第35話「激闘」



 エクゾスレイヴアーマーは主に戦闘用、作業用に使われる大型機械である。



 分類上は戦車や戦闘ヘリと同じ搭乗兵器であり、入り組んだ市街地戦や足場の悪い自然のフィールドでその能力を発揮する。



 そんなエクゾスレイヴアーマーの中でも、この<烏丸>は速度を重視した実証試験兵器だ。



 大きさは高さ5m、横幅3m、縦幅2mとエクゾスレイヴアーマーの中でも小柄な部類に入る。



 搭載されている兵装は電熱ブレイド、アーマー用20mmアサルトレールガン、対人頭部マシンガン、対地対空併用ミサイルだ。



「さて、動くかな……」



 浜之助はエクゾスレイヴアーマーのハッチを開けて中に侵入する。



 中は大量の計器と端末に囲まれた、時計仕掛けの中に入ったような搭乗席だ。



 浜之助は様々な針によって指し示される数値や電光掲示板のように鮮やかなデジタル数字に戸惑う。


 これでは、とても操作不能だ。



「ワシに任せておけ。浜之助は操縦レバーだけを握っていればいい」



「操縦レバー、って言ったって……」



 ワッツの言う操縦レバーとは、おそらく腕を突っ込むような形をしているパイプ状の物体の事だ。



 中を覗いて視ると、そこには指や手の平に会わせて細かいキーボードが配置されており、そこを触ることで操作できるようだ。



「俺に操作できるのかよ」



 だが浜之助に迷っている時間はない。


 蜘蛛型は現在順調に隠し部屋の穴を拡張して入ってこようとしている。


 時間が経てばたつほど、不利になるのはこちらだ。



 浜之助は祈りを捧げながら、操縦用のパイプに手を入れた。



 一方、ワッツの方は搭乗席後ろの小さなくぼみに自らの身体を収めて、奇妙な電子音を上げている。



「サーボエンジン、正常。姿勢制御ジャイロシステム、正常。アクティブカメラ、正常。全兵装、使用可能――」



 ワッツは呪いの言葉のように全システムを確認すると、浜之助に告げた。



「いつでも動かせるぞ。浜之助、まずは立ち上がらせるんだ」



「簡単に言ってくれるな」



 浜之助はともかく指先に力を入れる。



 すると、烏丸に反応があった。



「よし、そのまま立ち上がってくれ」



 烏丸は浜之助の操作を受け付けて、小鹿のように危なっかしくも両方の脚で立った。



「いいぞ、次は――」



 ワッツが浜之助に起動手順をレッスンするも、その時間はないようだ。



 目の前ではついに、隠し部屋へ通じる穴が大きくなり、蜘蛛型が身をくねらせながら入ってきたのだ。



「浜之助、攻撃だ。先手を打たせるな」



「わ、分かってるよ」



 浜之助は慌ててキーパッドを入力して、烏丸の兵装使用を許可してしまう。



 ただ狙いはまだ定まっていないため、蜘蛛型ではなく、あらぬ方向へミサイルや大型の銃弾が弾けたのだ。



「うわわわわ!」



 烏丸は自分の攻撃のあおりを受けて、体勢を崩す。


 なんとか腰を下ろすことはなかったが、その間に蜘蛛型の照準は烏丸に向かっていた。



「か、回避!」



 浜之助は咄嗟に動きを入力する。



 そうすると、烏丸の対応は早い。


 左の足のサーボを急速始動させ、大きく右へ飛び退いたのだ。



 その後、蜘蛛型の銃弾が遅れて烏丸のいた場所の地面を抉り、射撃を停止した。



「だんだん分かってきた。こいつは俺の想像以上に速い。もっとスピードを活かすんだ」



 烏丸は浜之助の命令を受け、ジグザグに走る。



 その動きに蜘蛛型の機関銃はとても追いつけず、時折銃撃の一閃を飛ばすだけで命中はしなかった。



 烏丸は銃撃の雨を掻い潜り、電熱ブレイドを水平に振り上げて蜘蛛型の足元に接近した。



 そして、電熱ブレイドを横に一振り。



 それにより脚部の麓が斜めに斬られ、蜘蛛型はやや体勢を崩した。



 烏丸はそのままスピードを落とすことなく、蜘蛛型の股の下を抜けて、セキュリティAI前の広い部屋へと戻った。



「さて、このでかい蜘蛛をどう料理するか……」



 スピードは明らかに烏丸が上、けれども火力や耐久力は依然として蜘蛛型が上回る。



 ならば、更に策を上乗せるしかない。



「ワシにいい案がある。浜之助、少しの間だけ奴の動きを止めるのだ」



「――そうか。分かった」



 浜之助はワッツの意図を解釈すると、こちらに戻りつつある蜘蛛型に挑みかかる。



 まずは烏丸が20mmアサルトレールガンの掃射を、蜘蛛型の頭部カメラに集中させた。



 蜘蛛型はカメラに対する攻撃を嫌がり、大きくのけ反った。



 烏丸はその隙に蜘蛛型の直下へ潜り込み、電熱ブレイドを掲げる。



 今度は通り過ぎるのではなく、連続攻撃だ。



 烏丸は脚部のスプリングを軋ませながら、次々と蜘蛛型の脚に攻撃を仕掛けた。



「小癪な!」



 蜘蛛型を操るセキュリティAIは苛立ち、削られていく脚部をだだのように何度も振り下ろす。



 それでも烏丸は細かなターンによって体軸を捉えきれぬようにし、フレームを擦り削りながらもその攻撃を躱した。



「潰れろ!」



 蜘蛛型はついに、最終手段に打って出た。



 なんと全ての脚部を上げて、胴体をプレスしてきたのだ。



 しかし、そんなもの烏丸の前では気球の着地のように遅く、柔らかだ。



 烏丸は曲線を描く動きを止めて、直線に身近な胴体の隙間を通り抜け、降ってきた蜘蛛型の圧迫をあっさりと回避したのだ。



「もらった!」



 浜之助は烏丸を操作し、地べたを這う蜘蛛型の頭部を狙う。



 20mmアサルトレールガンの弾丸を浴びせた後、電熱ブレイドを眉間に突き刺したのだ。



 蜘蛛型はその一撃によってカメラを破砕させ、動きが鈍った。



 ただし、それは止めではなかった。



 電熱ブレイドを蜘蛛型の頭部に刺した烏丸は、それを抜こうと力を入れる。



 けれども電熱ブレイドは思った以上に深く突き刺さったせいか、びくともしなかった。



 その間に、蜘蛛型の背中にあった迎撃用の砲台がこちらを向いた。



「しまっ――」



 安全装置を外されたのか、砲台は躊躇なく烏丸と己の頭部を撃ち抜く。


 とはいえど、カメラ無しのめくら撃ちでは正確な射撃はできず、ほとんどは頭部を損傷させるだけだった。



 ただ偶然にも、烏丸の左肩と胴体に砲弾がかすめたのだ。



 砲弾の威力は機関銃の比ではない。


 その攻撃は簡単に烏丸の肩と胴体を食い破り、半壊状態になってしまった。



「浜之助、無事か!?」



「大丈夫だ。だがこのまま戦闘続行は難しそうだ。脱出する」



 浜之助は烏丸のハッチを開けて、飛び降りる。



 その際に、浜之助は烏丸の装甲に手を押し当てた。



「ありがとう、烏丸。アンタのおかげで活路が開けた」



 浜之助は烏丸の傷ついた機体を伝って降り、蜘蛛型の頭部を下って地面に着地した。



 着地の反動は転がるように受け身を取り、浜之助は後ろを振り返らずに走った。



 浜之助が走り向かう先は、セキュリティAIの本体だ。



 例え蜘蛛型を完全撃破できなくとも、マスターAIから受け取った再起動用のプログラムを流し込めば、こちらの勝ちだからだ。



「逃がすかあああ!」



 蜘蛛型のスピーカーから発せられた声と共に、背中の砲台が浜之助を追跡する。



 砲台は蜘蛛型に残ったカメラを照準に、浜之助を狙ってズームアップした。



 その時だった。



 誰もいない無人のはずの烏丸が残っている機体を滑らせ、蜘蛛型に残った頭部カメラと衝突したのだ。



 カメラはその衝撃で変形し、もう正確な照準はできなくなった。



「こ、この――」



 蜘蛛型は狙いの定まらないまま、砲弾を撃つ。



 当然、それでは浜之助を捉えることができずに、真っ白な床や壁を黒に染めるだけだった。



「おのれおのれおのれ」



 セキュリティAIは感情をあらわに、砲弾を撃ち続ける。



 だが下手な鉄砲も数撃てば当たると言わんばかりの攻撃は、突如として入り口付近の壁と共に爆散した。



 それは砲弾、超亜音速で発射されたレール砲による正確無比なタッチダウンだった。



「成功だ! ニコロの奴がやったぞ!」



 レール砲を発射したのは施設のほとんど反対側にいるミノガクレのニコロによる狙撃だ。


 おそらく座標をワッツが送り、そこへニコロが100年以上使ったことのない射撃管制システムを使用して撃ちだしたのだ。



 これでもう、浜之助を止める者はいない。



「ワッツ、どうすればいい?」



「データはワシが持っとる。この端子をそこに刺せ」



 ワッツはそう言うと、背中の部分から端子とそれに続くケーブルを伸ばした。



 浜之助がそれを受け取り、端子を刺そうとすると、円柱状の機械が吠えた。



「止めろ。このまま間違った人代替生物を残しておけば、全人類の脅威となる。浜之助も人の身ならば全人類のために――」



 浜之助はそんなセキュリティAIの命乞いに耳を貸さない。



「俺は、誰かに指図されて決める未来なんて」



 浜之助がセキュリティAIの端末に、ワッツの端子を刺した。



「大っ嫌いだ!」



 端末上のディスプレイが真っ赤に染まり、赤い警告音を発したかと思うと、表示されていたダウンロードの数値が0%から一気に100%へ振り切った。



 その後、セキュリティAIは静かになり、再び静寂が戻ってきた。



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