第2話 異世界召喚……って、テンプレですか?

(このまま落ちたら…っ)


 足をくじく恐怖に理央は青くなった。幼い頃、一段下りるつもりで踏み出した足が三段下に落ちるという無様なミスで右足首をくじいて、二週間も足を固定した覚えがある。どうやらなんちゃらという靭帯が切れたらしいが、詳しい名称は覚えていなくとも象の足のように腫れた記憶は今でも鮮明だ。治っても正座ができないかもしれないなどと医師には言われたが、後遺症もなく正座ができるのは御の字だった。


 あの時の痛みを思い出して、身体を強張らせて不可避の衝撃を待つ。しかし、穴に落ちた理央の全身がすっぽり穴に入り込むと、ぱあぁっとまばゆいばかりの光に包まれ、ぐるんと一回転する感覚が襲ってきた。


「ぅわあぁ!」


 色気のない叫び声が出た。真っ白な光の渦の中、ちらちらと七色の光線の糸が行く先へといざなうように光っている。見たことのない綺麗な光景に気を取られていると、やんわりと空気の椅子のような柔らかい感触の上に理央のお尻が乗り、衝撃を感じることなく、とすりと尻もちをついた。


「………っ?」


 床についた手と横座りしている足が見えたと思ったら、虹色の光が引くように広がって周りが鮮明に見えるようになった。


(…え?)


 自分の下には黒光りする石造りの床と、なにやら白い線で描かれた面妖な模様。冷えた床から手を離すと、さらりとした白い粉がついてきた。


 なんだろう?と両手を見ていると、周りからざわついた声が聞こえてきた。


「成功だ……!」


「いや、でも……」


「男?…聖女は女じゃないのか?」


「いや、女もいるぞ……!」


 喜色と困惑の混じる声の方に、理央は顔を向けた。円形に描かれた模様の外に、ローブを着た男たちが横並びにいる。一様に顔色が悪く、壁にもたれかかったり、うずくまったり、這いつくばって吐いている者もいた。腰を下ろして苦し気にフードを後ろに落とした男の髪は、プラチナブロンドだった。


(なんだろう、あの人たちはともかく、この妙に見覚えのある感じ……)


 まわりの光景にテンプレのような既視感を覚えながら、理央はあちこちに視線を移した。


 曲線を描く石壁はここが円形の部屋を示していて、等間隔の窓には格子もガラスもなく水色の寒そうな空が見える。そこから吹き込んでくる冷たい風と、石床から這いあがってくる冷たさに耐えられず、理央はぎくしゃくと立ち上がった。手や服についた白い粉をはたきながら、床の模様を見ていると頭の中にあるものが浮かんできた。


(……魔法陣?)


 アニメやゲーム、漫画でよく見るアレだ。道理で見たような気がした、と思った瞬間、理央はばっとあたりに目を走らせた。


(マジ?)


 どうやら心底驚くと、人は声が出ないらしい。


 そこはどう見ても日本ではなかった。例えるならば、ファンタジー系のリアルゲームや洋画のような風景だ。床の面妖な模様の上に立った自分に、天啓にうたれたようにある言葉がおりてきた。


(……異世界召喚?)


 まさか、そんなはずと笑おうとしたものの、理央の体は頭より正直に反応した。さーっという音が聴こえるほど、血の気が引いた。十九年間という人生において、これほど血が一気に無くなる感覚は感じたことがなかった。ドクドクと鼓動が激しく胸を打ち、全身に冷や汗がどっと吹き出してくる。指先は冷たく痺れ、小刻みに膝が笑うのが止められない。


(コンビニに行こうとしたら、異世界に来てた……?)


 まさか、ウソでしょ!?とこの状況を信じたくない言葉がぐるぐると頭の中を巡るが、感覚はこれが夢ではないと告げている。浅く吐いた息はマスクに遮られて眼鏡を曇らせているし、完全防寒で唯一外気に触れている顔面には刺すような冷気を感じていた。


(こっちも冬か……)


 真っ白になった理央の頭は、現実逃避気味にそこじゃないだろ!ということを考えている。同じ冬の季節なら、もしかして日本のどこか?というわずかな希望も、目の前の人物によって一瞬にして粉砕された。


(外人……だね。いや、ここが異世界なら異世界人?)


 正面の巨大な鉄扉の前に立つ男は、神官服のような衣装を身にまとい、青白い顔をこちらに向けている。扇形の高くて白い帽子は金色の刺繍で縁取られ、厚手の布をたっぷり使った服も同じデザインからして、この中で一番地位のある人物のようだ。具合の悪そうな周りの男たちと同じく顔を青くしているが、気丈に凛とした立ち姿を見せている。しかも、なんというか自分の方に向かって『圧』のようなものをうっすらと感じるから、神の力かなにかを使える実力者だろうか、と理央は推測する。


「ようこそ、聖女の皆様。白の国『フェインシャーネ』へ」


 穏やかに響く声に歓迎の意が込められているのを感じた理央は、まだバクバクと忙しい心臓をなだめるように手で胸を押さえて、声の主をまじまじと見た。


(……多分、敵じゃないよね?)


 50歳くらいだろうか。髪や眉は白に近い金色、彫りの深い顔立ちはそこはかとなく威厳がある。背も高くて不摂生をせずに体を鍛えている印象だ。瞳の色は──よくわからない。


(糸目キャラは一癖も二癖もありそうなんだよね……まあ、二次元では、だけど)


 理央がそういう目で見ていると、その右手に書物を抱えた神官服の男は左手を耳の高さまで上げ、片膝をつくとともにその手を後ろに回して頭を垂れた。すると男の左右にいた三人のフード男も布を抱えた反対の手を同じように上げて膝を折る。


(これはこっちの礼の仕方かな?)


 手を上げろ!と言われた時にするポーズが独特だが、こちらに敬意を払っている雰囲気は伝わってきた。しかし、告げられたその言葉に違和感が──。


(ん?……せいじょ、みな、さま??)


 「皆様」が複数を意味することに気づいたその時、右隣から女性の金切り声が上がって理央は飛び上がって驚いた。


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