第3話 自分……だけじゃなかったんですか?

(なに?)


 鼓膜に突き刺さるようなヒステリックな声に振り向くと、理央の数歩後ろに立っていた女性がすごい剣幕で何かを叫びながら前に出てきた。外国語はさっぱりな理央だが、怒気を含んだマシンガントークで使われている言語が英語だというのは解った。


(声でかっ!…もしかして、歌手かな?)


 彼女の声量と人目を引く派手な衣装を見たら、理央がそう思うのも無理はない。


 グラマラスな体の線を強調するかのようなマーメイドラインのドレスは袖が肘から先へと広がるデザインで、深紅のグラデーションが下に行くにつれてボルドーの落ち着いた色に変化している。オーバーアクションで布が揺れるたび、ラメがキラキラと光って美しい。


 オフショルダーのデコルテには繊細な意匠のネックレス。波打つ金髪から覗く耳飾りも同じくダイヤだろう。正面の神官を不躾に指さす指にも高そうな指輪が見える。セレブ美女だ。


(寒さより怒りなんだろうなあ。美人って怒ってる姿も綺麗だなあ)


 真横で彼女の吐く白い息を見ながら、理央はまたどうでもいいことを考えている。他人のパニックぶりを見て、このとんでもない状況にいるのが自分だけじゃないんだ、とだんだん気持ちが落ち着いてきた。心臓バクバクもカクカク笑っていた膝の震えもだいぶんマシになってきている。


 セレブ美女が言っている内容はわからないが、召喚されたことに対する抗議ではないだろうか。突然見知らぬ場所に連れてこられたのだから当然だろう。大きな身振り手振りで元の場所に帰すように言っているように見える。ダイナミックな動きで見るものを惹きつける姿は、さながら映画のワンシーンのようだ。


(もしかしたらこの人、女優かもしれない)


 ひとしきりぶちまけた後で黙ったセレブ美女から、理央は前へと視線を移した。


 神妙な面持ちで彼女の訴えを聴いていた神官は、ゆっくりと立ち上がって姿勢を正した。慈悲深い表情で彼女を見つめて口を開く。


「貴女の言い分は正しい。しかし、私たちも貴女がた聖女の力を欲しております。なにとぞお力を貸していただけないでしょうか」


(あ~、これまた召喚した側の定番のセリフだなあ。そんなことを言われても、そっちの事情じゃないの。関係ないこっちは大迷惑だっつーの)


 理央が内心で溜息をついていると、別の声が恐る恐るといった感じで話し始めた。


(え?まだ召喚された人がいるの?)


 驚いてまた右を見ると、憤怒の形相でブルブル震えているセレブ美女の向こうに、1人の女性が現れた。


(おおお~、これまた美人!)


 手を祈るように組んで前に進み出たのは、灰白色の髪と瞳の儚げな美女だった。透き通るような白い肌は青ざめていて、瞳を揺らしながらなにかを懸命に訴えている。


(フランス?ロシア?なんかあの辺の言葉っぽい)


 理央の残念な頭では判別できないが、多分ヨーロッパあたりの出身じゃないかと思う。


 肩につく長さのさらさらのストレートヘアは、かすかな風にもふわりと流れるほど軽い。白いタートルネックのワンピースは、シンプルなデザインが逆に彼女の美しさを際立たせている。ココアブラウンのブーツは、片方の紐がほどけたままだ。


(靴を履いている途中で召喚されたのかな?おっとりしたしゃべり方が和むなあ)


 おっとり美人は一通り何かを話した後、返事を待つように口をつぐんだので、理央は再び神父に視線をやる。神官は困ったように一度俯いて、彼女に惨い言葉を告げた。


「残念ながら、元の世界へお返しする術がありません。これからはこの世界で生きていただきます。もちろん、お招きしたからには生活するための援助は惜しみません」


(……うん、そうだと思った。そうだよね、そうなんだ……)


 この展開は予測がついていたものの、事実を知るとズドーンと理央は落ち込んだ。おっとり美人は手で顔を覆ってその場にくずおれるし、セレブ美女はさらに逆上してわめき始めた。泣き声と怒声、周囲のローブ男の吐いたモノから臭う酸っぱいニオイが混ざり合って、もうカオス状態だ。


(あ~、思ったよりダメージが……)


 理央はその場に立ち尽くしたまま、目の前の神官をぼんやり見ていた。現状からしてそうじゃないかと予想はできたが、改めて元の世界に帰れないという事実はとても、──重い。


 神官はそのまま彼女らが落ち着くのを待つようだ。横に並び立つローブの男たちも微動だにしない。


(寒いな……心が……)


 パニックになっている今、彼女たちに何を言っても無駄だろう。その気持ちもわかる、それでも、だ。せめて慰めてくれよ、と理央が思うと同時に、またもや違う声がその場に割り込んだ。


(え?今度は誰?)



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