第16話天音の想い


 結衣さんとの散歩の後、部屋でプレゼントを開けると、遙さんのは携帯ゲーム機で、円香さんのはアクセサリーだった。

「ねぇ、葵。どうして出ていこうとしたか聞いてもいい?」

天音さんが話しかける。

「みなさん、私にとてもよくしてくれます。ですが私は性別というもっとも大事なことを隠して、みなさんを騙しているのが心苦しくて・・・。」

「確かにあなたは性別を偽っているけれど、それは私のためでしょう?あなたが気にやむ必要はないわ。私のせい・・・。」

「いえ、別に天音さんが悪いわけでは!」

「・・・。そうね。でもね、葵。私達は本当にみんなあなたのことが大好きなの。それは男だろうと、女だろうと、性別なんて関係なく1人の人間として、葵、あなたのことが好きなのよ。」

さっき結衣さんにも同じようなことを言われた。

「ありがとうございます・・・。心配かけてごめんなさい。天音さんにそう言っていただけて少し気持ちが楽になりました。」

「でも、私に黙って出ていこうとしたことはやっぱり許せないわ。」

「ご、ごめんなさい!許してくださいっ!お詫びに何でも言うことききますから!」

「な、何でも?」

「は、はい。」

「惹かれるわね・・・。でもそれは違う気がする。」

よくわからないけど、不満そうな目つきで見つめられていた。

「でも、私はずっと友達だって言ったのに天音さんにひどいことしてしまって。」

「・・・もう別にいいわ。こうして残ってくれたのだから。」

「天音さん・・・でも。」

「あなたがこれから先、ずっと、一生、私のそばにいてくれるのなら許すわ。」

「え・・・・天音・・・さん。それって・・・どういう?」

「葵・・・あなた、ホントに何もわかってなかったのね。」

ちょっとだけ頬を膨らませながら天音さんが近づいてくる。

「本当、あなたって・・・。」

ゆっくりと、私の頬に両手が添えられる。

つねられるのかなってぼんやり思ってたのだけどーー

「んむっ・・・・ちゅっ・・・」

・・・・・。

「ん・・・・、ん・・・・。」

え・・・・・?あれっ・・・?

唇にやわらかい何かが当たってーー

「・・・・。・・・・っ!?!?」

キ、キス、されてる!?

「・・・・しちゃったわ。」

「し、しひゃったって・・・あ、天音さ・・・・んっ!?」

「ん・・・・、ん・・・・・ちゅっ・・・。」

「〜〜〜っ!?あまねしゃ・・・・っ、んぅっ!?」

一瞬離れたかと思いきやすぐに思い切り唇を押し付けてくる天音さん。

その柔らかさと、ぬくもりと、甘い香りと、かすかな吐息と、とにかくすべての感覚が天音さんで埋め尽くされていく。

「あ、あの・・・・、んっ、うぅ・・・・」

「あふっ、キス・・・イヤ・・・?」

「そんなことは・・・でも・・・んんっ!」

囁きながら何度も天音さんは唇を合わせてくる。

「ちゅっ・・・ちゅっ・・・・こういう・・ことよ?」

「ちょ、ちょっと待っ・・・あふぅぁ!?」

唇が重なるたびに頭が真っ白になって、何を言われているの全く理解できていなかった。

「話は・・・あとで、いいわよね・・・?ちゅっ・・・。」

再び強引に唇を押し付けてくる。

「んむっ、あふぁ・・・っちゅるっ、あお、い・・・。」

「ぁふっ、ぁっ!んんんっ・・・!」

唇をこじあけられて天音さんの舌が入ってくる。

艶めかしいそれが私の舌に合わさると、緊張のあまり、呼吸すら忘れて。

「れろっ・・・ちゅっ・・・ちゅぅぅっ。」

お互いに、息が続かなくなるまで天音さんに初めての唇を奪われ続けるのだった。


「ふはぁっ、はぁ、はぁ・・。」

「あ、あわわわわっ!」

ようやく天音さんが離れてくれても、心臓のドキドキと意識の混乱は簡単には収まらない。

「あの、大丈夫?」

「は、はい・・・。でも・・どうしてこんなことを?」

「あなた、鈍すぎるからこうでもしないと分からないと思って。」

「え・・・・と・・・。」

「まさか・・・まだ分からないの?」

天音さんの顔に絶望じみたものが浮かんでくる。

「えっ、あっ、いや、その。」

「本当に怒るわよ?あなたのことが好きだと言っているの!」

「えっ・・えぇぇぇっ!!」

「本当にわからなかったの?どういうこと・・・。」

「ち、違うんです!もしかしたらそうなのかなって思わなくはなかったんですけどっ!信じられなくてっ!というか、天音さんが、私を・・?本当にっ!?」

「どうしてそこまで疑うの?好きでもない人と同じベッドで寝たり、キス・・なんて、できないわ。」

「でも・・・だって・・・そんなはずは!」

「だからどうして信じてくれないの?」

ーーどうしてだろう・・・?

「キスなんて、好きじゃなかったらしようなんて思わないわ・・・。」

「天音さんが・・・ボクのことを・・・?」

かーっと顔が赤くなるのを感じた。

ようやく事実が胸の中におさまった。

「にゃにゃっ!うにゃにゃぁっ!」

「葵がおかしくなったわ。」

「急にそんなことを言われて、キスまでされて、冷静じゃいられませんよっ!」

今のって、告白っ!?

ボク告白されたんだよねっ!?

どどど、どうしよう〜っ!

「本当に、全く気づいてなかったのね。眼中になかったということ?傷つくわ。」

「すみませんすみませんっ。そんなはずはあるわけないって思い込んでてっ!」

「とにかく・・・そういうことだから。

私は、あなたを、愛しているわ。」

「・・・はい。」

「寝るわ。」

「ちょっ、天音さん!」

急に照れくさくなったのか、天音さんは着替えもせずに布団に入ってしまった。

「ええと、あの、おトイレ行ってきます!」

ボクも照れくささを我慢できず部屋を飛び出した。


 そうして部屋を出たときだった。

「わっ!お姉様っ!」

「えっ!?」

出たら遥さんが部屋の前で体育座りしていてちょっとびっくりした。

「あ、あは・・・。

こ、こんばんわ、なのです。」

なんだかひきつった表情をし、慌てて立ち上がる遙さん。

「そんなところで何していらしたんですか?」

「えっと、ですね。天音お姉様とお話中かなって思って・・・。」

つまりノックするか迷っていたのだろう。

「ずっとここにいたんですか?」

「はい・・・。まぁ。」

部屋のドアは閉まっており、防音も完璧だから私達の話の内容は聞こえていないはず。

「話はもう終わりましたから大丈夫ですよ。それで、ご用件はなんでしょう?」

「あの、あのですねっ・・・たいしたことじゃないのです、けど。」

恥ずかしそうにモジモジとしながら遥さんはポケットから何かを取り出した。

「これ、一緒に遊びたいなって思ったのです。」

見せてきたのはさっきプレゼントされたのと同じゲーム機。

「プレゼントしたのと同じゲーム入ってるのです・・。」

「あぁ、モンカリですね。モンカリって協力プレイ前提ですもんね。」

「はいなのです。だから・・。一緒にやりたくて、それでプレゼントしたのです。」

遥さんはそう言いながらきゅっと私の服の袖をつかんでくる。

「そんな理由でプレゼント決めるの、やっぱり迷惑なのです?」

「そんなことありませんよ。私だってこういうゲームは嫌いじゃないです。」

「本当なのです?あの、じゃあ、一緒に遊んでくれる?」

「はいっ!」

するとさっきまでの不安そうな表情がなくなり、彼女は小さく、

嬉しそうに微笑みを浮かべてーー

「ぐすっ、えへっ・・・よかったぁ。」

「えっ、あの、遙さん?」

何故だか遥さんはボロボロと泣き出した。

「あれっ、あはは。はるか、どうして泣いてるのかな。」

「そ、それはこっちのセリフです。」

「ぐすっ、ごめんなさいです。はるか、ほっとしたら、なんか、急に・・・あはは・・・っ。」

哀しくて泣いているわけではない。

さりとて嬉し泣きかと言えばそれも違う雰囲気。

「ひっく・・・えぐっ、止まらないよぅ。」

「遙さん・・・。」

途方に暮れて私は立ち尽くすばかり。

「あの、あのね、お姉様。はるか、怖かった・・・。すっごく怖かったのです。」

「何が・・・ですか?」

「もしも、お姉様が出ていくの、気づかなかったら・・・。もうちょっとだけ出るのが遅かったら・・・!そしたら、今頃きっと、お姉様はここにはいなくて、もうはるかとは遊んでくれなくてっ・・・。」

あぁ、それを想像しただけで彼女はこんなにも・・・。

「そんなの、イヤなのです・・・。せっかく仲良くなって、もっと、いっぱいいっぱいお話したり遊んだりっ、したかったのにっ。」

しゃくり上げながら彼女は言う。

「ぐすっ、えぐっ、お姉様のバカぁ・・。」

「心配かけて、ごめんなさい。」

天音さんに言った言葉を遥さんにも言う。

「もう・・・いいです・・。ふぇぇぇ。」

でも私が、本当に言いたいのはコレじゃない。

私はそっと手を伸ばし、頭にのせた。

「ふぇ・・・?お、お姉様?」

「ありがとうございます、遙さん。」

「ありがとうって、・・何がです?」

「私がいなくなったら、遙さんは泣いてくださるんですよね。」

「そんなの、当たり前なのですぅ。」

「当たり前なんかじゃないです。

ただの知り合いがいなくなったからって、人は簡単に泣いたりしません。」

「ただの、知り合いなんかじゃ、ないのです。」

「はい、だから・・・ありがとうございます。自分がいなくなったら、寂しくて泣いてくれる人がいる・・・。

こんなに幸せなことはありません。」

「お姉様・・・?」

「大丈夫です。もう勝手にいなくなったりはしませんから。遙さんを1人ぼっちになんて、しませんから。」

「・・・はい。お姉様。」

(私は、遥さんの大切な人になれたのだろうか。

だとしたら、1人ぼっちにならずに済んだのは、救われたのは私の方だ。)

「プレゼント、ありがとうございました。

あのゲーム、やってみたかったんです・・・

嬉しいです。」

「はい・・・すっごく面白いのです!」

「一緒に、遊んでいただけますか?」

「あはっ・・・。それ、さっきはるかがお願いしたことなのですっ。」

「でも、私からもお願いしたいんです。

これからも、たくさん・・・

遊んでくださいね?」

「はい、はいっ!もちろんなの!」

まだ涙は浮かべたままだったけど、嬉しそうに笑ってくれた。

本当に私は、どうしてここから去ろうとしたのだろう。

こんなにも慕ってくれる人がいる。

私と遊ぶのをこんなに楽しみにしてくれている人がいる。

それはこんなにも幸せなことなのに・・。

「あははっ♪お姉様、そんなに撫でたらくすぐったいのですぅ♪」

可愛いこの人を大切にしたいと思った。

「んん・・・♪髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃいますぅ♪」

嬉しそうに抗議する遥さんをしばらく撫で続けるのだった。



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