第63話掴めぬ華3(朱明視点)

「どうだった?自分で言うのもおかしいけど、それなりに似合ってたと思うんだけど?」




 先程のやり取りなど忘れたかのように葵は尋ねる。しどけない姿態から目が離せずに、誘導されたかの如く口をついていた。




「…………………女に、見えた」


「そうか」




 嬉しそうにして、本当は男のふりなどしたくないのだろうに。




 葵のペースに釣られそうになってしまったが、俺の気持ちの収まり所はついていない。結局この娘は俺のことなど二の次なのだ。思えば俺が何者かさえ、明確には知らないし知ろうともしない。


 いくら違う世に生きる為に立ち入ったことを聞かないのだとしても、あまりに関心が無さすぎる。


 葵にとって俺はそれだけの存在なのか。




 顔に触れる手を避けると、つまらなそうな顔をする。俺は都合の良いペットではない。




「何余裕こいてる?俺は不快だと言った。見返りが欲しいとも」


「ああ、聞こう」




 俺にもっと目を向けろ。




「…………………おまえは今まで見てきた多くの人間や魔の中でも、飛び抜けて強烈な存在だ」


「褒め…………てる?」


「このまま人間の世に置いておくには惜しい」




 どう言えば葵は俺に目を向ける?抵抗なく彼女を連れ出すには、何と言えばいいのか?




「俺が従魔である見返りに欲しいのは、葵だ」


「へ?」


「おまえを要求する。俺におまえをくれ」




 目を瞬き戸惑いの面持ちだったが、やがてこちらを睨むように見上げてきた。




「やだ」




  顎を掬うように葵の手が宛がわれる。




「いやだね」




 はっきりとした拒絶に、頭の芯が冷えていく。




「分をわきまえろ、君は僕の従魔だ。なぜ主である僕が君のものにならねばならない?僕は君に利用される気はない」


「利用だと?」


「違わないだろう?それ以外僕に何を望むんだ?」




 分かっていない。この娘は自分の力だけを俺が望んでいると勘違いをしている。




「おまえ、だと言っている」




 どうすれば通じる?


 首を傾げる葵に焦って畳み掛けるが、意味が通じていないのだけは分かった。




「……………僕は男色は好まない」


「誤解するな、俺にそんな趣味はない」




 この期に及んで、まだ女だとばれていないと思っているとは。




「何にせよ、僕は誰のものにもならない。だが君は僕のものだ」




 こんな一方的で自分勝手な形で、おまえのものになどなるものか。


 葵は俺を挑発して尚も言い募る。




「勘違いをするな。僕は誰の自由にもできないが、君は僕だけが好きにしていい。思い上がって主を所有できると思うな」


「は………………そんな馬鹿な理屈、俺が知ったことではない」




「悪いが、僕が見返りなど君には分相応だ。君は僕の命令に逆らえないことをもう少し自覚して、僕を主と認識すべきだ」




 腕の中に囲われているというのに俺を見下すような発言が、憎さを越えて清々しくも聞こえた。 




「主、か。湯が熱いだけで、のぼせて動けなくなって俺に組伏せられているような奴が?」


「僕に触れもしないくせに」




 不敵な笑みを見て、殺意にも似た怒りのままに身体が動いた。




「あ?!」




 弄ぶように俺に触れたがる葵の指に、歯を立ててやる。




「何をして、あ」




 指を引っ込めている内に、その首に顔を埋めて強く吸い付いた。




「さ、触るなと」


「触っては、いない」




 舌を這わせれば、ふるりと震えた首筋にまた吸い付く。俺の頭を押し返そうと手をつくが、力がまるで入っていない。




「や、う」




 言葉の代わりに何度も唇跡を残せば、首や肩に鮮やかに華が散ったようになり、それを眺めて少しばかり満たされる。




「ああっ、あ……………なぜ、こんな」


「なぜ?それは意味か、理由か?」






 弾む息を口元に運んだ手で押さえている葵に、耳朶を噛んで囁く。


 もっと俺のことを考えたらいい。




「簡単なことだ。俺は葵に危害を加えようとしてやっているわけではないからな………………理由は、おまえが考えろ」


「分からな………………んんっ」




 眦の雫を舐めとれば、逃げに転じようと背中を見せる。弾みでパラリと紅い布が肩から滑り露になった肌に唇を付ける。しっとりと湿った肌に、それ以上を暴きたいと思う。




「なあ、なぜおまえは俺に命じない?」


「え…………あ」




 問えば、葵は初めて気付いた顔をした。




 嫌なら『やめろ』と言えば良いのに、葵は口に出さなかった。


 拒まなかったことに、所有印を散らした首筋に顔を寄せた俺は秘かにほくそ笑んだ。




「それが葵の本当の答えか?そう捉えてもいいのか?」


「私は………」




 戸惑う娘の頬に触れようとして、命じられた通り触れない。今はただ触れて口付けをしたかった。


 手が届きそうで、決して掴めぬ華のような女だ。




「葵、命じたことを取り消せ。俺におまえを触らせろ」


「あ…………」




 もどかしくてたまらない。




「………………葵」




 指先で唇をなぞるようにすれば、導かれたようにそっと唇を開いた。




「……………朱明」




 潤んだ瞳を向けて唇を動かして何かを言い掛けた葵は、儚げで酷く美しかった。


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