第42話 竜次の気持ち
取引先との打ち合わせと偽って、竜次は会社を出た。目的は魔除けの助けになる品を買いに行くためだ。地下鉄の出口を出ると川を目指して歩いた。日本橋を行き交う人たちは、何か特別な雰囲気を持っていると思っていたが、すれ違う人々にそんな何かは感じられない。むしろ何処にでもいる人が、無理やり着飾っている様にしか見えなかった。
眼前の高速道路は相変わらずこの街の景観を台無しにしていた。二つの交差点を過ぎ、麒麟の像に手を合わせた。時空を超えて蠢く魑魅魍魎たちの侵入を阻む鋭い眼光を下から仰ぎ、竜次はすがる思いで沙紀の守護を祈った。
百貨店はカボチャのお化けや骸骨、そしてドラキュラやフランケンシュタインたちの人形やディプレイで溢れていた。年齢性別問わず、様々な客たちが百貨どころか無限とも思える品々を求めて、四分五散に動き歩いていた。エレベ-タ-の手前に掲げられた悪魔と魔女が、竜次の気持ちを一層不安にさせた。
七階までエレベ-タ-で昇り、葬祭専門店でピンク色の数珠と経が書かれたお守りを買った。意外に値が張る事に正直驚いた。
除霊の品を買うために、百貨店を選んだのにはもう一つ理由があった。
竜次はフロアガイドで場所を確認して、エスカレ-タ-で一階に降りた。行き交う人々の間をすり抜けるようにして迷いながらも辿り着いたのは、ジュエリ-ショップだった。ここにもカボチャやドラキュラや魔女がいた。
ショ-ウィンドウの中には煌びやかな品々が高級感漂う輝きを放って並んでいた。
ネックレスやブレスレット、指輪、ペンダント、ピアスにブロ-チ。
頭上の照明の他に、ガラスケ-スの中にも一品一品が煌めくようにライトが配置されている。
この店に来たのは、人々が魔物に対する宝石への依頼心を知った事と同時に、佳苗に対する自身の感情の形を表したかったからだ。
しかし、いざこの場所に立ってみると、何となく居心地が悪かった。
こういう場所を訪れたのは、婚約指輪を買うために光紀に連れられて来た時以来だ。その時は光紀がいくつかの指輪を選び、店員に色々な質問を投げかけていたが、自分自身は横に立ってぼんやりしているだけで良かった。だが今は、いい歳の男が一人でガラスケ-スの前の品々を眺めている、何となく恥ずかしさを覚えていた。
しかも並べられている商品を見ているつもりでも、それぞれの品の良さが分からない。どんな品をどんな基準で選んでいいものか、また贈られる方の女性からしたら、どんな種類の品が一番嬉しい物なのか、竜次には見当も付かなかった。
近くには二組の若いカップルが指輪やネックレスを吟味していた。二組とも笑みを滲ませてケ-スに顔を近づけているのは、女性の方だった。
竜次は人がいないガラスケ-スに移動して中を覗いた。
キラキラと輝く宝石が付けられた指輪が並んでいた。指輪など贈るのは無謀だ。第一指のサイズも分からない、渡す理由もある筈がない。でももし指輪をプレゼントしたら、彼女はどんな表情をするだろう・・・などと、あれこれ考えを巡らせていた時、五十代の女性店員が近付いて来た。特別に明るく照らされた照明の為か、ファンデ-ションで胡麻化した細かなあざが眼鏡の下の頬にくっきりと見えた。それに加えて上の歯だけが異常に白く輝く店員だった。
「どのようなお品をご所望ですか?」
竜次は我に返った。
「・・・いや・・・どのような、と言うか・・・どのような物があるのかなぁって・・・」
「どなたかへの贈り物でしょうか?」
「・・・はい・・・いや・・・贈り物と言うか・・・何か・・・こう・・・お礼にと言いますか・・・」
「左様ですか。あの失礼ですが、その方のご年齢はお幾つぐらいでしょうか?」
店員は、的確に売り込む商品の的を絞って行く。
「・・・あぁ・・・二十代後半くらいでしょうかね・・・」
「左様ですか。その方へのプレゼントと言う事ですね」
「・・・ああ、はい・・・いや・・・プレゼントと言うような事ではなく・・・」
「では何かのご返礼と言う事でしょうか?」
「そうです。返礼です・・・友人への返礼です・・・」
店員はこの時点で、竜次と竜次がタ-ゲットにする相手との関係性を見抜いていた。
「かしこまりました。友人の方へのご返礼ですね・・・では、あまり高価な物ではなく、どちらかと言うと気軽にお渡ししたいと言う感じでしょうか?」
「そうです」
「はい。かしこまりました。・・・ちなみにご予算は?」
「・・・ああ・・・予算と言う程、あまり深くは考えてないんですが・・・」
「左様ですか・・・では、こちらなどは如何でしょうか?」
店員はそう言ってガラスケ-スの中の指輪に手のひらを差し伸ばした。メビウスの輪のような二重らせんに小さな宝石が幾つも光っている。
「気軽な感じでの贈り物としては、人気がございます」
竜次はその指輪よりも台座に置かれた小さな価格表示を見た。十万円を超えている。
(全然気軽じゃないじゃん)と思って「いやいやいや、そんなに高いのは無理です。無理です」と首を振りながら応えた。すると店員は隣のケ-スまで移動し「失礼しました。では、こういった感じは如何でしょうか?」と複数の指輪を紹介した。それらの指輪も五万から八万円はするものばかりだ。店員は日常では絶対こんな表情はしないだろうと思われる笑顔で、竜次を見つめている。
「・・・あの・・・本当・・・こんなに高価なものじゃなくてもいいんです・・・それに指輪ではなくて・・・もっと、気軽に・・・こう・・・ただのお礼の品なので・・・」
「そうですか。ではあちらの方にネックレスとか、ブレスレットとかなどがございますが」
店員は先に歩いて竜次を案内した。
「こちらの商品も人気がございますよ」そう言って一つ一つを広げた手で指し示した。
それら複数のネックレスの値段を見ると、殆どが五万以上の価格だった。竜次はゴクリと唾を飲んで腕時計を見た。既に会社を出てから一時間半が経っている。 (そろそろ戻らないと)と思った時に、手にしている紙袋が目に入った。中には沙紀の数珠が入っている。ネックレスだと高いがブレスレットだともう少し安いのがあるのでは、そう閃いた。
そして店員に指を二本示して「このくらいの予算で、何か軽い感じのものでいいんです」と言ったが、本当は指一本で示したかった。それから数十分程度の記憶が薄れたまま、竜次はジュエリ-ショップの紙袋を手にして会社に戻った。
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