第53話主との憎むべき出会い(朱明視点)
驚愕の後に沸き上がったのは、この上無い怒りだった。
「殺してやる!!」
目の前が赤くなる程の腹立たしさに我を失って叫んだ。いきなり人の世に呼び出された挙げ句に無理矢理膝を折らされたのだ。
だがその人間は薄く笑みを湛えたままで、面白そうに俺を観察しているのだ。
尊大な態度で椅子に座り落ち着いた様子の人間は、表情によっては子供か大人か分からない。見下した余裕ある態度は男のようだが、声や顔は女のような艶めいた美しさを持ち不思議な雰囲気を漂わせていた。
人間は、ただ座ったまま唇を動かしただけだ。それが魔の古代言語だと気付いた時には、膝をついて身動きできなくなっていた。何の術か知らないが、時間を掛けて抗えば解けないことはない。
そう考えていたら、歩み寄った人間が指から流れる血を飲ませようとする。
一連の行動は、魔と何かしらの関わりがあることが窺えた。
この血を絶対に飲んではいけない。飲めば余計面倒なことになるのを感じて、せめて嚥下しまいと抵抗していたら、あろうことかいきなり唇を合わせてきた。
「うう……………ふ、うっ」
驚いて目を見開いている間に、拙い動きながら強引に舌で唇を開けて血を飲まされる。喉を伝ったそれが、身体の奥でじわりと熱く浸透するような感覚があった。
薄く目を開けたまま口付けをしていた人間が、喉を動かすのを確認するや嬉々として術らしきものを次々と展開する。
可視化されたのは赤い鎖。それが縛るのは肉体ではなく意思だった。
「僕のことは葵と呼んで」
「ああ…………葵」
言われたことに素直に返してしまう己の口をもぎ取りたい気分だ。
「君を手に入れたことが嬉しくてね」と笑う葵は、まるで珍しい玩具を手に入れた子供のようだ。いや実際子供なのか?少年にも見えるが、違和感が残る。
だがそんなことはいい。
今に引き裂いてやる。
人間如きに、かつてないほどの屈辱を与えられたのだ。身体は従っても、心は屈してやるものか。絶対に許さない。
「試してみる?」
見透かしたように、葵が襟元を寛げる。
これ見よがしに晒された白い喉元に目を奪われたのは、華奢で滑らかな線のせいか。
片手で掴めば、すっぽり収まってしまう細さだった。
……………こいつ?
直ぐにでも首をへし折られそうなのに、そんなことあるはずがないと疑いもせずに葵がこちらを見ている。
「……………く、そっ」
「ね、無理でしょ?」
自らの術に絶対的な自信があるのだろう。こちらが色々と動揺しているのを眺めて楽しんでいる。
自由を制限されるこの術さえ無ければ、目の前の余裕を浮かべる顔をぐちゃぐちゃにしてやるのに。
「おまえは男か?」
僅かに間があった。
「そうだけど」
意味深に唇に指を持っていき、葵が頷いた。それを目にして互いの唇を合わせた行為を思い出す。
「おまっ、おまえ、何てことをした!」
「失礼な奴。僕は良かったのに。君の唇は少しかさついていて………」
恥じらいはないのか?!
葵に感じる違和感に、ある可能性へ思い至ったことで余計に顔に熱が集まった。
「まさかおまえは男がいいというのか」
「どうかな」
探りを入れるつもりで問えばかわされたようだ。
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「神久地家?さあ知らないな」
翠珀が顎を撫でながら答える。
「そうか」
「なんせ人間の世に行かなくなって数十年…………いつからだっけな。行く用事も無いし忙しくしてたからな…………っと」
「俺もそうだ」
下位の魔に向けて魔力を投げつけるようにすれば、一度にそれなりの数が消えた。そこへ続けて魔力をぶつければ、地表が見えてきた。
「何でそんなことを聞くんだ?」
「…………………………何となく」
「は?」
人間の下僕に成り下がったなどと口が裂けても言えない。だが葵の血筋に関しては、魔の世の現状と自分自身の為にも調べた方がいいと思ったのだ。
「何?何か隠してる?」
「うるさい」
知らないのなら用はない。だが見当は付いていた。
あらかた魔を駆除してから、いつもと同じように戻った俺は、付きまとう翆珀を撒いて書庫へと行き古い書物を漁った。特に我が母の手にかかり死んだ女王の力について調べた。
「絶えていなかったとはな」
葵の能力が女王光紫と同じものだと断定するまで大して時は掛からなかった。
おそらく…………いや、女王の子孫で間違いないだろう。
「……………使える」
利用価値が高い。葵には魔の世を変える力がある。
従いながらも隙を見て利用して、最後に殺せばいい。
その為にも相手を知らねばならない。契約術は厄介だが、術を掛けることができるならば、その逆もあるということだ。
「いい気になっているのも今のうちだ」
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