第27話 静かなる刃、蒼き瞳の兆し
やがて。
「……そろそろ、かな」
フェイがふと足を止めた。
ただそれだけで、観ている者たちの背筋がぞくりと粟立つ。
彼の瞳がわずかに細められ、呼吸が静かに整えられる。
「……このままだと、きっと“納得”されないだろうしね」
次の瞬間――
空気が、変わった。
一気に、張り詰めるような緊張が場を覆う。
熱でもなく、冷気でもない。だが、肌に刺さるような異質な“圧”が満ちていく。
フェイの瞳が、わずかに淡い青光を帯び始めた。
まるで、目の奥に蒼い星が灯ったかのように――
内なる“核”が、仄かに輝きを放ち始める。
観覧席。
「……あれは……」
「目つきが、変わった……ただの案内人じゃないな、やはり」
氷牙のシュレインが眉をひそめ、
ヴァリスは目を閉じたまま、わずかに杖の先を床にトンと叩いた。
そして、セリス・アルミナが口を開く。
「……“あの瞳”……」
言葉を濁しながらも、彼女の瞳には真剣な光が宿っていた。
それは、過去に噂で聞いた“特質したな存在”を思い出す、確かな警戒と敬意の視線。
誰も言葉にせずとも感じている。
――この男は、ただの人間ではない。
フェイの瞳が淡く光るたび、場の空気が緩やかに、しかし確実に変質していく。
呼吸すらも難しくなるような“場の圧”。
そしてそれに呼応するかのように、対峙するガラルもまた構えを変えた。
重心を落とし、両足で地を捉える。
槌の角度を微妙に傾け、視線を鋭く絞る。
睨み合い。
その言葉では到底足りない。
互いの一手が、命を裂くことを理解している者同士の沈黙。
“見極め”と“探り”、そして“殺気”が複雑に絡み合い、場に痺れるような静寂が訪れる。
その間、数秒か。
あるいは、十秒以上に感じられる永遠の間か。
観覧席では、誰もが息を殺している。
手を下ろせば即座に隙を突かれる。
構えを崩せば、死角が生まれる。
それほどの緊張が、いま二人の間に張り詰めていた。
フェイは、一旦納刀していた刀にそっと手を添えた。
もう軽口も、笑みもない。
その顔には、無駄のない静けさと、狙いを定めた“獣”のような集中がある。
一方で、ガラルの眼には変わらぬ熱――
だがそれは、ただの怒気でも威圧でもない。
**「対等な力にだけ、全力で応える」**という、戦士の誇りだ。
そして、風がほんのわずかに、吹いた。
フェイが、吐息をひとつ落とす。
その言葉が地を打った瞬間、空気が揺れた。
フェイ・オーディンが、地を払うように踏み出す。
速い——
まるで風が一筋、地を切るような踏み込みだった。
重さがない。音すらない。だが確かに、空間が“裂かれた”。
ガラルが反応するよりわずかに早く、フェイの指が刀の柄をとらえる。
そのまま——
一閃。
刀が鞘から走り抜け、白刃が閃光のように閃いた。
ギィィィンッッ!
乾いた金属音が、闘技場の空を裂いた。
雷槌と刀が真正面からぶつかる。
火花が弾け、地面を振動が這い、二人の足元に衝撃の風が渦巻く。
「なっ……!」
観覧席の誰かが、思わず漏らす。
その声は、二つの“質量”の衝突に対する驚愕だった。
だが、それ以上に驚きを呼んだのは——
刀が折れなかったこと。
そして雷槌が、わずかに“押された”こと。
一瞬、ほんの一歩だけだが、
ガラル・バルド=ゾルドの足が、後ろへと滑る。
「……チッ」
大地を鳴らすほどの一撃を受け止めたフェイは、軽く息を吐き、脱力した構えに戻る。
「ふふ……いい腕してる」
刀は鞘に戻され、手は無造作に下ろされた。
だがその姿に、誰もが“隙”を見出せない。
「……“避ける”だけの男じゃなかったか」
ガラルの低い声に、戦士としての“確かな評価”が宿っていた。
そのやり取りに、観客席も静まり返る。
クレア・ノクスは頬杖をつきながら、小さく目を細める。誰にも聞こえないほどの小さな声で、呟く。
「全く、相変わらずね……」
それがどちらに対してのものかは不明だ。
セリス・アルミナは長いまつ毛を伏せ、感情の読めない笑みを唇に浮かべた。
ヴァリス・クロウ=ネメアは目を閉じたまま、静かに呟く。
「……これで、“本気ではない”のならば。なお騒がしくなるな」
そう——
二人とも、まだ本気を出していない。
刃も雷槌も、いまだ本当の牙を剥いていない。
それでも、この闘技場の空気は、今にも爆ぜそうな緊張に包まれていた。
再び間合いを取った二人が、静かに立ち尽くす。
ガラルは重心を落とし、槌を肩から正面へ。
目は獲物を狙う獣のように鋭く、完全に戦闘体勢。
一方のフェイは、いつもの笑みを消し、静かに吐息を整えていた。
その瞳は淡く輝くまま、すべてを見通すような深さをたたえていた。
そして——
「……らあぁああッ!!」
雷が唸った。
ガラルが地を蹴り、雷槌が風を裂いてうなる。
空気が引き裂かれ、石畳が悲鳴を上げるように震える。
その一撃は、もはや“様子見”ではない。
本気ではないにせよ、“本気に近い”域に差し掛かっていた。
観客席が息を飲み、思わず前のめりになる。
だが。
「おい、団長」
その声が、張り詰めた空気を引き裂いた。
静かで低い声。
闘技場の隅から響いたのは、雷迅副団長——バルド・グレンのものだった。
力ではなく、重みを持った声。
「……そろそろだ。これ以上は、礼を欠く」
その一言に、ガラルの肩が揺れた。
槌をぴたりと止め、そのまま肩に担ぎ直す。
「ったく、よ……」
唇の端が、ほんの少しだけ持ち上がった。
「見極めるつもりだったが……まぁ、これ以上は“遊び”じゃ済まなくなりそうだったな」
「ありがと」
フェイも、刀を静かに収めたまま、苦笑を浮かべて言った。
「こっちも、本気で殴られるのはちょっと遠慮したかったし」
そのやりとりは、短いながらも、互いの“器”を読み合った者同士の会話だった。
観客席では、団長たちが無言のまま視線を交わす。
ライアスは腕を組み、「……まぁね」と小さく呟き、
ミレイユは穏やかな笑みを浮かべながら拍手のように両手を打つ。
ヴァリスは目を閉じ、わずかに頷くだけで何も言わなかった。
そして、セリスが立ち上がる。
「……面白くなりそうね、この“十三”」
やがて空気が緩やかに緩み、試合は終了を迎える。
だが、誰もが心のどこかで思っていた。
「このふたりが、本気を出したら――どうなっていたのか」
そして、その答えが遠くない未来に明かされることを、誰もが予感していた。
やがて、激闘の熱が静まりはじめる。
観客席にも、闘技場の周囲にも、ひとときの安堵と安らぎが流れていた。
ガラルや、観客達はゆっくりとその場を離れていく。
試合の興奮、ぶつかり合った気迫と刃。それらが余韻となって空を満たす中――
「ちょっと、待って」
その空気を裂くように、澄んだ声が響いた。
声の主は、エヴァ・ムーンカルザ。
彼女はフェイに向かって、まっすぐに立ち、まっすぐにその瞳を向けていた。
髪が風に揺れる。
瞳は揺れていない。芯が通っていた。
「……フェイ。私に、修行をつけて」
その言葉に、わずかに静寂が走った。
フェイが一瞬だけまばたきし、冗談かとでも言いたげに口を半開きにしたが、
その反応より早く、エヴァがもう一歩、踏み出して続けた。
「私は……まだ騎士団の団長なんて器じゃないって、そう思ってる」
低く、だが凛と響く声。
自嘲ではなく、“現実を受け止めた者”の声だった。
「それに、正直に言えば怖いの。足が震えてるくらい」
それでも、と彼女は言った。
「でも、やるからには、中途半端ではいられない」
「あなたの力を見て思ったわ。――このままじゃ、私の背は、誰の信頼も支えられないって」
風がふっと吹き抜ける。
闘技場にいた誰もが、エヴァの声に耳を傾けていた。
「だから……もっと強くなりたい。
あなたの隣で“団長”として立てるように。
あなたが背中を預けてくれるように。
そして、仲間の命を預かるに足る者になりたい」
その瞳には、迷いの影はなかった。
たとえ自信がなくとも、“決意”だけは確かにあった。
フェイはしばしの沈黙のあと、口元をわずかにほころばせた。
「ああ……」
その笑みは、いつもの軽さではなく、どこか誠実なものだった。
「やっと“らしい”顔になってきたじゃないか、エヴァ」
彼はふわりと肩をすくめながらも、しっかりとその言葉を受け止めるように、ゆっくりと頷く。
「……了解。じゃあ、よろしく頼むよ。団長さん」
「ええ。……こちらこそ、頼むわ。副団長」
ほんの一拍。
ふたりの視線が、真っ直ぐに交差する。
冗談も、遠慮もなかった。
そこにあったのは、“誓い”だった。
場の空気が、ふっと温かくなる。
闘技場にいた者たちも、それぞれ無言のまま頷いたり、視線を交わしたりしていた。
形だけの役職ではない。
上から命じられただけの肩書ではない。
ここに――
“第十三騎士団”が、本当の意味で確かに生まれた。
それは、名も戦果もまだない、新たな団。
だが、その一歩は、
剣と剣が交わり、
心と心が繋がり、
願いと責任が言葉になった瞬間だった。
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