第34話「ボス戦」

 純白の世界が一面に広がり、眩しいくらいの光の反射に溢れたその場所で。


 浜之助は、蜘蛛型警備ドローンから全武装の一斉掃射を受けようとしていた。



 「舐めるなよ!」



 浜之助はそれを予期し、準備していた。



 左右の手でそれぞれ異なるグレネードを掴むと、一瞬のためらいもなく投げる。



 投げられた2つのグレネードは蜘蛛型の集中砲火を受けて、先に破裂した。



 破裂の瞬間、蜘蛛型のカメラとレーダーは僅かな揺らぎを感じた。



「チャフとスモークの合わせ技か……」



 セキュリティAIが憎々し気に呟く間に、目の前は柔らかな白雲とアルミ箔の乱反射が映った。



「どこだ――」



 セキュリティAIは浜之助の姿を見失い、戸惑う。



 浜之助の方は、その間に体勢を低くして移動し、蜘蛛型の脚部に隣接しようとしていた。



 ところが、である。



「うおっ!」



 浜之助が蜘蛛型の足元に寄り添おうとした時、蜘蛛型の脚部周りが刃物で覆われる。



 それは浜之助を拒絶するように、電動のこぎりのごとき回転で、獲物を待ち構える牙のように動き出した。



「対人戦闘は、想定済みなワケか」



 浜之助は歯ぎしりしながらも、動きを止めない。



 何故ならば、浜之助を狙う殺人的な火力の照準が空中を舞っているからだ。



 浜之助は更なるかく乱のために、再びチャフとスモークのグレネードを投擲する。



 それと共に自らの身体を白い雲海に隠し、一時退避した。



「どうした? 逃げるばかりでは解決にならないぞ!」



 セキュリティAIは精密射撃を諦め、飽和的攻撃を行い始める。



 それにより蜘蛛型から銃弾の雨とミサイルのバラまきが始まり、散発的な破壊が床を舐めあげた。



 蜘蛛型の下方は浜之助の放った目くらましと、蜘蛛型の攻撃による爆炎によって染め上げられ、視界が遮られる。



 浜之助は、その好機を見逃さなかった。



 低く垂れる煙を貫き、ワイヤーの付いたフックが天井に刺さる。



 それと同時に、浜之助の身体が煙を割って空高く舞い上がった。



「ぬうんっ!」



 蜘蛛型の砲火が浜之助を追うが遅い。



 空中に投じられた浜之助は、ワイヤーが完全に巻き取られるのを待たずにフックを外す。



 そして、ブーストパックを起動させて空から空へと渡り歩き、蜘蛛型の背中にたどり着いたのだ。



「構造はミノガクレに近いんだ。なら」



 浜之助の思惑通り、背中側の武装は下部に比べて少ない。



 豆鉄砲のような攻撃が浜之助をかすめるも、姿勢を低く保つことで軽々と回避した。



「想定外の位置と、安全装置のおかげで撃てないだろ!」



 浜之助は蜘蛛型の上を這いながら、ある場所を狙う。



 そこは蜘蛛型の腹部後方にある、排熱口だ。



 蜘蛛型の反撃装置が戸惑っている隙に、浜之助は後部の排熱口に接近した。



 浜之助はそれから通常のグレネードを取り出し、ぽっかりと穴の開いた白熱する排熱口にそれを放り投げた。



「脱出!」



 浜之助はグレネードの投擲と共に、跳んだ。



 その背中側では爆発の閃光が起こり、爆風が浜之助を押し出す。



 浜之助はそのまま地面に叩きつけられるワケにはいかないので、天井に向けて再度グラップリングフックを撃った。



 浜之助がフックのワイヤーでゆっくり下降していると、蜘蛛型が黒煙を上げて傾きだしたのであった。



「やったか!?」



 浜之助は蜘蛛型の姿に喜ぶも、事はそう簡単にいかない。



 蜘蛛型は傾いた側に力を入れて、踏みとどまったのだ。



「小癪な真似をするな、過去人種!」



 ワイヤーに釣り下がっていた浜之助に、蜘蛛型は火力を集中させる。



 その銃火の弾幕は薄くとも、人間相手には十分すぎる威力だった。



 浜之助は銃撃のあおりを受け、ワイヤーに弾着したのか、空中から放り捨てられた。



「くそっ! 虎の子のグラップリングフックが……」



 これではもう、背中に乗る作戦は取れない。



 浜之助は地面に上手く軟着陸して、アサルトレールガンを構えた。



「後は、これの火力に頼る」



 浜之助はアサルトレールガンの銃口を大口径に変形させ、蜘蛛型の腹部を狙う。



 引き金を絞ると、そこからグレネードの弾が射出された。



 グレネード弾は次々と放物線を描いて飛び、蜘蛛型の腹部に衝突すると、煙と火花の華をパッと散らして破砕した。



 その度に蜘蛛型の機体が揺れ動くも、決定的な打撃は与えられない。



 浜之助は間断なくグレネード弾を投じるも、弾薬は残り少なくなっていた。



「残り、1発」



 浜之助が最後の弾を投じようとした時、蜘蛛型がついに反撃してきた。



「うおっ!」



 浜之助はなんとか横に転がって回避し、まばゆい光の軌跡を描く、弾の羅列を避ける。



 蜘蛛型の攻撃はそれで収まるわけもなく、浜之助はただただ逃げ惑うターンになった。



「あともう少しなのに……」



 浜之助は駆け続ける。



 何せ、その場所には遮蔽となるものが全くなく。


 走り続けることでしか、弾を潜り抜ける方法がないのだ。



 だが、それも限界が近い。


 いくらエクゾスレイヴのサーボによってサポートされた脚にも、疲れが見え始めていた。



「長旅の疲れが……」



 ここは、一旦撤退すべきか。


 浜之助は迷っていた。



 このままでは、単に逃げ惑う醜態を晒すだけで解決方法がないのだ。



「何か、とっておきの秘策が……ないか」



 浜之助は逃げ回る足を回転させ、頭の中のアイディアを掻きまわす。



 そうして駆け回るうちに、ある気がかりを思い出したのだ。



「待てよ。この違和感は――」



 浜之助は何かに気付き、走りながらアサルトレールガンを構えなおした。



 狙うのは蜘蛛型、ではない。



 ただの壁だ。



「ここっ!」



 浜之助が間髪入れずにグレネード弾を発射すると、壁の中腹で破裂する。



 それは完全なる無駄弾、かと思われたが、事態は一変していた。



 壁に穴が開いているのだ。



「空間にある違和感の正体。それは隠し部屋だ」



 浜之助はできあがったスペースに、迷いもせず身を投じたのであった。





「さて、これからどうするか」



 浜之助は隠し部屋に居ながら外の様子を見る。



 どうやらセキュリティAIもこの部屋について認知していなかったらしく、蜘蛛型が慌てている。



「おかげで一息つけるようだ。しかしワシらが付け入る隙が無くなりつつあるようだな」



 ワッツが言う通り、序盤は上手く立ち回れたが、次は難しい。



 浜之助の装備はもう、ほとんど火力と言う代物が残っていないのだ。



「グレネードも後数個。残弾はゼロ。打つ手は皆無だな」



「一度引き返すか?」



「いいや、その間に修理されるし。時間がかかりすぎる。その間に防衛線が破られちまう」



 浜之助はこの八方ふさがりの状況に、頭を抱えていた。



「それにしても、ここは暗いな」



 浜之助の手元は手持ちのライトで照らしているけれども、そこは想像以上に広い。



 推測するに、セキュリティAIのいるスペースの一部だけではなく、更に増設された空間のようだ。



「ユラ、ここを明るくする方法はないのか」



『待って、今データをサルベージしたよ。どうやらそこから9時方向に行くと、照明装置が起動できる場所があるねえ』



 ユラは更なるデータを収集しつつ、『広いねえ』と呟く。



 浜之助はユラの指示通りに9時へ向かうと、大きな配電盤のようなものを見つけた。



「これを、こうか」



 浜之助が配電盤のブレーカーを次々起動させると、その場が明るくなった。



『これは、凄い場所に来たようだねえ』



 浜之助が振り返ると、そこには見上げるほどの物体があった。



「こいつは……」



 照明に照らされて鈍く光る黒の装甲坂、そこから僅かに覗いた銀色のフレームが目に映える。



 外観は人型の機体で、通常の両腕と逆関節の両足がある。


 首はない代わりに、前面へ張り出した突起が顔のようになっており、複眼のようなカメラが焦点もなく虚空を見つめていた。



 全身を漆黒に塗り、巨人のように佇むそれは、浜之助にとって既知の存在だった。



「エクゾスレイヴアーマー……平良目重工製汎用戦闘兵器<烏丸>……」



 エクゾスレイヴスーツの大型版、二足歩行兵器のエクゾスレイヴアーマーが搭乗者を待ち、鎮座していたのであった。

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