2-8

 十三歳になった。


 今の私の体型は、幼児の頃から比べると、少女らしい、しなやかな体型になってきたように思う。


 あれから背も伸びた。

 本当の色の髪は度々カツラで隠しているけれど、腰まで綺麗に伸ばしたまま現状維持を保っているのだ。


 後は、まあ……どこがとは言わないが、もう少し育って欲しい部分があるのだけど。

 そう中々うまく行かないもんだなと、ぺったんこな部分をひと撫でして思う。


 ……いや、やっぱり腑に落ちない!


 おかしい……悪役令嬢って、ボンキュッボン! なイメージなんだけど……?


 ……い、いや! まだ十三歳だし! 諦めるな、希望はある。

 ナナが私の栄養を考えて、毎日美味しい料理を作ってくれているのだから。


 ナナたそを信じろ。大丈夫。まだ育つ可能性はある……!


 最悪このままだった場合、ひしゃげた胸が好きだという、特殊性癖の男性に私はかける! ……と、朝一人で自問自答しながら、前向きに考えるのが、ここ最近の私の日課だ。


 まあ、何やってんだ自分……と正直思ってはいるけれど、これを一通りやらないと、不安で仕方がないのだ。 ……主に、胸が。


 お店についてだけれど、石鹸の販売事業が本格的に軌道に乗ってきたので、今ではその売り上げを元手に、私達が住んでいた家をお店として改造して、経営を始めるまでになったのだ。


 品揃えも増えてきて、石鹸を安く卸す代わりに、香油を卸売価格で取引してくれるところが見つかったのもあり、今では、ローズやラベンダー等の香りの物も販売出来るようになったのだ。


 変わらず近隣の皆さんも協力してくれており、町へ売り出しに行く部隊と、お店に常駐してシフト制で回す部隊とで分かれて活動している。


 製造についてもロブ青年のゴーサインが出たので、彼等に協力してもらう事が決まった為、三人で地道に作ってきた時よりも随分と楽になった。


 私も勿論売り子をしているし、今は主力で頑張ってくれていた人物が都合により働けないので、その穴を埋めるべく、お店に立ってお客さんの対応をしている最中だ。


「ありがとうございましたー!」


 お客さんから代金を貰い、綺麗にラッピングされた商品を手渡してからお会計を終えると、店の奥の方から、なにやら私の保護者兼同志の二人が話している声が聞こえてくる。チラリとそちらを窺ってみる。


「やっぱり私もお店に立ちますわ!」

「いやいや! ダメですよナナさん! お腹の子に障りますから!」

「でも……!」


 どうやら、無理にお店に立とうとするナナを、ロブ青年が必死に宥めているようだ。


 実はこの二人、結婚したのである。


 偶に二人が一緒にいて変に意識してるっぽかったり、なんかそわそわしているなーとは思っていたけれど、まさかある日突然、「私たち結婚します」と言われるとは思わなかった。


 キッカケを聞いてみると、なにやら恥ずかしそうにする二人の様子から大人な雰囲気を感じとった私は、「そこんとこくわしく!」と鼻息荒く詰め寄ったのだけど、急に二人して用事があるからと言われてはぐらかされてしまい、結局詳しく聞けずじまいだったのだ。


 ……やれやれ、大人はいつだってそうだ。私ら子供をのけものにしやがる。


 それにしても、家庭を持ったロブ青年の事を、もう青年とは呼べないわね。これからは敬意を払って、心の中でもロブと呼び捨てにしようっと!


 それから……お店の経営に関しては、今後、ロブに任せることにした。

 今まで偶々上手くいっただけで、継続させていく自信は私にはない。素人の私の手から離れる時が来たのだ。


 この世界では、この世界で通用するやり方がある。

 きっと彼ならば、今まで以上にうまく軌道に乗せるだろう。


 昔に比べると、ロブは随分と頼もしくなった。なんとなくだけど、彼の欠点というか、足りなかったものが払拭されたからだと思うのだ。


 商売をやる上で致命的だったそれは、度胸の無さと、相手に言いくるめられてしまう押しの弱さだったのだけど、見事に改善されたのが良かったように思う。


 ロブいわく、「ナナさんと一緒にいたら、他の人なんて可愛いもんですよ!」と、また余計な事をいい笑顔で言っていたので、隣で聞いていたナナに、怒りの籠もった関節締めをお見舞いされていた。


 まあ、こういうところは治らなかったようである。


 けれど、夢だった商売が出来ているからか、ロブは生き生きとして毎日が楽しそうだ。

 美人で気が強い奥さんも貰い、半年後には子供も生まれるから、これからが正念場だろう。

 私も出来うる限り協力しようと思う。



 ※



 午後になり、私の勤務時間が終わったので、日除けの帽子をしっかりと被る。ナナが作ってくれたサンドイッチとお茶の入ったバスケットを手に持って、店の裏口から外へ出た。天気も良いし、偶には外で一人ピクニックをするのも良いと思ったのだ。


 最近お気に入りになった小高い丘の上にいって、風を感じながらのんびりと過ごすつもりだ。


 店から少し歩いた先にあるその場所は、芝生とクローバーが生い茂った緑豊かなところで、ちょうど今の時期なら、可愛らしい白詰め草が咲いている。周りよりも高い所にあるので、町の全貌がよく見渡せるここが、私のお気に入りでもある。


 今日は小春日和でもあるから、全身で暖かな日差しを感じながらボーッとしていたい気分だ。


 草を踏みしめながら向かっていると、私がよく腰掛ける場所に誰かがいるようだった。


 めずらしい。誰だろう? この辺じゃ見ない子だ。


 その子はハンカチを敷いた上に腰掛けて、レースの日傘をさしながら、本を読んでいるようだった。日傘の隙間から見えた金の髪に魅入っていると、ふいに、ザアっと風が吹き抜けていく。


「わっ!」


 被っていた帽子が飛ばされないように片手で押さえていると、目の前の子は、私の存在に気づいたようだった。


 ページを捲る指が止まり、日傘の隙間から揺れる鮮やかな金糸が振り返る。


「だあれ?」


 振り返ったその顔は、ビスクドールのような美しい肌に、陽の光を反射して、ルビーのように煌めく瞳。


 ——伯爵令嬢、シルビア・スカーレット。


 彼女との出会いが、後の私の人生を、大きく変えていくのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る