第203話 前哨戦

 フォルトゥナ教教会ネヅロン支部の応接室で司祭様のカルラさんと神父様のツェーザルさんに対して今回の救助隊への参加のお礼を言う。


「なにを仰いますか、ガイウス様。同じフォルトゥナ教の信徒を助けるために救助隊を事前に編成し、その栄誉ある役目を我々、教会に任せてくださるのは、まことに感謝しています。先程の礼拝堂での光景もフォルトゥナ様が、今回の事をお褒めくださったに違いありません。」


 カルラさんが言う。


「まぁ、救助隊のことはお知りのようで、似たようなことは言われました。」


「やはり!!あぁ、ガイウス様にお会いできて奇跡を目の当たりにできて、私は幸せです。」


 熱く語るカルラさんに、ツェーザルさんが苦笑いしながら、


「司祭様、そのあたりで。ガイウス様もお忙しい御身でしょうから、これ以上、我々が拘束するのもよろしくないのでは?」


「あら、そうね。ツェーザル殿、ありがとう。ガイウス様、お時間をとらせてしまい申し訳ありませんでした。」


「いえいえ、それでは、また。」


 僕はそう言って、教会を後にする。行政庁舎にいるツァハリアスさんにも挨拶をして、ヘラクレイトスと共にナドレンへと戻る。


 そして、海戦への準備が整い、帝国軍の進発を今か今かと待ち構えていると、7月10日月曜日。夕食を終え、みんなで閑談かんだんしていると、ジョージの通信機に呼び出しが入る。


「ガイウス卿、偵察に出ていたRF-4Cが帝国艦隊の進発を確認したそうです。現在、進行方向の確認のため、張り付いているそうです。」


 と、ジョージが報告してくれる。


「南下を確認したら再度の報告をするようにお願いして。それと、エドワーズ空軍基地にも爆装したF-15Eと給油機をいつでも飛ばせるようにと連絡しておいて。寝ていても起こしていいから。」


「了解しました。」


「ピーテル卿、海軍のほうへはお願いできますか?」


「国軍と領軍の両方へいつでも早馬を出せるようにしています。」


「わかりました。」


 さぁ、帝国艦隊は南下するのかしないのか。緊張するね。


 午前2時を過ぎたぐらいかな?部屋の扉がノックされ、


「ジョージ・マーティン中尉です。」


 と声をかけられたので、寝起きの声で、


「・・・入っていいよ。」


 と許可を出す。


「失礼します。ガイウス卿、帝国艦隊が進路を西進から南下を始めました。」


「・・・うん?・・・うん!!わかった。ピーテル卿に伝えに行くよ。ジョージはクリス達を起こして!!」


「了解。」


 寝ぼけた頭で最初は理解が追い付かなかったけど、すぐに目が覚めて脳が動き出す。ピーテルさんにも早く伝えないと。ピーテルさんの寝室をノックする。


「ガイウスです。ピーテル卿、起きていますか!?」


 すぐに扉が開かれて寝間着姿のピーテルさんが現れる。けれども、ハッキリとした口調で尋ねてくる。


「帝国が動きましたか?」


「はい。南下を始めたそうです。」


「わかりました。すぐに着替えます。国軍艦隊司令部、領軍艦隊司令部に早馬を出します。閣下もお着替えをなされたほうがよろしいでしょう。10分後にエントランスに集まりましょう。」


「わかりました。」


 部屋に戻ると使用人さん達が待っていた。手伝ってもらいながら寝間着から艦隊総司令官用の軍服に袖を通す。軍帽を左脇に抱え、左腰には軍刀をく。鏡の前で乱れが無いかを確認して、使用人さん達にお礼を言ってエントランスに向かう。


 エントランスには海軍服姿のピーテルさんと騎士服姿のタンクレートさん、それと、完全装備のジョージとアントンさんがいた。クリス達はまだみたい。


「遅くなって申し訳ない。」


「いえ、閣下。我々も今来たところです。今、馬車の準備をしておりますので、クリスティアーネ様達が参られた時には出発の準備は整うかと。それと、今しがた、戻ってきた早馬が預かりました国軍艦隊司令のマヌエル殿からの書簡です。」


「確認させてもらおう。」


 封筒を受け取り、中身に目を通す。そこにはただ一言、「いつでも出撃可能。」と書かれてあった。簡潔でいいね。中身を戻し、封筒を内ポケットにしまう。そうしているうちにガチャガチャと金属同士がぶつかり合う音が聞こえてきたので振り返ると、完全装備のクリス達がマヤさんの先導で階段を下りてきているところだった。


「これで、全員揃ったかな?」


「はい、閣下。馬車の準備もできております。」


「よし、では行こうか。マヤ殿、ピーテル卿とタンクレート殿をお借りする。」


 僕がそう言うと、マヤさんは深く頭を下げて、


「はい、閣下。タンクレート、しっかりとなさいね。皆さま、どうかご無事で。」


 そう言って送り出してくれた。


 馬車が車列を作り、深夜のナドレンの街を軍港へ向かって走って行く。それぞれの馬車が四隅にランタンをぶら下げてあるので、もし、通行人がいたとしても音と明かりで気付ける。そして、勿論、無事故で軍港に着いた。


 軍港では、国軍艦隊司令のマヌエルさん、金剛型高速戦艦4番艦“霧島”艦長の岩淵大佐、そして、今回の総旗艦を務めるオーラフ級“ヴァルター”艦長のマウリッツさん(あ、マウリッツさんは平民出身だよ。)の3人が出迎えてくれた。彼らの後ろでは出港準備のために各船、各艦に明かりがともり、もやい綱を収納し、離岸作業に入っている船もいた。


 僕たちは馬車を降り、敬礼してくれている3人に僕が代表して答礼し、短く言う。


「おはよう諸君。待ちに待った時が来た。今こそ帝国艦隊を完膚なきまで叩き潰し、海の藻屑としてくれよう。それでは、出港する。」


「「「了解。」」」


 3人が返事をし、敬礼を解くと各々の船、艦に戻っていく。


「マーティン中尉、ついてきたまえ。」


「了解です。大佐。」


 岩淵大佐とジョージは“霧島”の内火艇に乗って“霧島”へ。マヌエルさんは国軍艦隊旗艦カトリーン級大型帆船“ユディト”へ。そして、僕たちはマウリッツさんの案内で“ヴァルター”へと向かう。【風魔法】を使いヘラクレイトスへ言葉をかけるのも忘れない。最近は、細かい操作もできるようになってきて真っ直ぐだけではなく、地形に沿わせたり障害物をさけたり等して声を届けることもできるようになったよ。


「『ヘラクレイトス。今から出港するから、エドワーズ空軍基地に戻って、子供以外の飛龍ワイバーンを連れて、以前教えた場所で待機しておいて。』」


 よし、これで大丈夫。【遠隔監視】でヘラクレイトスの様子を見ると、声が届いたのか、すぐにゲーニウス領に向かって飛び立った。その後に声が届く。


『承知した。』


 流石は空の覇王、飛龍王ワイバーンロード。【風魔法】はお手の物ってね。“ヴァルター”の艦橋に着くと、マウリッツさんが僕を見てきたので頷き、【風魔法】で全艦隊に行き渡るようにして言う。


「『出港!!シントラー領の海軍戦力と合流し、帝国艦隊を迎撃する!!』」


「「「「「「オオ!!」」」」」


 雄叫びが聞こえて、戦隊ごとに出港を始める。“ヴァルター”は先頭を行く。貴族の指揮官が先頭で戦うのは当たり前のことだからね。


 オリフィエル領からシントラー領へ入ると、“霧島”、“青葉”、“夕立”、“綾波”は作戦通りに一旦分かれる。通信はジョージが担当して、AWACSが中継して僕へと届くようになっている。


 出港してから約半日が過ぎた頃に全船がシントラー領領都ネヅロンの沖に着いた。僕の【水魔法】で海流を作って速力を上げていたからね。さて、シントラー領海軍、国軍艦隊共に出港の用意は出来ているようで、軽い打ち合わせを各指揮官として北進を開始する。また、エドワーズ空軍基地に通信して、ルーデル大佐の部隊と給油機を動かす用意をさせる。


 出港から1日半が過ぎて、7月12日のお昼過ぎ。ネリー山脈の西端、エルカン岬沖に布陣する。敵を包み込むような“三日月陣”で待ち構える。敵と最初にぶつかる両翼の端は国軍艦隊が引き受けてくれた。さらに中段の両端には戦闘艦隊から距離を置いて教会が運用する救助艦隊が待機する。勿論、此処までの移動にも僕の【水魔法】を使ったよ。


 そして、上空で哨戒飛行をしているP-8から通信が入る。


『帝国艦隊は現在、エルカン岬から50km地点を通過。速力約11ノット。隊形は横陣。西部方面艦隊旗艦であるレオニード級超大型帆船“ピョートル”は後方中央。隊列は・・・。バラバラです。』


「『了解。高度に気を付けながら接敵を続けるように。』」


『了解。』


 【水魔法】や【風魔法】による補助はしていないみたいだね。見張り台から目視できるまで、あと2時間ぐらいはかかるかな。しかし、相手の指揮官は臆病だね。数ではまさっているのに。でも、報告された陣形と隊列だと、とにかく数で押し潰す気らしいね。


 そして、2時間と少しったときに、


「左翼の“アエミリア”から手旗にて報告。“帝国艦隊見ユ”以上です。」


 その報告に艦橋に緊張が走り、僕は全艦隊に聞こえるように【風魔法】を使う。


「『左翼が帝国艦隊を発見。全船、合戦用意!!』」


 さらに、ジョージにも通信を入れて、“霧島”ら4隻を動かす。


 艦隊が移動し、帝国艦隊と正対する。“ヴァルター”の艦橋からも敵の船のマストが見える。5kmを切ったかな?


「敵艦隊、速力を落とさずそのまま突っ込んできます!!」


 マストに上がった見張り員さんが報告してくれる。両翼の国軍艦隊には無理をせずに作戦通りに後退するように再度伝える。マヌエルさんとホベルトさん、無茶をしなければいいけど。


「敵艦隊より、両翼へ攻撃が開始されました。」


 見張り員さんの言葉に艦橋に緊張が走る。そして、僕は命令を下す。


「艦長、“ヴァルター”前進。他艦にも追従するように下命。敵に一撃を食らわせたら、後退だ。作戦通りに殿は我々とする。」


「了解。帆を張れ!!全速で敵艦隊へ突っ込む。僚艦への指示を忘れるな!!」


 マウリッツさんの声が響き渡る。“ヴァルター”を含めたシントラー・オリフィエル両艦隊は僕の【水魔法】でグングン速力を上げ、敵艦隊へ接近する。


衝角攻撃ラムアタック隊の速力を上げる。また、【風魔法】で障壁を作ろう。」


 そう言って、すでに障壁を展開していた国軍海軍以外の全艦分の障壁を作り、“ヴァルター”を含めた衝角攻撃ラムアタック隊の速力を【水魔法】で上げる。20ノットくらいは出ているんじゃないかな。“ヴァルター”を先頭に衝角攻撃ラムアタック隊が、こちらの急接近に慌てている敵艦隊に肉薄し、弩砲や【魔法】を撃ちながら衝角攻撃ラムアタックを仕掛ける。


 ドンッと大きな衝撃が“ヴァルター”の船体を揺らす。敵のアーラ級大型帆船の横っ腹に衝突できた。すぐに【水魔法】を使い、“ヴァルター”を後退させる。アーラ級の左舷下方には大きな破孔が開いており、そこから海水が船内へ流れ込んでいた。数分もしないで、アーラ級は侵入してきた海水と自重とで横転し、沈み始める。さて、前哨戦の始まりとしては幸先がいいんじゃないかな。

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