俺、魔法使いがよかったのにっ!!

成瀬リオ

プロローグ

 ジリリリリリリリ…………!

「う、うーん」

 鬱陶しい目覚まし時計の音が、俺を叩き起こす。

 まだ寝ていたいと意地を張る目をこすりながら、ダラダラと部屋を横切って窓へ向かうと、バッと勢いよくカーテンを開ける。

 同時に、眩しい日の光が目に飛びこんできた。

 ……また、いつも通りの一日が始まったのか。

 昨日は深夜までゲームをしていたから、ついベッドまで戻って二度寝に入ろうとする。

 ――が、本能がそれを阻止した。

 なぜなら……。

「はあ……これで何日目だよ。さすがにゲームのしすぎか……?」

 額に手を当てながら、横になろうとしていたベッドに腰を下ろす。

 ――実は数日前から、俺は毎晩同じ夢を見ている。

 昔見た夢をもう一度見る、というのはよくあることかもしれない。

 シリーズものになっている夢なんてのも、今まで幾度となく体験してきた。

 だが、今回のは少し違った。

「くそっ、またかよ……!」

 頭を掻きむしりながら、吐き捨てるようにそう呟く。

 ……妙なのは、連続していることだけではない。

 同じ夢を見たということは分かるものの、その細部まで思い出すことが、どうやってもできない。

 ――誰も、何も存在しない、光で包まれたような白い空間に、一人で立ち尽くしている自分の姿。

 ――時々、『何か』と会話をしていた。

 毎朝絞り出せるのはこのくらいだ。

 誰もいないはずなのに、『何か』に向かって話しかけていたことが強く頭に残っている。

 その相手を思い出そうと奮闘するも、一度として成功してはいなかった。

 面影、声色、性別さえも分からない。

 ただ、俺は何やら夢中で会話をしていたような気がする。

 無論その内容も、頭からはなくなっていた。

 まるで何者かに、のではないか、なんてバカげた考えが浮かんでしまうほど、不自然に。

 そんな不思議な……というより、少し恐怖すらも覚える現象に、俺はここ数日悩まされていた。

 …………いや、逆に考えてみよう。

 毎日同じ夢を見られるってことは、運がいいんだ! きっと!

 ――朝から暗い気分になりたくないので、テキトーに理由をつけてそれ以上の思考をやめた。

「……あ。やばい、今日から新学期だった!」

 俺はアラーム設定を夏休み中のままにしていたことに今さら気づくと、ささっと制服に着替え、かばんを持って部屋を後にする。

 一階に下りると、廊下にはいい匂いが漂っていた。

 たぶん、母さんが朝ごはんでも作っているのだろう。

 朝はお腹が空かない系男子の俺は、リビングに顔も見せずに廊下を直進する。

「もう、行ってきますくらい言いなさい」

 振り返ると、俺の足音に気づいたのか、母さんがドアから顔を覗かせていた。

「じゃあ行ってきまーす」

「はい、行ってらっしゃい。車に気をつけるのよ?」

「いつまで言ってんだよそれ。もう子どもじゃないっての」

 そんなよくある会話をしながら靴を履き、俺は玄関のドアを開けた――。


 外に出ると、そこには久々に見る姿があった。

「あ、晴斗はるとおはよ〜」

「お、おう。なんか久しぶりだな」

「ほんとだよ〜。私、何回も遊びに誘おうと電話したんだよー?」

「あはは、ごめんごめん」

「隣なのに一回も会えなくて、私結構寂しかったんだからねー? これはどう責任取ってくれるのかな〜」

「いやごめんって、埋め合わせは必ずするから。……ってかいつも思うけど集合時間早すぎない?」

 ――姫宮ひめみやかえで

 隣の家に住む、俺の幼なじみだ。

 夏休みの間は全く会っていなかったが、普段はこうして一緒に学校に行ってくれている。

 まあ別に頼んだ覚えはないんだけど。

 …………ん?

 俺、なんで今こいつの紹介なんかしたんだろ。

 アニメの主人公が、新しく出てきたキャラクターを説明するシーンみたいに。

 ……ふっ、無意識にやってしまうとは、また一つ近づけたということだな。

 ――そう、俺はアニメの主人公になりたい、いや、むしろ自分を主人公だと思っている。

 理由は簡単。

『こんなつまらない世界で、どうやったら楽しく生きていけるか』――今年で中学二年生になってあの病気をこじらせた俺は、そんな悩みを抱えていた。

 そして行きついた答えが、『自分が人生というシナリオの主人公になること』だった。

 これを思いついた時、俺は天才だと思った。

 日常で起きることのすべてをイベントだと思いこむことで、退屈だった日々が急に鮮やかになった。

 好きじゃなかった勉強だって、ステータス上げの一環だと思えばむしろ楽しく感じてくるようになった。

 そんなアイデアが浮かんではや半年だが、今はどうすればより主人公っぽくなれるかを、暇さえあればアニメを見まくって研究している。

「……どうせ夏休み中ゲームしかしてなかったんでしょ?」

「え? ま、まあね」

 歩きながら、楓の声が俺を現実へと引き戻す。

 ……そういえば、こうやって話すの何日ぶりだろう?

 確かに何回か『遊びに行こー?』ってメールが来てた気はするけど、ゲームばっかしてて既読スルーしてたかも。

 さすがに最低だな……俺。

「もはやニートだね」

「ニートじゃねえし! 学校行ってるし!」

 言葉を返しつつ視線を横に移すと、楓は少し俯いて頬を膨らませていた。

 怒ってるのかと思ったが、楓はこちらに向き直ると。

「で、宿題はやったの?」

「んなわけないじゃん。そんな暇あったらゲームしてる」

「だと思った〜。先生に怒られるよー?」

「いや大丈夫だって、この俺の言いわけに騙されない奴なんていないから」

 そんな他愛もない話をしながら、俺たちは校門をくぐる。


 まだ時間が早かったためか、下駄箱や廊下には数えられる程度の生徒しかいなかった。

 同じクラスの奴らもいて、そこから夏休み明け恒例の会話が聞こえてくる。

 やれ「外国に旅行に行った」だの、「彼女とデートした」だの、実に楽しそうな思い出話。

 ――「ゲームしかしてませんでした」なんて言いたくないので、話しかけられないように気配を消して二階へ向かう。

「じゃあ、また帰りね〜」

 クラスが違う楓と別れ、やがて自分のクラスの前に着いた俺はドアに手をかけた。

 どうせまだ誰も来てないだろう、と思っていたが。

 ドアの小窓から中を覗くと、自席に座り一人で本を読んでいる奴がいた。

 ――ガラガラガラッ。

「……よっ、久しぶり」

 教室に入り机の前に行って声をかけると、そいつは顔を上げた。

「……? なんだ、晴斗か。久しぶり」

 こいつは水無瀬みなせあおい

 幼なじみとか近くの家に住んでるとかそういうのじゃないけど、一年生の頃からクラスが同じで、なぜか毎回席が隣になるっていう謎の関係だ。

 もしかして運命……?

 ――と、葵は机に本を置き、

「晴斗はみんなと話してこないのか? ……もしかしてぼっち?」

 そんなことを、ヘラヘラと笑いながら言ってきた。

「まだそんなに人来てねえんだよ。……ていうか『ぼっち』で本読んでる奴には言われたくないね」

「なっ!? う、うちは別にそんなんじゃ……! 一番乗りだっただけだし! こっちだってニートのお前にだけは言われ」

「だからニートじゃないから!!」

「だからってなに!?」

 俺は葵の言葉を遮る。

「お、お前マジでやめろよな! いくら俺がゲームしかしてないからって、そ、そんな言い方はないだろ! それにさっき楓にも言ったけど、ちゃんと学校来てるんですけどー? お前ニートの意味知らないの? バカなの!?」

「えぇっ!? ちょ、ちょっとからかっただけなのに……ご、ごめん。…………だからってそういうことだったのか……。……ってことは今日も楓と一緒に学校に……? べ、別に私がどうこう言う筋合いはないけど……」

 図星を突かれてムキになった俺のマジレスに気圧されたのか、葵の言葉は途中から尻すぼみになっていく。

 あれ? ツンデレのツンが九割を占めているこいつが謝るなんて珍しいな。

「ごめん、言い過ぎたわ」

 俺は謎にヒートアップした恥ずかしさからそんな謝罪の言葉を口にするが、

「……そういえば、夏休み中はどうしてたんだろう……? 家も隣同士らしいし……も、もしかして毎日一緒に遊んでた……!? いや、このニートもどきがゲーム以外するわけないか。……でも、連絡くらいはしてたのかな……? べ、別に羨ましくなんか……羨ましくなんか…………!」

「なんだコイツ」

 葵は微妙に聞き取れない大きさでまだ何かブツブツ言っていたので、放っておいて自分の席に着いた。

 ……その後は、続々とクラスにやってきた奴らからありもしない思い出話を聞き出されないように、机に突っ伏して寝たフリをしてやり過ごした。

 ――こうして。

 俺の夏休み明け初日の学校生活が始まったのだった。

 

     ■■■

 

「……なんか今日の校長先生の話、一段と長かったよね〜」

「それな」

 ――学校からの帰り道。

 長い休暇の後に必ずある、始業式とかいうクソおもんないイベントを乗り越えた俺は、楓と一緒に帰路についていた。

「で、宿題はどうなったの?」

「寝てごまかそうとしたんだけど、流石に無理があった」

「そりゃそうだよ〜。怒られたくなかったら、次はちゃんとやってくることだねー」

「そうだねー(棒)」

 今度楓に勉強でも教えてもらうか。

 ……と、いつの間にかもう家の前まで来ていた。

「んじゃ」

「うん。明日も迎えに来るからちゃんと起きてね〜」

「いや……」

 別にいいんだけど、と口にしようとしたが、楓の無垢な笑顔を見たら言えなくなった。

「――たっだいまー」

 玄関のドアを開けるが、家の中に誰かがいる様子はない。

 親がいると勉強しろだの家事手伝えだの面倒なことを言われるので、俺は今のうちに録画しておいたアニメを見ることにした。


『――はっはっは! 勇者よ、貴様は今ここで葬ってやろう』

『くっ……! 魔王め、お前は俺が倒すッ!!』

 今見ているのは、異世界に転生した主人公が勇者となり、仲間とともに魔王を倒す、という王道なストーリーのもの。

 基本俺は異世界系のアニメしか見ない。

 単純に異世界に憧れがあるし、現実ではまず見れないようなものをお目にかかれるからだ。

 たとえそれが二次元の、ただの連続した絵に過ぎないとしても、興奮することに変わりはない。

『――これで決める……!【ライトニング・セイバー】ッッッ!!』

『ぐああっ!? ……人間ごときに負けるなど、認めん、認めんぞぉぉおおおおお!!』

 ――そういえば、なんで異世界転生する主人公って剣士になるパターンが多いんだろう?

 近接戦しかできない上に、相当防御力が高くない限り、ボス級の敵に一撃でも攻撃を食らったら即致命傷になるのに。

 それに比べ魔法使いは攻撃範囲が広いから、比較的安全な距離を保ちながら敵に魔法を撃ちこめる。

 だから、もし異世界に行けることなんてあったら、俺は迷わず魔法使いを選ぶ。

 ゲームもまた然り。

 ……けど最近の異世界アニメは、物理でも魔法でもなんでも使える主人公や、そもそも能力がチートすぎて敵とのパワーバランスが崩れている作品が多い気がする。

 攻撃は最大の防御とは言うけど、何もかもワンパンとか、インフレして敵が雑魚になったソシャゲくらいつまらん。

 俺が目指す主人公像は『最初は弱くても、努力で強くなって困難を乗り越えていく』というもの。

 だから今見ているアニメも、正直勉強にならない。

 それでもなんだかんだ見ちゃうんだけど。

「あー。異世界に行けたらなあ……」

 ――ガチャッ。

 突然耳に入ってくるドアの音。

 どうやら母さんが帰ってきたらしい。

 即座にテレビを消すと、俺は忍者の如き身のこなしで、気づかれないようにリビングを離れる。

 階段を上って自分の部屋に入ると、そのままの勢いでベッドにダイブし、枕の横に置いてあったスマホを手に取る。

「まだ四時かぁ……」

 普通ならスマホゲーをするところだが、ちょうど昨日イベントが終わってしまった。

 かといって他にやることも思いつかなかった俺は、そのアプリを開いて脳死周回プレイでもすることにした。

 ――三十分後、寝落ち。

 

     ■■■

 

 どのくらい時間が経ったのだろうか。

 ふと目を覚ますと、部屋の電気を点けていなかったせいか、辺りは真っ暗になっていた。

 体を起こし窓へ向かうと、日は沈み、外はもうすっかり夜になっていた。

 と、俺は自分のお腹が減っていることに気づき、ふと握りっぱなしだったスマホの時計を見る。

 ――時刻は十一時を回っていた。

「十一時!?」

 思わず声が出てしまったが、当然のリアクションだと思う。 

 ……誰か起こしに来てよ。

 正直かなり空腹だが、こんな時間にご飯を食べて小言を言われるのも面倒だと思い、かといって眠るにしてもすでに一日分は寝たであろう俺は、しばらく窓の外をボーっと眺めていた。

 しかし、いつまでもそうしている訳にもいかず、仕方なくベッドに引き返そうと、窓から視線を外しかけた。

 ――その時。

「うわっ!?」

 突然視界が白く染まり、俺は反射的に目を閉じた。

 急な出来事に言葉を失い、まぶたを突き抜けてくる眩しさから逃れようと、手で顔を覆う。

 ……何が起こったんだ? 誰かが部屋の電気でも点けたのか?

 そう思ったが、数秒後にほんの少しだけ開けることができた目で周囲を確かめると……。

「なんだ、これ……」

 元をたどり、どうやら発生源らしい窓のほうへ目を向けると、まるで白い紙でも張りつけたかのように一面光で埋め尽くされ、見えるはずの景色はなかった。

 もはや差しこむとかいうレベルではない光を長くは直視できず、部屋のほうへと振り返る。

 しかし、謎の光は時間とともにさらに眩さを強め、みるみるうちに空間をも白く染め上げていく。

 再び目を閉じることを余儀なくされた俺は、状況が理解できず、思わず床に倒れこむ。

「ぐああっ! ……見えない!? なんだよ! 意味分かんねえよ!!」

 どうにかして目を開けようとするが、眩しすぎて気を保つだけでも精一杯だ。

 完全に視界を封じられた俺は、カーテンを閉めようと手探りで床を這うが、方向感覚さえつかめない。

「なんなんだよ! 夢か!? またあの夢か!? ならさっさと覚めてくれ!!」

 そんな叫びも虚しく、威力を弱めない謎の光の中で意識が段々遠くなって――――

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