第14話止まらない涙

 フロアはとても静かだった。

(みんなが、いない今のうちに・・・。)

玄関まできたところで、どこかから声が聞こえた。

「あ、きたきたっ。お姉様、まだ気づいていませんです。」

「しっ!声が大きいわ!」

「ごめんなさいなのです。」

小さな声が聞こえる。

(えっ!?みんながいる?マズイ、部屋に戻らないと!)

「それじゃ、いきますよ?せーっの!」

そして引き返し、階段の前にさしかかったその時だった。

パンッパン!!

物陰からみなさんが飛び出してきて、一斉にクラッカーが鳴る。

「葵(様)!(お姉様!)お誕生日おめでとう!(なのです!)」

みんなが口を揃える。

「えっ・・・・?」

私は事態がわからず惚ける。

「葵様、ハトが豆鉄砲くらった顔をしていますわ。」

「葵ちゃん、すっごく驚いてるわ。」

「それにしても、これ、いきなりやられたら心臓が止まりかねないわ。」

天音さんが言う。

「たん、じょう、日・・・?今日は何日・・あーっ!!」

今日は私の誕生日だった。天童家の使用人になり10年以上、誕生日など祝われたことがなかったからすっかり忘れてた。

「ほんとに忘れる人って存在したんですね。一瞬、天音お姉様の勘違いなのかと思ったのですよ。」

「そんな、いくら何でも間違えないわよ。葵、お誕生日おめでとう。」

「うふふ、じつはこっそりみんなで葵様の誕生日パーティの準備をしていたんです。」

「あのね、あのねっ。ケーキはあたしが焼いたんだよっ。学園の家庭科室借りてね♪」

円香さんが喜んで言う。

「円香、本当に嬉しそうに作っていたわ。」

「ほんとは私も手伝いたかったんですけど。」

結衣さんが言う。

「安心してくださいなの、結衣お姉様はほんっとに何もしてませんから!ちゃんと天音お姉様が見張っててくれたから太鼓判なのです!」

「うぅ、お料理のことになるとこんなのばっかりですぅ。」

結衣さんが悲しそうに言う。


 「お姉様、準備は万端なのです!こっちきてくださいなの。」

遥さんが私の手を引っ張ろうとして、気づかれた。

「ってあれ?その荷物、なんなのです?」

キャリーバッグを見られた。

「あの、これは・・・。なんでもない、ですから・・・」

「ふぇ・・・えっ?でもこれって・・・。」

まぁそうですよね。

キャリーバッグなんて引いていたらそんなふうに見えちゃいますよね?

「あの、お気に、・・なさらずに・・・。」

駄目じゃないか・・・と心の中でつぶやいた。

何を言い訳してごまかそうとしているんだ・・・私は。

「葵・・・?あなた、まさか・・・」

天音さんが尋ねる。

見つかったからには、きちんと説明してお別れを言わないと・・・。

でも・・・・でも・・・・。

お誕生日とか・・・こんなことをされてしまったら。

頭の中がぐちゃぐちゃに混乱してしまう。

「あの・・・・みなさんに、・・大事なお話・・・が・・・。」

それでも、事情を話そうと、息を吸い込んで。

あれ?

おかしいな。

なんでだろう?声が出てこない。

「あ、あのあの!お姉様・・・?」

「泣いて、いらっしゃるんですか?」

言われてようやく気づいた。

「あれ・・・あれ?」

視界が涙でにじんで霞んでいる。

「な、なんで・・・・どうして、私・・。」

「もしかして、嬉し泣き・・・だといいのです、けど・・・。」

結衣さんの声が自信がなさそうに沈んでいく。

「そういう雰囲気じゃない・・・よね?」

「い、いえ・・・おかしい・・・なぁ・・。」

どうして泣いているのか自分でもよくわからない。

ただ突然胸が苦しくて・・・。

「誕生日、なんかまずかったです?」

「そう・・・なの?おめでとうって言いたかったのだけれど。」

「・・・誕生日、私の・・・。」

そして唐突に蘇る。


 12年前、死んだ両親が最後に私を祝ってくれた光景を。

「ハッピーバースデー!葵ちゃん。」

「おめでとう、葵。」

ずっと昔・・・お父さんとお母さんが言ってくれた。

頭を撫でながらおもちゃを渡してくれたんだ・・・。

「あ・・・・あ・・・」

お母さんの手の感触をはっきり覚えている。

思い出してしまった。

「・・・・っ、う・・・・っ。」

得体の知れない何かが、ずっと見ないようにしていたその感情が、いきなり胸の奥から迫りあがってくる。

「だ・・・め・・・、ぁ・・・ぁあ・・

・・っ。」

駄目・・・無理・・・隠せない・・・あふれてきちゃう・・・。

「こんなの・・・ひどい・・・です・・・。」

「え・・・・、ご、ごめんなさい・・・。」

天音さんが謝る。

私は必死に首を振る。だって天音さん達は何も悪くない。

だけど、それでも・・・。

「おめでとう・・・なんて・・・そんなこと、言わないでください・・・。えぐっ・・・っ、私に、優しくしないで・・・っ」

「あの、葵様・・・落ち着いて?意味がよくわからないです。」

「だって、・・嬉しいから・・・っ!色んなこと、思い出しちゃうじゃないですかぁ!」

幸せな記憶を思い出して。

それを失ったことまで、思い出してしまって。

「ご、ごめ・・・・なさい・・・。わ、私・・・、私はっ。あ・・・あ・・・、あああああぁ・・・・!!」

・・・ずっと我慢していたものが溢れだす。。

止めようと思っても熱い液体が目から次々と溢れてしまう。

「うああああ・・・っ!ぁあ、あああーー!」

考えてみたら両親が死んではじめてだった。

「なんで・・・っ!今になって・・・!お父さん・・・・お母さぁん・・・っ!」

今まで泣かずに我慢できていたのに、本当にどうして。

「お、お姉、様?」

「葵ちゃん・・・。」

「葵、両親を思い出しているの?」

「そういえば、葵様って・・・。」

・・・私は1人ぼっちだ。家族なんて、もう誰もいない。

だから、一人きりで、強く生きなければいけないはずなのに。

「うぐっ、あっ、ああ・・・!なのに・・・どうしてっ!」

目の前に与えられてしまった。

お誕生日おめでとうって、嬉しそうに、本当に気持ちを込めて、みんなが言ってくれた。

それはまるで本当の家族のように思えてしまって。

なくしたはずの、諦めていたものを、見つけてしまって。

決して、気づいてはいけなかったものなのに。

「こんなの、あんまりです・・・!だめっ、なのに・・・!誰か、たすけてよぉ・・・。ひぐっ、ああああ・・・・!」

取り乱してもう泣くことしかできなかった。

子どもみたいに、救いを求めて、みっともなく泣きじゃくる。

「葵様・・・・。」

「だ、大丈夫・・・大丈夫なのです・・・怖くないですよ?」

「葵・・・、私、どうしたらいいの?」

みんなが心配して声をかける。

「天音・・・さん・・・、

えぐっ、ああ・・・っ。」

揺らいでいた感情が。引きつけられていく。

「私は・・・私は・・・ぐすっ、でも・・。」

「いいから・・・言ってみて?」

天音さんが優しく言う。

そんなの、言ってはいけない。わがままだ。

間違っている。

「わ、私は・・・ここで・・・っ、みんなと、一緒に・・・!」

だけど、この優しい世界に甘えたかった。

「私はっ、ここにいたいです・・・!このままずっと!」

きっと、優しく受け止めてもらえるだろう。

そうして私は、そのぬくもりに余計に惑わされていく。

そんな予想をした、けれど。

「・・・ねぇ葵、私、少し怒っているわ。」

「ふぇ・・・あまね・・・さん・・。」

「勝手にいなくなるなんて、許さないわ!」

少し高圧的な言い方に、むしろ救われた気がした。

なぜならそれは、選択を求めていないから。

理性も、常識も、天音さんが私から取り上げてくれた。

「あなたは、私達のそばにいて。これは命令よ。」

「ぐすっ、はい・・・・、はい・・・っ!」

「ホントに、しょうがない子ね。このままでいたい?そんなの、いいに決まっている!当たり前でしょう?」

天音さんがそっとハンカチを差し出してくる。

「だって、私達、みんなあなたのことが、大好きなのよ?」

「そうよ!葵ちゃんはここにいなきゃダメなの!」

「葵様が、いない寮なんてもう考えられません!」

「そうなのです!お姉様、はるかを置いて出ていくなんて言わないでなのですっ!」

みんなが次々に言う。

「みなさん・・・ふぇぇん・・・!!」

ーー今度は、ただ純粋に嬉しくて。

いつまでも涙が止まらなくなってしまう。

その後しばらく泣き続けたのだった。


ひとしきり泣き終えた後、誕生パーティが再開された。

「それじゃ、改めて。葵、誕生日おめでとう!」

「おめでとう、葵ちゃん!」

「葵さん、おめでとうございます!」

「お姉様、おめでとうなのです!」

「・・・みなさん、ありがとうございます!」

そしてプレゼントが渡される。

「あの、開けてもよろしいでしょうか?」

「は、はるかのは恥ずかしいからあとで開けてほしいのです!」

遙さんが慌てて言った。

「それじゃ、あたしのも後であけて?」

円香さんが言う。

「私のは今開けてもよろしいですよ?」

結衣さんがそう言うので開封してみた。

中身はティーセットだった。

「わぁ、ありがとうございます!さっそくこれでみなさんにお茶を入れてさしあげますねっ!」

私がそう言って立ち上がろうとしたら天音さんが声をかけてきた。

「待って、葵。先に私のプレゼントを開けてちょうだい。」

「え・・・。あ、はい。わかりました。」

そしてプレゼントを開ける。

中身は・・・スマホだった。

「あなたスマホ持ってなかったでしょう?私のと一緒に、おそろいで買ったの。私達の番号はすでに登録済みよ。」

みなさんとのつながりがまた一つできたことにまた熱い液体が目から流れ出た。

「あの・・・。私、嬉しい・・・です。ありがとう・・ございます・・・。あっ、私、お茶を入れないとっ!」

私は照れくささから、急いで立ち上がりキッチンに行き、涙を拭きながら紅茶をいれるのだった。

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