薄毛用シャンプーを開発せよ

すでおに

薄毛用シャンプーを開発せよ

 生活用品メーカーD社で企画会議が開かれていた。D社はカプセルホテルを中心としたアメニティの製造を主要事業としていたが、売上高は生活用品メーカーとしては下から数えた方が早く、それもずっと横ばいの、零細企業といってよかった。


 企画会議も形だけのおざなりのもので、いくつかの提案がなされたとしても実現には至らず、毎度時間の浪費に終わるだけだったが、この日ばかりは違っていた。場に熱をもたらしていたのは入社2年目の榊原だった。


 小学3年で父を亡くし、女手一つで育てられた榊原は、Fランク大学出身ゆえ就職活動で相手にすらされなかった一流企業に雪辱を果たすべく、零細企業にあっても一人野心を燃やしていた。新入社員の採用がなかったこの年も彼は社内最年少であったが、現状維持を是とする社風に侵されてすっかり腰の重くなった上司たちに臆することなく立ち向かった。 


「今回私が提案するのは薄毛用シャンプーであります。これこそ当社がトップメーカに下剋上を果たすための待望の新製品、薄毛に悩む世の多くの男性の支持を得ることは請け合いです」


 彼は身振り手振りを交えて訴えた。着用しているスーツは紳士服チェーンで購入した格安の既製品。靴も同様で、ネクタイもお洒落とは言い難いが、服装に煩わされる男ではない。上司から向けられる疑念の目に怯むことなく続けた。


「薄毛は世の男性を悩ます問題で、すでに多くの企業が進出し、一大市場となっているわけですが、私が提案するのはこれまでになかった、全く新しい製品であります」


 暇さえあればアイデアを練り続けていた彼の頭にようやく浮かんだ傑作と自負する新製品。他社に類似品がないことは確認済みで、それも大きな手ごたえにつながっていた。


「ご承知の通り、当社には薄毛改善のシャンプーを開発する予算はありません。しかし悲観する必要はないのです。市場にはすでに同種の製品が溢れていて、後発品ならばよほどの効果がなければユーザーには見向きもされません。従来の手法で攻めては成功を掴むことは叶いませんが、アイデア次第で蟻にも象を倒すことが出来るのです」


 D社はシャンプーも製造していたが、カプセルホテルの浴場などに置かれる業務用のもので、一般に流通する普及品はなかった。


「さらにこの技術はトリートメントへの応用も可能です。シャンプーとトリートメント、相乗効果での売り上げ促進に期待が持てます。今日はこちらに試作品をご用意いたしました」


 榊原はテーブルの上に、布を被ったままのそれを1つだけ置いた。まずはシャンプーの試作品から。ただしシルエットはどこにでもあるそれで、従来品との差異は窺えなかった。


「予めお断りしておきますが、中身は従来品と変わりありません。当社で販売してきたシャンプーそのままであります。ゆえに開発費が抑えられるのも本製品の利点であります。目玉はボトルにあります。すでに特許は申請済みです。無理を言って作っていただいた試作品がこちらです!」


 榊原が頂部を摘まんで布をさっと引き上げると、シャンプーが現れた。しかし会議室の空気は冷ややかなままだった。D社の従来品そのもので、変わり映えしない。目を見張る要素はどこにもなく、一同は狐につままれたようだった。


「こちらにご注目ください」


 榊原はボトルの一点を指さした。


「新ボトルの特徴はネックが短いことです。従来品の半分に短縮されております。これにより、1回のプッシュで放出される量も半減し、薄毛に見合ったシャンプーを行えます。頭部の寂しい方を、せめて懐は温めてあげたいという思いから開発に至りました」


 榊原はボトルをプッシュし、自らの手のひらに、白い粘性の液体を放出させた。


「放出量を従来の55%に抑えることに成功しました」


 榊原は意気軒高に語った。それから手のひらのシャンプーをティッシュで拭き取り屑籠に投げ捨てた。

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