第五章
第22話 橋の下の公園
「ここでいいんでしょうか」
川を渡る国道の高架下にある陽が当たらない公園で、拓也は佐知子と名乗る女性を降ろした。
佐知子は錆び付いたジャングルジムや滑り台、背の低い鉄棒に座り板が朽ちかけたブランコをゆっくり見渡して
「ここです。間違いありません」と答えた。
遊戯で遊ぶ子供の姿はない。高架の上からは車が通りすぎる音が途絶える事なく聞こえている。
拓也は寂しそうな顔をした三十歳くらいの女性の後ろ姿を眺めながら「ここにどんな用事があるんだろう」と思った。長い事遊び場を見ていた佐知子は、振り返ってにこやかに笑い「ありがとう」と言った。
「どうします?また迎えに来ましょうか?」と問うと、佐知子は「大丈夫です」と答えた。
訳は言わなかったが、作蔵が後から行くよ、と言っていた事を思い出し、拓也は佐知子にその事を伝えた。
「後からおじいちゃんが来ますって言ってました」
佐知子はゆっくりと頭を下げた。
何となくその場から離れ辛い気持ちがあったが、拓也は先ほど笑った佐知子の顔を思い出し、一人にしておいた方がいいんだろうと、その場を立ち去った。
自転車を押しながら少し歩いて振り返ると、佐知子は一つ一つの遊戯を触っては何かを確かめているような素振りに見えた。やがてブランコに座り、ゆっくりと揺らしながら高架の隙間から見える空を見上げた。まるで未来に起きる夢を見ているような表情だった。
親御さんに手を繋がれて子供たちが保育園に入って来ていた。受け入れの男性保育士が、一人一人挨拶しながら子供たちを向かい入れた。
入り口の外には子供を送り届けた三人の母親が、それぞれの自転車のハンドルを握ったまま困惑した面持ちで話をしていた。
園長室には遅番の担当を除いて、六名の保育士が集まっていた。
園長は眉間を押さえて皺を伸ばしてから上擦った声で口を開いた。
「既にニュ-スで知った方もいると思いますが、金曜日の夜、星組の三浦ユミちゃんと妹のリカちゃんが事故でお亡くなりになりました」
保育士たちは肩を落として神妙に息を吐いた。
「父兄の皆さんには、状況がはっきり分かってからお伝えしますが、お子さんたちにはくれぐれもユミちゃんたち姉妹が亡くなった事は話さないで頂きたい。まだ、人の死を理解出来ないお子さんたちがいますので、子供たちに聞かれても事故の事を話すのは、やめて下さい」
皆。頷いた。
「新田先生と佐々木先生」
名指しされた二人は、はいと返事をして園長に顔を向けた。
「年長組の子供たちの中には、もう既に親御さんからの情報で知っている子供もいるかも知れませんが、何とかその辺は、誤魔化すと言うのも変ですけど、お願いします」
二人は頷いた。
電話が鳴った。
「では、今日も宜しくお願いします。特にこんな日なので注意してお願いします」と言って園長は受話器を取った。
六人はため息を吐きながら部屋を出て行った。
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