アンティーク喫茶 ~あやかしと異能と非日常な日常~
砂月
第1話 本日の招かざる客
時折来るんだよね。
懲りないって言うか何て言えばいいのか……。
◇ ◇ ◇
「ここかぁ!」
グラーン、と入口のカウベルが凄まじい音を鳴り響かせ、勢いよく扉が開いた。
幸い、普通の客が誰もいない、夕方に差し掛かる直前の時間だ。
開く勢いとともに入ってきた、最近冷たくなってきた風が一瞬だけオレの足元をくすぐる。
「おのれ! この国はどうなっているんだぁ!
こちらには、こんなに死者が群れ集まって…」
乱入してきた、何故かボロボロ黒い……神父服?を着込んだ男が、ムンクの叫びのような体勢で入口で嘆き出した。
……どうでもいいが、少し寒いから閉めてから嘆いてくれ。
てか、客か、こいつ?
因みに、珍しい客をまじまじ見ていた店内のモノたちは、すぐに飽きて直前の井戸端会議に戻る。
「何え? こやつは?」
いつもよりワントーン低いアルトの声が奥から響くのと同時に、誰もが一斉に口を閉じた。
オレは恐る恐る、視線を声の元へ向けると。
一番奥のカウンターで、時代錯誤な煙管を燻らせていた女がスパァーと煙を吐き出し、不快そうに眉をひそめていた。
(げっ……椿さん、目付きヤバ!)
オレが一歩退くのと同時に、舞台の上の役者のような動きで絶望を演じていた男が、顔を振り上げ、びしぃ、と椿を指差した。
「キサマかぁ! ここの悪霊どもの元締めは!
良かろう!
見たところ、かなりの年を経た霊だ。私の聖なる力で、御方様の御元へ送ってやろう。
ありがたく思うが良い!」
乱入者のあまりの暴言に、ヒィ、と喫茶内にいたモノ達が顔を青ざめる。
周囲の怯えにも気づかず、男は懐から分厚い本を取り出し掲げた。
あ、一歩前に出てくれたお陰で、扉が閉まった。木枯らしが最近冷たいんだよね。
「聖なるかな。聖なるかな!」
高らかに唱える神父?の、初めの文言以降は日本語ではないため何を唱えているかは不明だ。
ドヤ顔で、「***!」本を振り下ろす動作をしたおっさんから、冷たい風が渦巻きはじめたのがわかった。
椿は、眉を寄せたまま乱入者を眺めているだけだったが、ここで小さな溜め息をついた。
「美しき姿をしておるのに、残念だの。
……坊や」
このタイミングでの、オレへの椿の呼びかけの意味は一つだ。
「じゃあ、ついでに休憩もらいます、椿さん」
「あいよ」
軽く煙管を吹かした姿を一瞥してから、オレは店の奥に引っ込む。
……、まあ、よくあることだから。
ガチャり、とオレが扉を閉めた瞬間、椿の号令が扉越しに響く。
「……やっちまいな」
「うっしゃあ!」
「久方ぶりじゃ! 思いっきりいくぞえ」
ウキウキした答えが、いくつも扉越しに聞こえてきて、
「アホか、アイツは……」
オレは思わず呟く。
ここの店長である椿は、かなり長い時を過ごしている、と思う。
怖くて年なんて聞けない。
根本的な疑問、一度落とした命を永らえて、なぜ喫茶店をしているか、すらも聞けていないが。
むしろ永すぎる時を過ごしつつ、どうやって同じ場所で店を開いて問題にならないのかも不可思議だが。
そんな椿の同士たち=一度命をなくし、現世に戻ってきたモノ、
それもそれなりに年期の入ったモノたち(肉体あるなしに関わらず)の、会合という名の井戸端会議真っ最中だったのだ、先ほどから。
「……ぐぎゃあぁ~」
「あーあ」
響いてきたおっさんの悲鳴に、とりあえず合掌。
当たり前だ。
霊は祟る。
それはそれは年期の入った、呪いと祟りを浴びせかけられているだろう。
慌てず騒がず、置いてあったまかないをゆったり食べる。
……まあ、店内に戻ったら、いたのはスーツを着た男性だけだった、と言っておこう。
◇ ◇ ◇
今回の騒動は、うちに時折来訪する迷惑な客の一人だった、というだけ。
その一言で完結。
よく似た職業の奴がしょっちゅう乗り込んでくるし。
仕方がない。
うちは、死者が運営する喫茶だからなぁ……。
あ、追記。
あの神父がどうなったは不明。
来た時に神父が既にボロボロだった理由。
後で聞いた話だが、あの神父は、友人のところを先に襲撃していたそうだ。
あそこも過激だもんな……。
というこんな一日は、この喫茶では日常です。
不思議で楽しい、でしょ。
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