第3話「冷凍病」

 杵塚浜之助が目を覚めると、そこは見覚えのない場所だった。



 浜之助がいる場所をガラス越しに確認すると、背が高い天井と、全体を照らす幾つもの電灯があり。


 周りには繭のような装置が上の電灯の数ほど鎮座していた。



 浜之助は同じ繭状の装置の中に座っているが、扉は解放されている。


 ただし動こうにも手足は拘束されたままなので、装置の中から出ることは叶わなかった。



 なんとか拘束を解こうと暴れるも、金属の拘束具は丈夫で抜けることは難しい。


 浜之助は一通り抵抗して、無理だと察すると諦めたように大人しくなった。



「気分はどうかのう。気持ち悪かったり、吐き気がしたり、脳みそが溶けそうになったりしておらぬか?」



 浜之助が正面を確認する。


 そこには背が低く白髪と禿げあがった頭が特徴的な老人がいた。



 老人はしわが濃く、髪と同じ白髭は長い。


 背は曲がっておらず、見た目の歳のわりに身体はがっちりとしていた。


 また老人は年長者らしく落ち着いており、その威厳と穏やかな印象は逆に浜之助を慌てさせた。



「実験を中止してくれ。俺は参加を拒否するから、ここから出してくれ」



 浜之助が懇願すると、老人は不思議そうな顔をした。



「何を言うておるのか分からぬが、落ち着くがよい。ワシ達は危害を加えるつもりはない」



 老人の後ろには、数人の男女がいる。


 どの人も老人と同じくらいに背が低く、中学生くらいの高さだ。


 まるで物珍しい動物を一目見ようと集まってきた観客のように傍観している。



「ならともかく拘束を外してくれないか。窮屈で敵わないよ」



「まあまあ、先にこちらの説明とそちらの説明をしてからでも遅くはないだろう。一つずつ確認していこうではないか。まずは自己紹介だ。ワシはクロノ。このシェルターで長老をしている」



 浜之助はシェルターと言う言葉に疑問を浮かべた。


 ここは初めにいた研究所ではないのか。


 ここはどこなのだろう。


 と同時に、自分の居場所が分からないことに対して恐怖を覚えた。



「シェルターというのは、ワシ達が住む壁の中の居住地のことだ。外は私達には危険でな。ここが安全と言うワケだ」



「いつのまに運ばれたんだ? そういえば冷凍睡眠の話はどうなったんだよ? もしかしてだいぶ時間が経ったのか?」



「色々と混乱するのは分かるがのう。今は説明を……ところでどこまで話したかな」



 老人はボケたように髪のない頭部を掻く。


 それを補足するように、隣の眼鏡を掛けた女性が答えた。



「物忘れが激しいねえ。ここはシェルターで、安全な場所だとまでは言ったじゃないか」



 女性は見た目の年齢の割に、やや老獪な言葉を操っていた。



 その女性は黒髪の前髪をぱっつんにした短髪で、眼鏡の奥から眠たそうな視線を放ち、鼻梁が高く整った顔をしている。


 肌は日光を浴びていないせいか生気が不足しているように白く、活発な様子はない。


 貧相な体格は他の人よりも背が低く、女性にしては起伏に欠けている。


 服の方は青いオーバーオールに半袖の白いTシャツを着ていた。



「私はユラ。ユラ・ワーカー。くろのんとは義理の孫にあたるわけだね。よろしく頼むよ」



「あ、ああ。俺は杵塚浜之助だ。夢はプロゲーマーの、元高校生だ」



「となるとデータ的には同じくらいの年齢だねえ。後でゆっくり過去について話そうじゃないか」



「話し方のせいか、俺よりも年上に見えるけどな。まあ、よろしく」



 浜之助は握手をしようと手を伸ばそうとするが、自分が拘束されていることを思いだした。



「もう少し待ってくれないかい。説明もそろそろ終わるからね。さて、重要なことを話そうかい」



「ワシが説明したいんじゃが……」



「うるさいねえ。いちいち、物忘れする解説者なんて邪魔なんだよ。ほら、黙った黙った」



 クロノはしょぼんと、一段階小さくなったように感じた。



「大事な話だったね。落ち着いて聞いてくれ。この冷凍睡眠装置の製造年月が正しければ、あんたは1000年以上前の過去人種だってことさ」



「は? 1000年!?」



 浜之助は当然のように驚く。


 それはそうだ。


 変な博士に眠らされたと思ったら、1000年経っているのだ。


 驚かない方がおかしい。



「そして1000年経った今、昔の国家や企業は無くなり、未来人種の私達が細々とこのシェルターに住むだけとなったのさ。おそらく、他のシェルターもあるだろうけどねえ」



「待て待て待て。どういうことだよ。1000年!? 信じる方が無理だよ」



「ん~。と言ってもね。外は危ないし、データの方はあるけど実感させるのは難しいねえ」



「じゃあ、俺のプロゲーマーになる夢も……。そうだ。1000年経ったなら新しいゲームの発売もあるはずだよな。何かないのか?」



「あるにはあるがねえ。ちょっと待っておくれよ」



 ユラは左腕にはめた腕時計のようなものを操作する。


 すると、そこから光が漏れて、空中に3Dの画像が表示された。



「お、おおおお。ホログラムって奴か。そりゃそうか。1000年経っているから実用化されててもおかしくないよな」



 ユラはちょこちょこと端末を操作し、青色のホログラムの中にコンシューマーゲーム機が映った。



「パラステーション47、YBOY41、サガサターン21、パソコンゲームもあるねえ」



「サ、サガサターン復活したのかよ。やるなサガ!」



「ところでゲームソフトは何がいい?」



「そうだな。バックパックモンスターの最新は?」



「パクモンかい。私もプレイしたことがあるねえ。最新作はブラウンとライトブルーだよ」



 ユラはそう言って、パクモンの詳細を映した。



「うおおおお、御三家じゃなくて最初は5匹から選べるのか! そりゃ増えるよな。しかも総パクモン4000種以上! やりこみ勢歓喜だな!」



「ちなみに私は3000種までは集めたよ。流石に4000種以上ともなると、骨が折れるねえ。後ではまのんにも手伝ってもらうかねえ」



「手伝う、手伝う! え? はまのんって俺の事か?」



 浜之助とユラがゲームの話題で盛り上がっていると、横にいたクロノが申し訳なさそうに会話を遮った。



「あのう。説明の方、続けてもいいかのう?」



「ダメよ。私が説明するからねえ」



「……そんなあ」



 クロノが更に小さくなって、会話は軌道修正された。



「時代が1000年進んだのは分かってもらったようだね。1000年経って、世界は変わり、人類も進化したのさ。今は過去人種のDNAから未来人種のDNAに変わり。そのせいで、過去に造られた機械は未来人種を人類だと認識できず攻撃するようになり、私達はそれぞれシェルターへ逃げ込んだのさ」



 ユラは「ここ」と地面を指さした。



「今までは倉庫に備蓄されている食料や医療品、雑貨で引きこもったまま生き延びてきたのさ。だがそれも延命措置でしかなくてねえ。備蓄は、いつか無くなるものさ」



「それで、俺を起こしたのと何の関係がある?」



「言ったじゃないか。機械は未来人種を人類だと認識できない。つまり過去人種のはまのんならば、機械に攻撃されずにすむわけさ」



「なるほど。つまり俺に外へ出ろと」



「そうだよ」



「いやだよ」



「……それは困るねえ」



「……それは困るな」



 しばしの間、浜之助とユラの間で沈黙が続く。



 その沈黙を破ったのは、クロノだった。



「やっぱり、ワシが話した方がいいんじゃないかのう」



「ダメだね」



「……しょんなあ」



 クロノがより一層小さくなったところで、ユラはこう提案した。



「ここに住むつもりなら、私達に協力した方がいいよ。断れば、はまのんの生存に私達は協力できないねえ」



「今度は脅しかよ。嫌な尋問官だな」



「本当の脅しはここからさ。はまのん、冷凍睡眠から起きたのはいいけれど。何故今の今まで起こさなかったのか分かるかい?」



 ユラのその言葉に、浜之助はぞくりとする。



「まさか、再冷凍するとか言わないよな?」



「その手もあったねえ。でも私が言いたいのは違うよ。説明書によれば、はまのんが冷凍睡眠から起きて活動するには2つの条件が必要なのさ」



「条件って、何だよ」



「1つは通信環境。これは他の冷凍睡眠の人たちと脳波を確認しあう必要があるからだそうだね。通信が切れると、脳の相互干渉が無くなって、脳が融けだすらしいねえ」



「え? こわ。何でそんなことになってるんだよ!」



「冷凍睡眠で脳を死なせないために必要だったらしいねえ。詳しいメカニズムは知らないけど、脊髄にマイクロチップが埋め込まれているそうだよ。もう1つも似たようなものだねえ」



「他にもあるのかよ」



「はまのんはこれから定期的に解凍液と呼ばれる液体を摂取し続けなければならないのさ。これも脳の恒常性に必要らしいねえ。飲まないと、やっぱり脳が融けだすみたいなのさ」



「俺の脳って、そんなに弱いのかよ……」



 浜之助はユラの話を聞いて愕然とする。


 これではまともに暮らしていくことさえも困難ではないか。



「冷凍病、この病の事をそういうらしいねえ。この解凍液は備蓄が少ないし、はまのんを起こすために少し使ってしまったよ。もし他の冷凍睡眠をしている過去人種を起こすにしても、解凍液が足りないわけだねえ。だから、はまのん。選択するんだよ」



 ユラはそう言って、現実を突きつけた。



「私達に協力して解凍液と生活圏を得るかい。それとも残り少ない解凍液を抱えて余生を過ごすかい。どちらでも選ぶとよいよ」



 ユラは選ぶ権利を与えると言いながらも、延命するには実質選択肢は1つだった。



「けど、贅沢言ってはいられないか」



 浜之助は堪忍したかのように、こう答えた。



「分かった。協力するよ。ただ雇うからには3食昼寝付きで頼むからな」



 浜之助は好きなゲームのセリフを借りて、精一杯の虚勢を張って見せた。

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