2-1

 隣国に渡ってからすぐに、私はロブ青年に、脱出に至るそれまでの事情を全て打ち明けた。


 と、言っても、乙女ゲームだなんてこっちの世界にはない言葉を語ったところで余計に伝わらないだろうから、夢のお告げでみた、という風に、ちょいちょいこちらの世界でわかるようなニュアンスに言い換えて伝えている。


『実は私は、夢で未来を見る力があり、あのまま侯爵家に留まっていた場合、自分が罪を着せられて、最後は処刑されてしまうのだ』と伝えると、ロブ青年は、まるで可哀想な者を見るような目で私を見てきた。おそらく信じてくれていないだろう。


 ……解せない。もしロブ青年が同じ事を言ったとしても、私なら信じてあげるというのに。


 ……まあ、しょうがないか。こんな突拍子もない話、普通は信じないかもね。


 だが、巻き込んでしまった以上、彼には協力してもらうつもりだし、私に出来る範囲で恩返しをしたいとは思っているのだ。


 それにしても、ここに来るまでそれなりに大変な道のりであった……!


 いかにもそれらしい追手を見かけては、躱し続ける日々だった。

 ある時は、私達に背格好の似ている人にお金を握らせ囮になってもらっては撒き、追いつかれそうになっては市街地に突っ込みながら民衆に紛れて撒き……を度々繰り返し、やっと、やっと! たどり着いたのだ!


 新天地・隣国へ!!


 結構、追っ手部隊の方達とニアミスしそうになって危なかったけれど、隣国に近づくに連れて、だんだんと彼等の姿は見かけなくなっていった。


 国内の方を重点的に捜査しているのかもしれない。


 ちなみに今の私は茶髪のカツラを被り、伊達メガネをかけて変装していたりする。

 庶民には、茶色等の落ち着いた色合いの髪が多く、私のこの薄桃色の髪は目立ち過ぎるのだ。


 逆を言えば、私やお母様のような薄桃色や、金髪、銀髪等のカラフルな色合は貴族しか持たない色と言っても良い。

 お忍びにはカツラが必須アイテムになる。



 ※



「まあ色々あったわけですが、ここを拠点に二人で力を合わせて頑張っていきましょう」

「お〜……」


 そして、我々は現在、ロブ青年が業者に話をつけて借りる事が出来た一軒家を前にして、じっと、その外観を見上げているところだ。


 かつて赤かったであろう屋根は、経年劣化により掠れて禿げてしまっており、外壁は腐食が進んでいるのか損傷が激しい。


 窓にはヒビが入っており、フレーム部分の至るところに蜘蛛の巣がくっついている。外から見ても手入れされてないのがよくわかる状態だ。


 ……ひょっとしてここは廃墟だろうか? そういってもいいぐらい不気味な外観だった。

 ま、まあ中は意外と綺麗かもしれない。諦めるのはまだ早い。

 希望はいつだって、遅れてやってくるのだから。


 私達は、お互いの顔を見合わせひとつ頷くと、無言のまま、室内に入ってみる事にした。


 扉を開くと、モワッとした嫌な空気が顔にあたる。室内は長年換気がされていないようで、全体的にホコリぽい。床は朽ちかけているのか損傷が激しく、地面が見える箇所があった。


 居間部分には古びた暖炉の姿があるけれど、灰がこんもりとつもっており、その横を素早く走り抜けるネズミの姿を目撃する。


 ……室内は外観を裏切らない様相だった……そう。


 つまり、廃墟である!!


 試しに一歩、足を踏み入れてみると、床からバキ! と不安を煽る音が響いた。


 ……希望ね。そんなもんこの世に存在しないのだ! とりあえずだけど、床に関してはいろんな意味で大丈夫だ。まだ抜けてはいない。


「いやあ、良い物件が借りれて良かったですね! お嬢様っ! ……ちょぉっと壁の隙間が目立ったり、歩くとギシギシいうんですけど。 …………いや、やっぱり無理がありますね……」


 ロブ青年の顔が引きつっている。きっと上手い具合に言いくるめられたに違いない。うむ、実に頼りない。


 けれど、この隣国の地では身分も何もない、異国人の我々が家を借りる事が出来たのだ。それだけでも上々だろう。


 私は胸の前で両腕を組みながら、ゆっくりと首を振った。


「いや。はじめは、これでいい。職についていない我々には、ぜいたくすぎる生活だ。雨風しのげる 屋根があって、ちゃあんと寝床もある。最高じゃあねえの」

「……お嬢様、本当に子供ですよね? ちょいちょい発言がおっさんくさいんだよなあ……」

「ちゃあ!」

「あだ! ちょ! なんで叩くんですかっ!」


 失礼過ぎるロブ青年の太もも目掛け、手首のスナップを効かせた平手打ちを一発お見舞いしておく。


 スパンといい音がする。


「ロブゥ……きさまがモテないのは、そういうところだ〜!」

「えぇ……何ですか急に……そもそも別にそんな事考えてませんし、俺、モテた事ないですからね……それに、指名手配されてるかもしれない身で、恋人だなんて出来るはずが……」


 ロブ青年は、肩をがっくりとおとして、ズーンと効果音がつきそうなくらい落込みだした。


 う……! 痛いところを突いてきた。そして悲しすぎる告白も聞いてしまった。無理やり彼を巻き込んだ手前、私に残されたなけなしの良心が痛む。


 ……で、でもっ! あのまま家に留まってたら、私死んじゃうし! しかも前世でよりも若い年齢で、だ。


 なのでどっちかって言うと、ロブ青年より、私の方が可哀想なんですからねっ! とにかく、この話を続けるのは危険そうだ。誤魔化しとこっと!


「あ、あ〜〜っ! そういえば、おなかがすいたなあ〜! ロブ〜! なにか、かってきてえ〜」


 無理矢理話の流れをぶった切った私を、ロブ青年はジトっとした目で見てくる。


「お嬢様、誤魔化そうとしてますね?」

「そんな事ないよ〜? ほら、お腹がすいてると、考えが暗くなるでしょ〜? なんか、おいしいものたべよ〜!」

「はあ……しょうがないですね。じゃあ、何か買ってきますけど、俺、もうあんまりお金ないですよ? この逃亡生活でほとんど使っちゃいましたし」

「それなら気にするな。金ならある! これをつかえ」


 私はドレスの懐に手を入れて、隠し持っていた宝石を取り出した。ゴロゴロと大量にでてくる大粒のそれに、ロブ青年は驚いた顔をしている。

 軽く10個ぐらいはあるのかな? 換金すれば、宝石一個で、庶民の生活一生分以上の価値がある筈だ。この逃亡生活に大いに役立つ大事な資金である。


 それにしてもこの服、物がよく入る。なにかと重宝しそうだ。


「お、お、お嬢様っ!? そんな高価な物どうしたんですかっ!?」

「えっへっへ〜! いえの倉庫から、はいしゃくしてきたのだ〜!」


 実は我が家には、高価な品々が収められている倉庫がある。


 そこには両親達が先祖代々受け継いできた物や、他家から頂いたものだったり、もしもの時に売却する為の資産等も置いてあるようで、私が持ってきた宝石は、主に後者の品だ。 ……多分。


 あきらかに大事そうにしまい込んでいる物は避けてみたので、まあ大丈夫だと思うけど……!


 と、とにかく! これがもし、先祖からの由緒正しい品とかだったら、流石に持ってくるのを躊躇ったに違いない。


「はあ〜、こんな高価な宝石、俺初めて見ましたよ。それにしても隠し持ってたなんて。どうりで抱き上げた時、重たいと思ったんだよな〜!」

「おい……! れでぃーに失礼だぞ」

「はは、すみません。ただ、買い取ってくれるところが見つかるかどうか。 ……仮に見つかっても、買い叩かれそうで怖いんですよねぇ」

「え! そうなの?」


 ロブ青年は神妙に頷く。


「そうなんです。いいですか? 俺たちに一番足りないのは信用です。見るからに訳ありっぽい俺たちは信頼に値しない上に、取引してくれる相手だって限られてくるんです。それにこの宝石自体、高価過ぎますからね。悪い人間が相手だったら買い叩こうとしてくるでしょうし、もし買い手が見つかっても、相手の方がこれに見合うだけのお金を持っていないかもしれません。俺たちに信用があれば、もっと安心できる取引が出来るんでしょうけど、まあ、地道にやってくしかないですね」


 そっか……特に何も考えずに、金さえあればなんとかなるかと思っていたけれど、人を見る目まで持っていないといけないとは。


 無理すぎる。


 第一、自分の事すらよくわからんのに、他人の事など余計にわかるわけがないのだ!

 ……ロブ青年、やはり巻き込んでおいて良かった。


「ろぶ、たよりになる〜!」


 心からの賞賛を送ると、ロブ青年は照れたように後頭部を撫でて、どことなく落ち着かなそうにしている。彼はもしかしたら、あまり褒められ慣れていないのかもしれない。


「そ、そうですか? ……とりあえず、この宝石一個だけ頂いて、換金できるか探してみますね」

「うん! よろしく〜」


 宝石を大事そうに懐にしまい、外へ出て行くロブ青年の姿を見送る。彼ならきっと、なんやかんやで上手く買い手を見つけてくれるに違いない。


 ちょっと頼りないけどね。


 さあ、ロブ青年が戻ってくる前に、私は私で出来る事をしよう。ドレスの袖を捲りあげ、気合いを入れる。


「ようし! やるか〜!」


 その辺に転がっていたバケツと雑巾を手に持ち、私は少しでも我が家を綺麗にするべく掃除を開始した。

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