TOWN ~君の住む町~

mao-mao3

 私が居た街 1

『引っ越しの準備進んでる?』


 寝起きの目をこすってから、パジャマの袖でスマホの画面をこする。

何度読んでも、母から余計なお世話のLINE。


「はぁ~」


大きなため息を一つ。

あーあ、これが、大好きな人からのLINEだったら、

もう少しおめめもパッチリ覚めるんだろうな。

そんな人いないけど……。


「あ~!もうっ!はいはいっ!わかってますってば!」


そう言いながら、スマホをぽいっと枕の横に放って、

もう一度布団を頭からかぶる。


(なんでそうやって、追い込むみたいなこと言うんだろう)


ぎゅっと目をつぶっても、もう寝ることは出来なかった。


 『4月から、自分のあこがれの場所で働ける。』


最初はそれが嬉しかった。

小学生の頃、近所にあった陶芸教室。

遊びの延長みたいな土いじりと、ろくろを触らせてもらって作ったお皿や湯飲み。

その「創る」感覚がずっと忘れられなかった。


本格的にやってみたいと言ったのは、中学生に入った頃だった。

父も母も何も言わなかった。


「自分のやりたいことは自分で決めなさい」


そうやって育てられてきた。

だからいつも、自分のやりたいことを探している人生だった。


やりたいことを探して、それを学びたくて入った学校。

4年なんてあっという間だった。実家を離れて4年。

なんとなく一人暮らしにも慣れた。

でも、それは新幹線に1時間も乗ればすぐに帰れる場所があるっていう安心感があったから。


だけど就職先は、ちょっと遠い。

本州からフェリーで1時間半の「島」にある窯元。

自分のやりたいことを求めたら、そこにたどり着いた。だから後悔は無い。


決まった時はワクワクしていた。嬉しかった。


引っ越す日が決まって、ふっと現実に引き戻された時、急にさみしくなる。

いろんな思い出に胸が締め付けられそうになる。


友達と一緒に行った旅行の写真、

大学に入ってすぐに出来た元カレからもらったプレゼント。

(捨てればいいのになかなか捨てられない。)

必死で勉強してた、大嫌いだった昔の英語のノート。

書き込みのある本。

もう、使わないよね…ってものたち。


引っ越しまで1週間になって、本格的に荷物の整理を始めたけれど、

どうしても途中で手が止まる。


「はぁ~」


大きなため息ひとつ。

捨てたいけど、捨てられないな……。

そんなことを考えながら、いらない雑誌をまとめた。

時計を見ると、3時を過ぎていた。


「よし、ケーキ、食べちゃおうかな」


大きな声のひとりごと。

もう、ほとんど働いていない片付けの手を止める。

カバンから財布を出した。


(こういう時だけは行動が早いんだ。)


次の瞬間には靴を履いていた。

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