第156話 お仕事・その2

 昼食はヘニッヒさんに奢ってもらっちゃった。僕が払おうとしたら、「閣下といえども子供ですので。」と言われて引き下がったよ。ヘニッヒさんなりの矜持きょうじもあったんだろうね。まあ、僕は美味しい昼食で嬉しかったけどね。


 昼食後も、お腹が満たされたことによる睡魔と戦いながら書類の処理をしていく。ヘニッヒさんの執務室を覗いたけど、僕の倍以上の書類があった。大変だねえ。ま、明日は日曜日で窓口以外は閉庁するから今日を乗り切れば自由な休日だ。頑張ろう。


 退庁時刻の17時になったけど、まだ少し書類が残っている。これを仕上げたら18時ぐらいには退庁ができるかなと思いながら手を進める。扉や開けた窓の外からは帰路に着く職員たちと彼らを対象にしているのであろう屋台の呼び声が聞こえてくる。にぎやかでいいことなんだろうと思う。行政庁舎に向かうために街を歩いていても行政に関する不満や不安の声は無かった。これもヘニッヒさん達の日頃の行いのおかげだろう。


 ちなみに僕の評判はまあまあ良い。何といっても“フォルトゥナ様の使徒”であるし、農民出身であり、しかも冒険者でもあるので領の人々には身近に感じてもらえているのだろうと思う。だからこそ、その期待を裏切らないようにしたいね。


 そして、18時少し前に書類が終わった。伸びをして帰り支度をしていると、扉がノックされた。


「どうぞ。」


 と声をかけると、


「失礼いたしますわ。」


 そう言いながらクリスが入ってきた。扉が閉まるのを確認して、尋ねる。


「クリスだけ?他のみんなは?」


「すでにクレムリンへ帰宅しました。わたくしはガイウス殿のお迎えにと思いまして。」


「そうだったんだ。ごめんね。気をつかわせて。」


「いえ、妻として正室として当たり前のことですよ。」


「まだ、僕は成人していないよ。式も挙げて無いじゃない。」


「つれないことを言わないでください。こういう時は雰囲気を大事にして、“愛している”とか仰って下さいよ。」


「わかったよ。愛しているよ。大好きだ。」


 そう言ってほおに口づけをする。するとクリスは顔を真っ赤にして、


「不意打ちのキスは卑怯ですわー!?」


 と叫んだ。周りに聞こえるといけないので、落ち着くように言って、実際に落ち着くまで応接用のソファに座らせ、今日の事を語って聞かせた。


「ハア・・・。取り乱してしまい申し訳ありませんでした。でも、ガイウス殿も悪いんですよ。執務室でいきなりキスだなんて。わたくしは言葉だけで十分でしたのに。」


「んー、言葉だけだと、想いが届かないかなあと思ってね。ごめんね。」


「いえ、嬉しかったのは事実ですので、謝られる必要はありません。しかし、今後は時と場所をしっかりとわきまえてくださいませ。」


「わかったよ。さて、クリスも落ち着いたみたいだし、そろそろ帰ろうか?」


「そうですわね。今日の夕食はユリアさんがお作りになるということでした。」


「それは楽しみだね。」


 そう言って、廊下に出る。そのまま庁舎の外には出ず、ヘニッヒさんの執務室に寄る。扉をノックし、名前を告げるとラウニさんが開けてくれた。中に入ると他の職員もいたので口調は貴族調で、


「ヘニッヒ卿、先に帰らせてもらう。無理をしないように。」


 と伝えて退室する。そのまま、クリスと共に厩舎に向かい馬を連れて、門番の衛兵さんに敬礼されながら行政庁舎の敷地外に出る。すぐに跨り、2頭でゆっくりと北門を目指す。すれ違う町の人たちは、僕の姿を認めると、頭を下げる。一々そんなことをしないでいいと言おうとしたけど、周囲の人から止められた。必要な威厳だそうだ。流石に、平伏までいけば止めた方がいいとは言われた。


 逆に屋台や出店、市場を通る時は周りから声をかけられる。それで、1つでも物を買うとオマケだと余計に持たされてしまう。一回断ろうとしたんだけど、その人がとても悲しそうな顔をしたので今ではよっぽどのモノではない限り貰っている。アントンさんは、


「子供が遠慮するもんじゃあない。特に食べ物系はな。ただ、装飾品系だけは気を付けとけ。変に借りを与えると厄介なやつもいるからな。」


 と助言を与えてくれた。今の僕はそれをいかしているって感じかなあ。まだまだ世の中にはわからないこと、知らないことが多すぎる。ナトス村から出てきて1カ月と少ししか経っていないのだから仕方ないのだろうけど。


 北門が見えてきて、出門の手続きを取るために馬上で準備をしていたところ、声をかけられた。馬の足を止める。


「ガイウス・ゲーニウス辺境伯様であられますか?」


「そうだが、貴殿は?」


「イオアン・ナボコフ辺境伯様にお仕えする者です。エレメーイと申します。」


「ふむ、何か用かな。」


「こちらを。」


「馬上から失礼する。」


 そう言って差し出してきた封書を受け取る。


「此処で開封しても大丈夫なものかな?」


「イオアン様からはなるべく早く返事が戴きたいと言付かっております。」


「では、開封させてもらおう。」


 馬上で、ペーパーナイフを取り出し開封する。中の書状に書いてあるのは簡単に言えばこんな内容だった。


“ニルレブとツルフナルフ砦の間にできた巨大な城塞は何なのか。帝国への侵攻のために造成したのか。”


 という内容だった。あー、まあ気になるよね。よし、返事はクレムリンに戻ってからにしよう。


「エレメーイ殿、返事は屋敷で書くので同行を願う。馬はあるかね?」


「はい、城門の衛兵詰所にて預かってもらっております。」


「よし、わかった。クリスはすぐに屋敷に戻り、夕食を1人分追加するように伝えてくれ。私はエレメーイ殿と一緒に向かう。」


「わかりました。では、お先に。」


 そう言って、クリスは少し速度を上げて北門に向かう。僕は徒歩のエレメーイさんに合わせて、ゆっくりと北門に向かう。クレムリンを【召喚】した時にイオアンさんを招待でもすればよかったかもなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る