアルフォンスさんに会えるようにお願いしてみよう。


「やあ、こんにちは。私はガイウス・ゲーニウス辺境伯。司令官のアルフォンス・リシャルト殿にお会いしたいのだが、いらっしゃるだろうか?」


「へ、辺境伯閣下!?少々お待ちください!!」


 そう言って、受付の人は階段を駆け足で登っていく。そんなに急がなくてもいいのに。


 アルフォンスさんはさいわい執務室にて作業中だったらしく、すぐに会えた。ヒルトルート様のことを除いて王都に来た理由を話して、門番のダーフィット分隊長に心づけを渡したことも話し、後ろめたいお金ではないことを証明しておいた。アルフォンスさんは怒りはせずにしっかりとした対応を褒めていたのでよかったー。

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