第201話 海戦の準備・その4

 “夕立”と“綾波”の2隻と合流してナドレンに帰投したのは16時過ぎになっていた。軍港では1隻撃沈、2隻を拿捕ということで捕虜のリストの作成に受け入れ準備にと、てんやわんやとなっちゃった。


 426人の捕虜を収容する場所をどこにするかで、議論になったけど、休日でまったりと自宅で過ごしていた国軍艦隊司令官のマヌエルさんをゲーニウス辺境伯の名のもとに軍港まで召喚し、ピーテルさんとの了承を得て、軍港内に僕が用意することにした。3階建ての兵舎を【召喚】して、その周りに鉄柵を【召喚】し、四隅には見張り台も【召喚】する。パパッとできたので夕食前にはイリダルさん以外の捕虜を収容出来たよ。


 ちなみに、夕食は国軍と領軍の主計科の皆さんが頑張ってくれて人数分用意できた。主計科には臨時報酬を出すようにするみたいだね。


 イリダルさんは貴族だから、空いている上級士官室を割り当てることになった。士官と云ってもエシダラの各国の軍はアメリカ軍みたいにしっかりと分けられていることは無くて、総司令官、司令官、将軍、上級士官、下級士官、上級兵、下級兵みたいな大雑把な感じでしか分けられていないんだよね。そこに、領主や貴族、専門職の騎士とか龍騎士とかが入って細分化されるんだけどね。まぁ、アメリカ軍のような明確な階級制度は龍騎士ドラグーンの錬成が終わると同時に徐々にしていくつもりだよ。


 “霧島”、“青葉”、“夕立”、“綾波”の4隻にはそれぞれ僕名義の感状と報奨金を送った。今の僕に出来るのはこれぐらいだからね。報奨金を使って街で羽を伸ばしてくれれば嬉しいね。


 そして、僕は今、お泊りさせてもらっているピーテルさんのお屋敷の一室でクリス達に囲まれている。罪状は人妻のマヤさんに色目を使ったこと。いやいや、使ってないよ!?褒められて嬉しかっただけだよ!?確かにマヤさんは綺麗だけど、ピーテルさんの奥さんで、僕より年上の息子さんもいるんだよ!?ちなみに、すぐにアントンさんは僕を置いて逃げた。うぅ、薄情者~。あ、ジョージは戦闘後の“霧島”ら4隻をもっと見たいと言ってそっちに行っちゃった。仕方ないね。


 そんなこんなで、夕飯抜きでコッテリ絞られたよ。もう20時を過ぎちゃっている。クリス達は夕食を確保してからの行動だったみたいで食べられなかったのは僕だけみたい。そんな感じでお腹を空かせて部屋にいると、ノックの音が響く。


「ガイウス卿、ジョージです。」


「どうぞ、入っていいよ。」


「夕食を摂られていないとの事で、MRE(戦闘糧食)でよければお渡ししようかと思いまして。【召喚】すれば、光でバレてしまうでしょう?」


「あぁ、そうなんだよ。【召喚】できないから、【空間転移】でどこかに行こうかとも考えていたけど、僕の気配が消えるとユリアさんやレナータさんが気づいちゃうからね。戦闘糧食、ありがたく戴くよ。」


「お食べになったことがあると思いますが、味には期待しないでくださいね。」


「実は、まだ食べたことないんだよね~。ボブ達、海兵隊と一緒に黒魔の森で野営をした時は、食事は【召喚】していたからね、MRE(戦闘糧食)の味は楽しみだよ。」


 そう言いながら、テーブルの上で次々と開封していく。水を入れたら加熱するのもあってその仕組みにもビックリしながら、食べ始める。食器はジョージの携行品を貸してもらったよ。


 うん、結構、美味しいかも。ちょっと味が濃い目かな?でも、疲れた体には染み入るね。飲み物は粉を水に溶かして飲むらしい。あ、ジュース?かな。これは。でも、濃さ的には果実水に近いかも。綺麗に食べきり、【水魔法】で食器を綺麗にし【風魔法】で乾かしてからジョージに返す。


「ありがとう、ジョージ。美味しかったよ。MRE(戦闘糧食)はいつ返せばいいかな?」


「いつでも、大丈夫ですよ。クリスティアーネ嬢たちが居ないときが良いでしょうから、今回の海戦が終わって、エドワーズ空軍基地に帰還してからでも大丈夫です。まだありますし。それでは、自分はこれで、おやすみなさい。」


「うん、ありがとう、ジョージ。お休み。」


 7月3日月曜日の朝、少し屋敷がざわついている。どうしたんだろう?着替えて、借りている部屋を出ると、使用人さんとバッタリ会う。


「ガイウス閣下、おはようございます。騒がしくて申し訳ございません。」


「うん、気にしないでよろしい。で、何かあったのかね?」


「はい、坊ちゃま、いえ、タンクレート様の馬車がナドレンの近くまで来ていると先触れがありまして、お出迎えの用意を。」


「なるほど。ああ、我々のことは気にしないで自分たちの仕事をしなさい。」


「はい、閣下。失礼いたします。」


 そう言うと、使用人さんは足早に去っていく。朝食の時間までまだ1時間近くあるね。少し散歩でもして時間を潰そう。庭師さんに許可を貰って、オリフィエル家の庭園をゆっくりと散策する。流石は元侯爵家、立派な庭だと改めてそう思う。


 食事の時間の15分前になったので食堂へと向かう。ノックをして部屋に入ると、ピーテルさんとマヤさん、それと知らない男の人が居た。【鑑定】すると、どうやらこの人がご子息のタンクレートさんみたいだ。マヤさんゆずりの綺麗な顔つきをしているけど、目つきはピーテルさんのように鋭い感じだね。


「おはようございます。ガイウス閣下。」


 とピーテルさん。


「おはようございます。閣下。昨日はありがとうございました。貴重な体験ができましたわ。」


 とマヤさん。


「閣下、これが私の息子のタンクレートであります。」


 ピーテルさんがそう紹介するとタンクレートさんは頭を下げて挨拶をしてくれる。


「父よりご紹介にあずかりました、タンクレート・オリフィエルであります。19歳で学園アカデミーにて学んでいる身であります。」


「うん、ピーテル卿より聞いている。官吏科を修了し現在は騎士科で学んでいるとか?」


「はい、閣下。騎士科も今年度で修了予定であります。」


「優秀なご子息だ。ああ、3人とも楽にしてくれ。私も楽にする。」


 そう言って、僕は席に着く。


「ありがとうございます。閣下。」


 そう言って、ピーテルさんが席に着くと、マヤさんとタンクレートさんも席に着く。


「閣下、申し訳ありませんでした。朝食の前にこのようなことになってしまって、愚息がどこからか、帝国の動きを聞いて、帰領を急いだようでして。」


「ああ、別にいいですよ。そんなに気にしてないですし。」


 僕が貴族調の口調から普通の平民よりの口調に戻すとタンクレートさんは驚いた様子だ。


「ふむ、タンクレート殿は驚かれていますが、私は2カ月前まで平民の冒険者だったんですよ。この口調が普段通りなんですよ。」


「そうですわ。ガイウス殿は、そこの切り替えをしっかりとなさる方ですの。」


 そう言って、クリス達が入ってきた。


「これは、クリスティアーネ殿、お久しぶりでございます。」


「ええ、まことに。しかし、タンクレート殿、以前もお伝えしたと思いますが、わたくしは辺境伯の孫なのですから、そこまでかしこまらなくてもよろしいのですよ。」


「いえ、自分の性分ですので。」


「仕方ありませんね。堂々巡りになりそうです。あら、ご挨拶が遅れましたね。おはようございます。ピーテル様、マヤ様。」


 そうして、朝食が運ばれてきて食事が始まる。タンクレートさんは帝国のことについて聞きたそうだったけど、ピーテルさんが「後で話す。」と言ったら納得してくれたみたい。さてさて、どうなるやら。


「なんですか!?これは!?」


 軍港に来て早速、ビックリした様子のタンクレートさん。それに対してピーテルさんは努めて冷静に返答する。


「捕虜収容所と鹵獲したダーニャ級、そして、あの錨を下ろしている4隻はガイウス閣下の私兵艦隊だ。」


「海戦がもうあったということですか?父上。」


「いや、捕虜とした男爵からの情報では本格的な海戦は来週になるだろう。今回のこれは遭遇戦での戦果だ。」


「被害は?」


「無い。ガイウス閣下の私兵艦隊のみで叩いた。」


 驚いた顔で僕を見るタンクレートさん。それに僕は頷いて肯定する。


「タンクレート、お前には今回の海戦の総旗艦となる“ヴァルター”にガイウス閣下と同乗してもらうことになる。男爵になる前に本当の戦場の空気を感じろ。」


「はい、父上。ガイウス閣下、よろしくお願いいたします。」


 ピーテルさんから発破をかけられたタンクレートさんが、僕に一礼してくる。


「はい、お願いされました。大丈夫ですよ。私が“ヴァルター”に乗艦している限り、死なせませんから。さて、私は国軍艦隊司令官のマヌエル殿と話しがあるのでここで失礼します。私の艦隊が見学したいのであれば・・・、クリス、お願いしてもいいかな?」


「承知しましたわ。わたくし達にお任せ下さい。ガイウス殿は戦の支度を。」


「ありがとう、クリス。ジョージも補佐をお願いね。」


「了解。」


 僕はみんなに見送られながら国軍艦隊司令部へと入っていく。門番の水兵さんにマヌエルさんに会いたいことを伝えると、すぐに案内の水兵さんを呼んできてくれた。“艦隊司令官”と書かれたプレートが掲げられている部屋の扉を水兵さんがノックする。


「司令官閣下、ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下がお越しになられました。」


「うむ、開いている。」


「失礼します。」


 返事を聞き、そう言って水兵さんが扉を開き、僕を室内へと招き入れる。


「ガイウス閣下、昨日ぶりですな。どうぞおかけください。キミ、案内ありがとう。業務に戻りたまえ。」


「はっ。失礼します。」


 水兵さんが扉を閉めると、


「ガイウス閣下、緑茶、紅茶、コーヒーのどれがよろしいですか?」


「?私は紅茶が好きですね。」


「では、少々お待ちください。」


 そう言うとマヌエルさんは隣の部屋へと消えていった。数分してからお盆にティーカップとカラフェ、お菓子を乗っけて戻ってきた。


「いや~、お待たせして申し訳ありません。夏場は【水魔法】が使えるので氷を入れて水出し紅茶を飲むのが常でして。あっ、もしかして温かい方がよろしかったでしょうか?」


「あっ、いえいえ、そのマヌエル殿が自らご用意されていたので、少し驚きまして。従卒は?」


「海戦の場合は、艦橋から離れられないので、従卒をその時その時に任命しますが、平時で特にこの司令室にいるときは基本的に私自身がしています。まぁ、平民上がりですから。」


「あぁ、お気持ちはよくわかります。それでは、マヌエル殿のアイスティーをいただきながら、お話しをしましょう。」


 そう言って、軍務大臣のゲラルトさんから貰った“今回の海戦において、シントラー領とオリフィエル領の国軍艦隊の指揮権をガイウスに移譲する”という書類を見せる。一通り見終わると、書類を整えて返してくれる。


「承知しました。ただいまより、オリフィエル領に展開する国軍艦隊は閣下の指揮下に入ります。よろしくお願いいたします。」


「こちらこそ、補佐をよろしく頼みます。」


 これで、オリフィエル領の戦支度は、ほぼ終わったようなものだね。後は、シントラー領の国軍艦隊司令官のホベルトさんに会いに行かないとね。それと、ツァハリアスさんに救助隊の事がどうなったかを聞かないとね。“青葉”を見学していたクリス達にことわりを入れて、ヘラクレイトスの所へと向かう。


「ヘラクレイトス、急いでシントラー領に向かうよ。」


「うむ。それでは行くとしよう。」


 ヘラクレイトスが羽ばたき、大空へと舞い、一路、シントラー領を目指す。

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