第116話 シントラー伯爵領

「海を見てみたいですねー。今日と明日で海のある町に行きたいですねー。辺境伯としてゲーニウス領に正式着任すれば自由に動けなくなりますからね。皆さんはどうです?」


 “鷹の止まり木亭”の朝食の場で提案してみた。


「私は見たことあるわよ。ガイウス君が見たことないのなら見ておくべきよ。アドロナ王国は西部が海に面しているから、太陽が水平線に沈む様子は天気が良ければ綺麗よ。」


 レナータさんがそう笑顔で言う。レッドドラゴンである彼女は、長いせいの中で色んな美しい景色を見てきたんだろうなあ。


「ガイウス殿。それならば当てがあります。わたくしの叔母が嫁いでおりますツァハリアス・シントラー伯爵の所はどうでしょう。彼の治める領地は領都“ネヅロン”が港町となっておりますので、栄えております。わたくしも一度だけですが行ったことがあります。にぎやかで、綺麗な場所ですよ。」


 クリスも続けるように言う。ローザさんとエミーリアさん、ユリアさんも異存はないようだ。あとはアントンさんだけだね。さて、家を長く開けることになるけど、どうかな。まあ、とりあえずはギルドに行こう。


 ギルドについて、アントンさんに朝食時の話しをすると、二つ返事で了承してくれた。もちろん、エレさんには聞こえないように話したよ。行き方とか聞かれちゃうと【空間転移】のことを話さないといけないからね。まだ、内緒にしておきたいよ。


 というわけで、インシピットの町から出てすぐに黒魔の森に入り、ネヅロン近くの森に【空間転移】する。結構、森の深い所に出たみたいだ。人目を避けるには仕方ないね。足の速い馬を人数分【召喚】する。黒魔の森みたいに魔物が多くないから騎乗して一気に森を抜ける。


 街道に出ると、道を行く人が多い。護衛の冒険者を付けている人もいるが、アルムガルト辺境伯領のそれよりも少ない。黒魔の森のような場所が近くにないのだろう。それに、衛兵隊の哨戒・警備が行き届いている証拠だろうね。


 それで、つきましたるはネヅロンの町の門。防壁は最低限って感じだね。そして、貴族特権を使い、貴族証を衛兵さんに見せ列に並ばずそのまま壁内へ。衛兵隊長さんの先導のもと、クリスの叔母さまが嫁いでいるツァハリアス・シントラー伯爵邸へ直行。先触れなしだけど、いいよね。冒険者として急に来ましたよ。旅の途中で立ち寄りましたという感じを出しつつ、伯爵邸の正門へ。


 そこで、衛兵隊長さんは門番の衛兵さんに僕たちが来たことを伝達して、衛兵さんは慌ててお屋敷のほうに走って行った。いやあ、申し訳ない。そして、数分後には衛兵さんと執事さんが出てきた。挨拶をしなきゃね。


「ガイウス・ゲーニウス辺境伯である。この度は、近くに来たので海を見ようと思い立ち寄らせてもらった。また、この町にはツァハリアス殿の本邸もあるということだったので、先触れもせずに失礼だとは思ったが、挨拶に参った。」


「閣下。ようこそお越しくださいました。そのよそおいですと旅の途中だったのでしょう。先触れの件は主人も気にしてはおりません。それと、失礼ですが、貴女様はクリスティアーネ・アルムガルト様では?」


 おっ、クリスに気がついた。一度しか会ってないはずなのに記憶力がいいんだね。クリスが前に進み出て、


「ええ、クリスティアーネ・アルムガルトです。ドゥルシネア叔母さまはお元気かしら。それにいとこ殿たちも。」


「ええ、ドゥルシネア奥様はお元気で、衛兵隊の訓練指導などをしてくださいます。本日は、まだお屋敷内にいらっしゃいます。また、フィン様たちもお元気ですよ。」


「あら、叔母さまは、まだ“武”を捨てきれていないようですわね。父上やお祖父じいさまへの手紙には、そのようなことは書かれていないらしく。2人とも、“嫁にいってようやく落ち着いた。”と常々、喜んでおりましたのに。」


「旦那様もお許しの事ですので、私はなんとも・・・。それよりも、このまま立ち話をお客様方にいけませんので、どうぞ、中にお入りください。」


「そうですわね。さ、ガイウス殿、みなさん。お言葉に甘えていきましょう。」


 執事さんの案内で邸内に入る。入る際に武器を預けた。内装はアルムガルト辺境伯邸に似ていて質実剛健という感じだね。でも、少し華美な感じもあるね。そのまま応接間に通される。すすめられて各々が応接用のソファに座る。執事さんは「お飲み物をどうぞ。少々お待ちください。」と言って部屋を出て、入れ替わりにカートを押してメイドさんが入ってくる。紅茶とお茶請けをみんなの前に置いていく。


 それが終わってメイドさんが部屋の隅に待機したと同時に、ノックの音が響き、男性と女性が入ってくる。さっと鑑定して、ツァハリアス・シントラー伯爵とクリスの叔母さんで奥さんのドゥルシネア・シントラー伯爵夫人であると確認をする。2人とも席には着かずに僕に向かって頭を下げ、


「ガイウス・ゲーニウス閣下。ツァハリアス・シントラー伯爵であります。こちらは妻のドゥルシネアでございます。」


「うむ、私がガイウス・ゲーニウスだ。急な来訪を謝罪しよう。さて、お堅いのは此処ここまでとしようじゃないか。ですので、お2人ともお顔をお上げください。貴族証で町に入り辺境伯として名乗りましたが、今日は辺境伯として何かをしに来たわけではないので、公の場以外ではこのようにさせていただきます。あ、これが素の僕ですので改めてよろしくお願いします。」


 そう言って頭を下げる。そして、クリスも続いて挨拶をする。


「ツァハリアス閣下、ドゥルシネア叔母さま、クリスティアーネで御座います。お久しぶりございます。」


 すると、ドゥルシネアさんがクリスの手をとり、


「良い方を見つけましたね。クリスティアーネ。兄上も父上も安心していると手紙に書いてありました。これで、貴女も立派な淑女として世に出るのです。油断して鍛練を怠ってはいけませんよ。」


「はい、叔母さま。」


 んー、鍛練を怠るなって、ホント武門の家系って感じがするね。ツァハリアス殿は笑顔で僕に話しかけてくる。


「王城での叙任式以来ですな。ガイウス閣下は覚えてはいらっしゃらないでしょうが、私も武官の末席におりました。」


「そうだったんですか。でも、なぜ武官のほうに?」


「それは、私が海軍の一部指揮権を預かっているからです。領軍とも合わせると、結構な数になりますよ。」


「凄いですね。僕は海が初めてなので、見てみたいですね。」


「それでは、今から行きましょうか、閣下。」


「はぇ?」

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