!悪役令嬢・大脱走中!
ミトト
プロローグ
夢をみたの。
とてもこわい夢。
王都の広場には、大人になった“わたし”が、何かのどうぐをつけられて蹲っている。
このどうぐは絵本で見たことがあるの。“しょけい”につかうどうぐだ。
豪奢なお城のバルコニーからは、“わたし”の様子を、おうじさまと、水色の髪の知らないおんなのひとが、じっと見下ろしているの。
——おうじさまは、“わたし”と結婚するはずだったのに。
どうして、知らないおんなの人と一緒にいるの……?
どうして、隣にいるのは “わたし” じゃないの……?
群衆が囁いているの。
“わたし”は、これから“しょけい”されるの。
なにも、悪い事をしていないのに。
視線を彷徨わせると、沢山の群衆の中に、“わたし” の家族をみつけるの。
——お父様を見る。
お父様は “しつぼう”した顔をしている。
——お母様をみる。
お母様は目を真っ赤にして、“わたし”を見ないようにしている。
——お兄様をみる。
お兄様は “わたし” を “けいべつ”した目で見ている。
それから、“わたし”の罪状が読まれるの。
男を惑わし誑かせ、堕落させた罪。
王子の恋人を、その手に掛けようとした罪。
大勢の人々に毒を与え、廃人にした罪。
読み上げられていく、沢山の罪、罪、罪……
……違う……違う、違う!!
“わたし”はそんな事していない! 夢なら醒めろ! こんなの嘘! 早く! 早く起きて!!
人々の “わたし” を罵る声が周囲からあがり、 “わたし”の声は掻き消されるの。
それに耐えられなくって、 “わたし” は目を閉じ、力一杯耳を塞いで声を聞かないようにする。
けれど、それを嘲笑うように、男の人とも女の人ともとれるような、不思議な声が頭の中に響くの。
『これはこの世界で決められた事だ』
『お前は愛し子が幸せになる為に死ね』
『お前に与えられた役割を果たせ』
嫌だ……
嫌だっ!!
そんな子知らない!
死にたくない!!
怖いのは嫌だ。
でも……痛いのはもっと嫌!
誰でもいい……お願い。 ……誰か、たすけて……
『————大丈夫?』
ふいに穏やかな声が聞こえて、閉じていた目蓋を開く。
気がつくと、いつのまにか “わたし”の前に、おねえさんが立っていた。
とても心配そうな顔をしながら、おねえさんは “わたし” を見下ろしているの。
不思議な人だった。
顔立ちはこの世界の人達とは違う作りをしていて、髪は見たこともないような、めずらしい真っ黒な色。
服も変わったモノを着ている。
“すーつ”というらしい。
初めて会ったはずなのに。
おねえさんを見ると、妙に懐かしいような、温かい気持ちになる。
まるで、もう一人の “わたし”に出会えたかのよう。
あんなに騒がしかった人々や、頭の中に響いていた声は、いつのまにか静かになっていたの。時間が止まっているみたい。
おねえさんは、怯える “わたし” を落ちつかせようと、自分の事を話してくれる。
おねえさんは “かいしゃ”という所で働いていて、そこへ向かう途中、“えき”の階段で足を滑らせたお年寄りを助けようとして、下敷きになって死んだらしい。
『最期に善い行いができて良かったよ』
そう、おねえさんは言っていたけれど、その顔は、どこかさみしそうだった。
『でも。死ぬのがわかっていたら、もっと家族と話せば良かった』
おねえさんは、”がっこう”を卒業した後、家族とケンカをして、勢いのまま家を飛び出してから、何年も会わなかったそうだ。
それでも……うらやましい。
おねえさんの家族は、きっとおねえさんを心配していた筈だ。咄嗟に誰かを助けようと行動する事が出来るおねえさんの家族なら、愛情深いに違いないもの。
“わたし” がそう言うと、おねえさんは『貴女のご家族は?』と問いかける。
……そこ。
唯一動かせる右手を上げて、広場の一角を指差す。おねえさんは指の示した先へ視線を向けると、悲しげに顔を歪めた。
“わたし”には、愛してくれる家族はもういないの。だから、終わりにしなくっちゃ。
……そうする事が、この世界の正しい事だから。
……バイバイ。
おねえさんにお別れを告げる。
最期に話せて、とても楽しかったと。
すると、おねえさんはしばらく考え込んだ後、なにかを思いついたように目を輝かせ、ポンと両手を叩いた。
『そうだ! 私が一緒に居てあげる! 私が、必ず貴女を助けてみせるわ。そうすれば、もう怖いものなんて何もないでしょう?』
……いいの?
『もちろん! もう死んじゃったんだし、一人助けるのも二人助けるのも変わらないもの。だから貴女は生きなくっちゃダメよ? 二人で力を合わせれば、きっと、なんとかなるから。ね?』
おねえさんは柔らかな笑みを浮かべながら、力強く頷いた。
……ありがとう。
差し伸べられた手を、そっと握り返す。おねえさんは淡い光に包まれていき、身体が徐々に透き通っていく。
『そうだ! 貴女の名前は?』
……ルルティア・リヴィドー。
『ルルちゃん、よろしくね? 私の名前は——』
おねえさんの身体は、ゆっくりと “わたし” に重なりながら、静かに融けて、消えた。
そうして“わたし”は———
—————“私”になった。
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